第8話 ハインツの相談

「よう、ハインツ。どうしたの、また呼び出して」


 前回のデートでは完璧で、次回のデートはハインツもそれなりに楽しみの素振りで終わったので、今回はハインツも悩みも何もないはずなのだが、何故かまた呼び出された。

 エリーゼはともかく、ハインツの方が忙しいのではなかったのか。と思わないでもないが、忙しいからこそ、エリーゼと関係ないことで悩んでいる可能性もある。急いで合流した。


 今度は前回と違い、人目のない奥まった少し高めの、個室の料理店だ。エリックなので入れるが、心情的に一応お見合い相手と二人きりになるので多少緊張しながら入室した。

 ハインツは軽い調子で片手をあげて、エリーゼを席にうながした。


「ああ。まあ、なんだ。思った以上にうまくいったからな。相談ってほどじゃあないが、礼がてら話でもどうかと思ってな」

「なぁんだ。何か、お見合い以外でまた困ったことでもあったのかと思った」


 そのうっすら笑いながらの様子に、エリーゼはほっとして胸をなでおろしながら席に着いた。そして店員を呼んで飲み物を注文してから、改めてハインツに話かける。


「お見合いは上手くいったみたいでよかったな」

「おう。まあな。変わっているのは事実だが、そう悪い人ではなかった」

「……」


 変わっているのが事実と言われたエリーゼは返答に困って視線をそらした。自分が貴族女性としてふさわしくない趣味趣向で変わっているのはわかっている。しかしいざドレスでベールの際にはちゃんと淑女としてふさわしいふるまいをしているつもりだ。

 もちろんハインツには、初対面で奇声をあげたり片言で話したりと言った奇行をする奇人と言う偏見があるにしたって、先日のお茶会では声音を変えている以外完璧な淑女だったはずだ。

 弓好きと言うことにはなったけれど、それだって実際にはまだ実行せず興味があるだけと言う段階に見せていたのだ。変わり者とまで言われるほどではないはずだ。


「そ、そんなに変わり者ってことはないんじゃないかな。狩りに興味があると言うだけでそこまで言われるかな?」

「ん? 直接聞いているのか? そうだ。次回は狩りに行くことになった。狩りに興味があるだけでも十分変わっているだろうに、解体にも興味を持っているんだぞ?」

「あ、あー。まあ、そういう人もいるだろ?」

「いねーよ。女だぞ。ま、そう言うの嫌いじゃねぇけど」


 ハインツだからセーフなだけで、他の人だとこの間のお茶会で引かれて終わりになる可能性もあったのか。危ないところだった。

 エリーゼは内心複雑ながらも、とりあえず今回はセーフなのでセーフとしてスルーすることにした。


「とりあえず今は話だけで困ってることはないんだな」

「まあな。ところでお前、狩りって興味あるのか?」

「んー? べつにー? ないけど」


 もちろんあるに決まっているが、念のため否定しておく。エリーゼとエリックの共通点は少ないに越したことはない。

 首を振って否定するエリックに、ハインツは何げなく前髪をいじりながらふーんと興味なさそうに相槌をうった。


「ふーん、そうなのか。お前と狩りの話したことないけど、興味あるなら一度くらい連れて行ってやってもいいかと思ったんだが。弓も教えてやってもいいし」

「あー! すっごい急激に興味でてきたっ!」


 ハインツは無関心そうでまるでエリーゼと同じ趣味かなんて気にしていなさそうだし、趣味が同じくらい性別や立場が違ってもよくあることだ。全く問題ない。

 エリーゼとして行けるのも楽しみだが、実際に弓を教えてもらえるとなれば話は全く別だ。それこそ男装している意味ではないか。


 前のめりで顔を寄せて心変わりをつげると、ハインツは手をおろしてにっと笑った。


「エリーゼ嬢の次になるが、いいぜ。連れて行ってやるよ。今日のところは弓でも見に行くか。練習用くらい買ってやるよ」

「まじで。ハインツ最高! さすが! 太っ腹! 大将! お供させていただきます!」


 両手をすり合わせるように全力でごまをするエリックに、ハインツはくつくつと呆れたように笑って、笑い声を飲み込むようにカップをあけた。そして髪をかきあげて半笑いになった。


「前から思ってたんだが、お前わりといいとこの坊ちゃんだろ? そういうのどこで覚えたんだよ」

「さあ。でもその辺のおっちゃんだと思うけど」

「俺も人のこと言えねぇけど、そろそろ話す言葉くらい選べよ」


 そのあたりの忠告は一応頭に入れておくとして、話は決まった。エリックは先ほど注文したケーキが届くと同時に平らげてハインツを急き立てるようにして店を出た。









 弓はすぐにひけるものではないようで、とにかくうまく弦をひいて射れるよう形の練習をするところから始めるそうだ。実際にやっているのは簡単に見えるし、単純な腕力などもその辺の人より自信のあったエリーゼだったが、使っている筋肉が違うようでそう簡単にはいかなかった。

 なので家でも地下室でひたすらひいては目当てをつけ、正しい姿勢でひく練習をひたすらする。と言ってももちろん、普段行っているトレーニングや剣の練習も最低限こなした上ではあるが。


「っし、と」


 目安回数をこなしたエリーゼは肩をまわした。そろそろ実際に射ってみたいところだが、さすがに的がない。地下で自由にできるのは使用人すら出入りが限られているからだ。あれこれ持ち込んだりさせることはできない。

