第17話 ハインツ視点 は? こいつら同一人物じゃね?

 そして二回目のデート。虎視眈々と弓を射れる機会を狙っているそぶりなのはハインツが阻止すればいいだけなので無視して、エリーゼが興味津々にあれこれと質問してくれるので話題には困らなかった。

 ご令嬢だからと気遣って会話する気はすでになくなっていた。こんなのは手のかかる子供扱いで十分だ。図々しい相手には駄目なことはしっかり言わなければならない。それに優しくしすぎて、本当に惚れられても面倒だ。


 だがそうして雑に話しても、エリーゼはわかりやすく不服、と言う反応を返したりもするが引くことなくすぐに機嫌を直してくれるので、小気味よく会話することができた。

 初対面では考えられないほど話ははずみ、実際に狩りを始める段階では、今までより薄手のベールだが目元は暗くなっておりほぼ口元しか見えないと言うのに、期待の眼差して見ていることが伝わってくるのでつい弓筒を持たせてしまった。

 提案してから一瞬、しまった、荷物持ちはさすがに気を悪くするかもしれない、と思ったのだが、杞憂だった。


「よいのですか? 気が利きますねっ」


 と謎の上から目線で褒められてしまった。

 子供だと割り切ってしまえば、年下で図々しい友人がいるハインツにとってはそれほどイラッとしなくなった。むしろよく成人した貴族女性でこんな性格でやってこれたな、と心配な気持ちにすらなってくる。

 しかしさすがにそこはハインツが気にするようなことではない。とにかく狩りをはじめたのだが、獲物を見つけた時、問題が起こった。


 エリーゼが無言で弓矢を差し出してきたのだ。その取り方も、渡し方も、危なさはなかった。落ち着いていたし、震えたり興奮で刃を無造作に扱ったりはしてなかった。

 が、そう言う問題ではない。あれだけ危険だから指示に従う様にと言ったのに、勝手に触れた。それ自体が問題なのだ。今回所作に問題なかった。じゃあ他のことも大丈夫だ。と思って行動されるのが一番問題なのだ。

 どう言う気持ちの持ちようでいるか。そこが重要なのだ。

 ここは嫌われてもしっかりと怒らなければならない。ご令嬢らしくない趣味なのもいい。弓がやりたいと言う嗜好は否定しない。だがだからこそ、怪我をする可能性を少しでも低くするためにここで意識を変えてほしい。

 自分も好んでいるからこそ、真摯に弓に向き合ってほしい。そう言う思いもあり、しっかりと注意した。


「……はい」


 鼻声になっていた。ハインツは確かにしっかり注意した。したが、別に怒鳴りつけたりしていない。普通の声音で普通に注意しただけだ。いくら箱入りのご令嬢とはいえ、これだけ変わり者なのだからご両親からも散々怒られているだろうに。

 慌てて弓を教えるとフォローすると元気を取り戻してくれたのでほっとする。泣いてないと主張されたのも、まあありがたいと言えばありがたい。


 気を取り直して、まずは先に射とめた鳥を処理してしまうことにする。予定通りにエリーゼに解体をさせることになった。

 正直に言うと、絶対にすぐに気分を悪くしてやめることになると思っていた。どんなに本人にやる気があろうと、男でも無理な人は無理なものだ。


 それを、さっきの注意で半泣きになっていたメンタルとは思えない胆力で最後までやりきったのだ。顔はこわばっていたしまるきり平気ではないようだったが、少なくとも手先に震えはなかった。


「よく頑張られましたね」

「ん。ま、まあ私にかかれば、こんなものですよ」


 褒めるとエリーゼは少しまだ血の気の引いているような感じだったが、それでも虚勢をはった。丸わかりで、だけどその嘘は見ていて微笑ましいものだった。


 ハインツは改めてこの変わり者すぎるご令嬢を、それでも見直した。貴族令嬢としてはもちろん普通の女性としてもあまりに未成熟で頭が足りないが、それでも芯のある精神性を認めるし、はっきりした態度も、人としては好ましい。

 こんな出会いで、こんなお互いの立場でなければ、もし同性なら、友人にだってなれただろう。


 いとわずに血で汚れた手をとる。手袋越しではないその手は、とても貴族、どころか女性とすら思えないほどしっかり鍛えられていた。レース越しや作業を横から見ただけではよくわからなかったが、触れれば確かにしっかりとその努力が伝わる手だ。

 練習兵どころか、少年兵と言っても遜色がないかもしれない。だけどよく見れば、ちゃんと女性らしい丸みが残されている。こんな手が存在したのか、と驚きつつ、どことなく記憶にある様な手の感覚に、ハインツは不思議な気持ちになった。


 そんな違和感を覚えつつも素早く傷がないことを確認したハインツはエリーゼの冷たくなった手をそっと握った。


「随分冷えてしまいましたね、大丈夫ですか?」

「んっ、だ、大丈夫ですからっ」


 やや乱暴に振り払われ、むっと反発心を抱いてから、いや、女性の素手を軽々しくとってしまったハインツにも問題がある。と思い直す。

 エスコートで触れることはあれど親しくなければ指先を触れ合わせる程度だったり、ある程度交流のある親族でも一定の年頃以降は素手を触れ合わせることは滅多にない。

 下町で過ごす時間の長いハインツは、手袋のしない女性を見慣れているのもあり、またあまりにぱっと見が女性的でないからと、普通に手にとってしまった。これは怒られても仕方がないかもしれない。


「さあ、次の獲物を見つけに行きましょう。早くしないと、お腹が減ってしまいますわ」

「……はい、そうしましょうか」


 謝罪すべきか、と考えたがしかしそれより早く、エリーゼは振り向いて明るい声音でそう言った。そのまたしても貴族女性のイメージから逸脱する対応に、だけどハインツはもはやそれが好ましく感じられた。

