第9話 二回目のデートは狩り
「本日はよろしくお願いします、カールハインツ様」
そして狩り当日。屋敷まで迎えにきてくれたハインツを玄関前で待ち伏せていたエリーゼは揚々と馬車に乗り込んで改めてそう挨拶した。
朝一番なのでまだ父もいたため、両親にも挨拶してから家を出る形になったハインツは少々緊張気味だったが、エリーゼがそう笑顔で声をかけると微笑み返した。
「こちらこそ。危険が無いようにし、楽しんでいただけるよう努力いたします」
「そう気負わないでください。いつも通りで大丈夫ですよ。私、簡単には怪我をしませんから。その辺のご令嬢よりは運動神経いい自信もありますし」
「……そういう訳にはいきませんよ。あなたがどう言ったところで、あなた自身がご令嬢であることをもっと自覚された方がよろしいかと」
「……そのくらいわかってます」
別にエリーゼは怪我をしてもいいと思ってるわけではないし、ハインツと狩りに行く以上、万が一があればハインツの責任になってしまうことだってわかっている。だから無理をするつもりはない。
だけどエリーゼの父親に対して、必ず怪我無事に家に帰す!みたいに大げさすぎる物言いをしていたので、そこまでじゃなくていいと空気をゆるめたかったのに。
普通に怒られたエリーゼはむくれて唇を尖らせながら、ふん、とベール越しでも不機嫌が分かるよう窓に向けて顔をそむけた。
「エリーゼ様、私が言いすぎましたね」
「……」
「お詫びに、弓を実際に射ってみますか?」
「本当ですか!?」
「全然わかってないではないですか」
「……性格悪すぎだと思います」
謝るどころか、ひっかけてきた。喜々として振り向いて話にのろうとしたエリーゼは、確かに自分の安全に気を使っているとは言えない状態だったけど、騙すのは違うだろう。
足をのばして足先で軽く足を踏んでやる。ハインツはそれを甘んじて受けたうえでにっこりと、わざとらしい愛想笑いをする。
「射るのは無理ですけど、色々と教えて差し上げますから」
「そんなの当たり前ではないですか。もういいです。じゃあ今日の獲物から教えてください。狙いは何ですか?」
「そうですね。手軽なところで鳥が無難でしょう。処理も簡単ですし、すぐに食べることもできますからね」
「え、鳥以外だと違うのですか?」
「大型の方が獣の匂いが強いですし、血抜きの時間もかかりますから」
「血抜きはどのようにするのですか?」
「……それについては、実際に見ながらがいいでしょう」
「それはそうですわね」
実際にどのようなつくりなのかもよくわかっていない。エリーゼはお嬢様なので、料理に出されたものを食べるだけで、生肉すら見たことがないのだ。
口頭で言われてもわからないだろうと自分でも納得し、それならと別の話題にシフトする。
「今の季節だと、どのような鳥がいいのでしょう?」
「そうですね、今は」
そうして話していればハインツも不機嫌さをひっこめ、そこそこおしゃべりがはずんだまま、目的地の森へと到着した。
乗る時もだけど、降りる時もハインツのエスコートを受けて降りる。お嬢様時は当たり前とはいえ、ハインツのような年の近い男性で血のつながっていない人にされるのは初めてだ。
ちょっぴり緊張してしまった。ハインツと試合をして転ばされたら、手をつかんて起こされるくらいは日常的だったのに、どうして手袋越しの軽い触れ合いが緊張するのか。
エリーゼは自身でも不思議に思いながら馬車をおり、ハインツと手を離してから何となく指先を払った。めちゃくちゃ失礼な態度だが、ハインツはすでにこの非常識なエリーゼに慣れてきているのか、大きく眉をひそめたり顔をひくつかせたりと言った反応はしなかった。
「はぁ……風が気持ちいいですね」
「そうですね。今日は天気もいいですし、絶好の日和ですね」
「はい! まずは何をしましょうか!」
元気なエリーゼの返事に、ハインツはくすりと誰が見てもわかる風に普通に笑って、それからはっとしたように表情を整えた。
「そうですね、それではまず荷物を」
そしてハインツの指示に従い、馬車を落ち着かせ荷物を整理してから、罠の仕掛けに取り掛かった。
危険が無いようになのか、金属を使わない捕獲紐だけのもので、人が引っかかっても危険はなさそうだった。
てっきりあれこれと仕掛けを持ち込むのだと思っていたエリーゼは、そのあたりの枝を利用したりするスマートな姿にほうほうと感心しきりであった。
あれこれと質問をするが、やらせろとせっついたりせず大人しく横についているエリーゼの態度に安心したのか、ハインツは当初警戒したようにしていたが今は隣で手をのばせば触れる場所にまで近寄らせてくれている。
「では罠も終わりましたし、ここはおいておいて、弓で狙えそうなものは狙っていきます」
「待ってました! んん。お待ちしておりました」
ハインツといるので、思わずエリックとしてのノリで返してしまった。声音はちゃんと変えられていたので、何事もなかったかのように言い直す。
ハインツは一瞬目を丸くしたが、言い直したエリーゼに、ふっと笑った。
「はい、お待たせしました。と言っても、あくまで趣味ですから犬や道具をつかったりせずに普通に目で探して、と言う形ですね」