 それにハインツからも、実際に打つのは経験者の前でやるように言われている。一応教わっている立場なので守りたいが、エリーゼの弓を見てくれるような人は身近にいない。

 なので次回、エリーゼと会ったその翌週にエリックとして会える時まで待つしかない。


「はー」


 明日はついにエリーゼとしてハインツと狩りに行く日だ。それはそれとして楽しみだったのだけど、弓の練習を始めた今となっては物足りなくて歯がゆい位だ。


「あら? 珍しいことをしてますわね」

「あ、お母様」


 と、そこに母、フローラがやってきた。それ自体おかしくないが、話しかけてくるのは珍しい。弓をおろして汗を拭きながら近寄る。


「お母様こそ、この格好の時に話しかけてくださるのは珍しいですね」

「話しかけにくい格好をするのを自重してほしいものだわ。可愛い娘はいいけれど、息子を生んだ覚えはありませんから。剣術についに飽きたのかしら? 弓もけして褒められるものではないけれど、弓ならまぁ、まだ……ましよね。どうせすでに、ねぇ?」


 ほんのり嬉しそうにめちゃくちゃ貶められている気がするけれど、ここで一時的に喜ばせたところで意味もあないので、普通に訂正する。


「飽きたわけではありません。剣も続けつつ、弓も始めようかと」

「……あなた、何を目指して、何がしたいのかしら、本当に」

「そんな風に言いますけど、お母様だっていろんな踊りを習得して、何か目指していらっしゃるんですか?」

「そんなの好きだからであって、私のために決まっているでしょう」

「それは私も同じです」

「私はいいのよ。だけどあなたは駄目よ」

「さすがに横暴が過ぎると思うのですけれど」


 呆れ顔で言われているけれど普通に反応に困ってしまう。エリーゼだって何だかんだ黙認していても、内心反対しているだろうと思ってはいたけれども。

 フローラはふぅとわざとらしく息をついてから、だけどすぐには着替えださずにその場でじろりとエリーゼの全身を見る。そしてさらに近寄ってくると、エリーゼの手をとった。


「また一段と固くなって、これが弓の弦があたるところ? 赤くなっているわね」

「そうです。ですけど、お母様の手だって、柔らかくはないでしょう?」

「あなたとは比べ物にならないわよ。今のところ、お見合いを断られていないみたいだけれど、どうなのかしら? 関係は? ここでは人目もないしかしこまることはないのだから、素直に答えてみなさい」


 フローラは優しく握っていたエリーゼの手をぽいと投げるように離し、顔をよせて扇子で口元を隠しながらも面白がっているような目元でそう尋ねてきた。


「素直って、私はいつでも素直です」

「それはある意味その通りだけど。で、どうなの? すごく猫をかぶっているのかしら?」

「もちろん猫、と言いますか、普通にお嬢様としてふさわしい振る舞いはしています。相手も無難に話してくれていると思います」


 それは礼儀作法に厳しいフローラにとっても当たり前のことだろうに、猫をかぶっているなんて悪意的に言う必要ないだろう。

 ジト目で答えるエリーゼに、フローラはふむ、と扇子を閉じて視線を上にやって考える仕草をする。


「うーん。じゃあまだ、向こうがあなたを気に入るかはわからない状態なのね。今のところ、あなたは彼のことを気に入っているのよね?」

「よねって。何でそうなるんですか」

「だって、次回の逢瀬のことすごく楽しみにしているでしょう?」


 また開いた扇子で、すっと顎をかすめるように仰がれた。確かにそれは隠していない。

 お見合いの裏のエリックのことはともかく、お見合いであったこと、話したこと、次回行く先などは隠せるものではない。家族あっての付き合いなのだから。しかし別に、誤解させておく必要はない。あくまで数回の付き合いの予定なのだから、あまり期待させすぎても悪い。


「楽しみにはしてますけど、あくまで人として好ましいのであって、恋とかそう言うのじゃありませんから」

「いいのよ、今はそれでも。あんな態度をしていたあなたにしては、相手のことをちゃんと見れているのだから大進歩じゃない。最初の第一印象から持ち直しているのも、頑張りましたね」


 なのできっぱり否定したのだけど、そのうえで褒められてしまった。

 扇子をおろしてにっこりと、隠さず微笑んで軽く指先で頬を撫でられた。確かに最初のあれではお見合いに不承不承嫌々すぎて反抗していたと思われても仕方ない。それを思えば十分な対応なのだろう。


 だけどそれはさすがに本意ではなかったし、元々気は進まないとはいえ最低限の対応はして体面を守るつもりではあったので、それをただの反抗心であんな態度をとるほど子供だと思われていたのは複雑だ。

 怒られるよりは褒められる方が好きだし、下手に否定するとエリックとしてのことを言うことになってしまうので沈黙するしかないけれど。


「それはまあそうですけど……あの、あれは本当に反省しています。お見合いは、今後もちゃんとやります。ただ真面目に向き合ったうえで、好みじゃない人は断りますね」

「それはいいわよ。前にも言ったでしょう。元々不釣り合いだったり断れないような相手と合わせる予定はないし、この家系はそれでうまくいってきたと言う伝統もあるし、何より、私がそうなのだから何も言うことはありません」


 そう答えるフローラは微笑んでいて、恋愛結婚であるエリーゼの父のことも、娘のエリーゼのことも愛していることが伝わってくる。

 それはわかってはいるけれど、照れくさいエリーゼは鼻の頭をかいて誤魔化した。


「まあ。とりあえず、恋愛では全然ありませんけど、とりあえず嫌になるまでは会ってみるつもりです」

「ええ。それがいいわ。願わくば、早くあなたが運命の相手に出会えますよう、踊りましょう」


 突然の宣言、そして絶対に今自分が躍りたいだけだろうけど。そう言われては仕方ないので、休憩してしばらくフローラの踊りを見学するエリーゼだった。

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