「取りすぎないように、と言うことですね」
「そうですね。ある程度なつかせないといけないので、世話を人任せにできないのもありますしね。それ用の躾が必要ですから、それこそよほど狩りに趣味をかけているような方くらいですかね。手っ取り早い道具は、基本的に趣味外になりますしね」
「我が家はいないのですが、カールハインツ様のお家では番犬を買っておられたようですが、それではだめなのですか?」
「いけませんね。全く用途が違いますから、犬が混乱してしまいます」
「はぇー」
動物とは縁のない生活をしていたエリーゼには考えもしなかったことだ。今まではどうせできないから、と狩りとは無縁の生活をしていたからこそ、知らないことを知れるのはとても興味深い。
目を輝かせるエリーゼに、ハインツはくすりと笑いながら弓の準備をする。弓筒を背負い、弦の再調整を行いながら立ち上がる。
練習用で渡された木製のちゃちなものではなく、しっかりと弓矢を発射できるような丈夫なつくりで、塗装や装飾も施されたものだ。実用一辺倒ではなく、趣味と言うのも納得の美しさだ。
そう言うのも、エリーゼは嫌いではない。そこは貴族のお嬢様らしく、キラキラしたものも好きなのだ。
「……」
「……あの、弓筒でよければ、持ってみますか? もちろん弓矢を触ったり出したりしてはいけませんけど」
「よいのですか? 気が利きますねっ」
じっと見られるのに気まずくなったのか、ハインツはそう言ってそっと弓筒をおろした。エリーゼは大喜びで受け取る。中は本の数本で少ないのだけど、思ったよりは重くずっしりしていた。
弓矢もあるだろうが、筒自体も頑丈なつくりなのだろう。背負うと腰に当たる。振り向くと肩の後ろに矢羽が見えて、それだけでも身に着けている感がテンションをあげてくれる。
「いいですね」
「お気に召していただけ嬉しいです。ではまずはその分だけで、一羽を目標に探しましょうか」
「はい!」
気合を入れたエリーゼはハインツと距離を開けないようにいながら、別の場所を探すように意識して見ていく。
自然と縁遠い生活をしていた、と言うわけではない。エリーゼの家もそれなりの大きさの庭もあるし、王都とはいえあちこちに緑があるように配置されている。遠出して野外でのお茶会と言うのも参加したことがないではない。
だけどこうして、獲物を探す前提でじっくりと舐めるように見て、五感を研ぎ澄ませながら少しずつ進むのは初めてだ。
庭では見慣れた植物が綺麗に管理され生き物も限られていたし、今までは森では木から離れたひらけた場所で慣れない社交にばかり意識がいっていた。
しかし改めて見てみると、近くまで来たことのある場所なのに全く初めてのように新鮮に見えた。
乱雑に生えた木々の隙間からの木漏れ日も、遠くや近くからごちゃごちゃと聞こえる虫や鳥の声も、意識なんてしたことのないものだ。
「あっ、あそこの鳥はどうですか?」
「ああ、少し遠すぎますよ」
「あ、そっか。弓はどのくらいの距離飛ばせるのでしょうか」
「一応、飛ばすだけなら届きますが、ちゃんと突き刺さって仕留める事、また鳥が気付いても逃げられないようにすることを考えると、ここからならそうですね」
ハインツはエリーゼにその場に残るようにジェスチャーをして移動して、少し離れたところの木に触れながら少し大きな声をだす。
「今、エリーゼ様がおられる場所から見て、このくらいですかね」
「ああ、じゃあ結構近いんですね。了解しました。それで探します」
「はい、お願いします」
距離も把握できたので怖いものはない。改めて鳥を探す。
「エリーゼ様、いました。静かに私から見て右斜め前方、三本目を見てください」
「! はい」
先に見つけられてしまった。気がせいてしまいそうなのをこらえて振り向くと、ちょうど先ほど示された程度の距離、枝葉に埋もれそうな奥に茶色い尾羽が見えた。
思った以上に見つけにくいそれに驚くと同時に理解した。こちらから見えにくいと言うことは、向こうもこちらを見ていないと言うことだ。ただ鳥を見つければいいと言うものではない。
獲物を見つけるのだ。狩れるようなものを。それに気がついたエリーゼは背筋がびりびりするような興奮が湧き上がってきた。
面白い! 狩りは一方的なものではなく、動物と人間の戦いなのだ。わくわくしながら、ハインツが弓を構えるのを見てさっと弓矢を取り出して差し出した。
それを見てハインツはにっこり微笑んで受けとって構え、数秒の間を置いて放たれた。
びゅっ、と風きり音を置き去りにして、弓矢は見事鳥をとらえ、短く悲鳴をあげて鳥は木から落ちた。
ヒュウ
思わずエリーゼは口笛を吹いて称賛してしまった。慌てて拍手をして誤魔化す。幸い聞こえなかったのか、ハインツは表情を変えずに鳥を拾いに行った。内心胸をなでおろしながら、ハインツを迎える。
「お見事です」
「ありがとうございます。それはともかく、弓矢には触らないでください、とお願いしましたよね?」
「え?」
普通にガチで怒られた。
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