 毒されてきたな、と思いながらハインツは言われるままに狩りをつづけた。


 そして量を確保してから昼食をとった。腕をふるうと豪語していたエリーゼだが、解体に夢中になっていたので結局同時進行で他の人間も解体と料理を行う形になったので、料理の腕を振るったとはいえないが、本人は至極満足そうだった。

 ハインツとしては解体で力尽きると思っていて最初から期待していなかったので、本人がご機嫌ならいいかと苦笑しながら、勝手に触ったりするくらいなら競技用の物なら弓について教えてもいいだろうと言う気になっていた。


 エリーゼもそのつもり満々のようで、食後すぐに元気いっぱいに弓を指しながら口を開く。


「で、弓なのですけど、あ、私ちゃんと引く練習はしておきましたので、まず形を見ていただけますか?」

「え?」


 ちょっと意味が分からなかったので詳しく聞くと、盗み見て勝手に練習したらしい。

 さっきあれほど怒っていたのに、全くわかっていない。怒られる前の行動なのでセーフとでも思ったのか。それをあえて言って、何故怒られないと思ったのか。さっきよりよっぽど危険でNGな行為に決まっているだろう。

 先ほどはまだ落ち着いて注意をしようと言う気持ちだったが、さすがに危機感のなさすぎる無謀な行為に腹がたち真剣に怒ってしまった。


「……」


 泣かれた。隠しているつもりかもしれないが、肩は揺れているし鼻をすすっている感じも伝わってくる。

 もちろん、泣くくらいで済んでこれからの怪我を防げたのだからマシなくらいだ。と思ってはいるが、説教が終わり落ち着くとさすがに言い過ぎたかな? と言う気になってきた。悪意があったわけではないが、女性に対しての言い方ではなかったかもしれない。


「……はぁ、反省したならいいです。少し言い過ぎました」

「ん゛んっ、と、とにかく、反省はしました。ですから弓を教えてください」


 訂正。あまり反省していないようだ。ここでめちゃくちゃひきずられても困るが、切り替えが早すぎる。

 

 矢じりをとって形だけやらせてみたところ、まあ見れる形になっていた。練習した、と言うのもうなずける出来ではあるが、習得した流れが流れなので褒めにくい。

 とにかく、ここにあるのは実際命をあやめるものだ。泣かせたきまずさもあって、あくまで形だけ確認と言うことで応急処置的な対応でやらせたけれど、本来はこれもよくはない。

 どうしてもやりたいなら、きっちりとした設備のある競技用の弓で行うべきだ。


 そうしてエリーゼを説得して、次回の予定を決めて一安心して、家路に向かいだしてからハインツは気が付いた。

 ごく当たり前に次回も会うことになってしまった。別に嫌ではないけれど、エリーゼは本当にハインツをどう思っているのだろうか。惚れられないよう軽めに対応しても気にした様子のないエリーゼは、もしかしてすでにハインツに惚れているのだろうか。

 だとしたら、ハインツとしてはさすがにその気はない。人として弓の先輩として付き合ってもいいと感じているが、女性として好ましいとは思わない。

 貴族として下手な交際などできないので、特定の女性と親しくしたことはないけれど、少なくとも魅力的だと感じるのはもっとこう、素直で可愛らしくかつ女性的でもっと柔らかそうな感じだ。打てば響くようなエリーゼとの会話は小気味よさはあるが、可愛さはない。


 惚れられているような挙動があれば、早めに断ってしまおう。なんなら、次回で最後にした方がいいかもしれない。そう思った。










 そして恒例となりつつあるエリックの呼び出しをした。相談するようなことはないが、元々の関係者に相談に乗ってもらったのだ。エリックもきっと気にしているだろうと思ったのだ。

 ついでにエリーゼが本気でハインツに惚れているのか知っているのか探りをいれるつもりもある。


 本人はだがお見合いについて聞きたがる様子はなく、兄弟のような、などと嘯いていたにしては無関心だ。まあエリックが実はエリーゼに身分違いの恋をしているなどと言うことはなさそうなのは安心したが。

 本人はそれより弓、弓! と言う感じで、エリーゼと似たような反応で、確かにこれは、兄弟らしさを感じると苦笑しながら見てやることにした。


 言ったことを真面目に練習してきたのがよくわかる。さすがエリック。教えがいがあると言うものだ。と思いながらふと気が付く。もしかしてエリーゼに練習を覗き見されたのはエリックなのではないだろうか。と。

 初心者で基礎中の基礎の練習をしているエリックは、エリーゼにとってもちょうどよかったのかもしれない。そう思うと、エリーゼ嬢を怒ったのももう少し柔らかい言い方をしてあげてもよかったかもしれない。と改めて反省しながらエリックの弓を見た。


 その姿勢も特に文句の付け所はない。実際に飛ばさせて、もちろん一発命中とはいかないが、しっかり力強く飛んでいる。余計な口出しはせず、しばらく見守ることにする。


 何度も何度も飽きることなく繰り返すエリック。そのまっすぐさに、自分が失ってしまった大事なものを思い出させてくれるようなそんな気持ちになる。

 だからハインツにとってエリックは友人でもあり、見守ってやりたい大事な弟分だった。

 そうしてしばらく黙ってやりやすいようフォローをしていたが、さすがに時間オーバーだ。きりのいいところで声をかけると、エリックもわかっているのかごねることなく笑顔で頷いた。


「残念だけどここまでか。でも楽しかった! ハインツ、今日はありがとう!」

「おう。それはいいから、手、出せよ。怪我してるだろ?」

「あ、うん。悪いね」


 怪我をいとわない姿は、少年だからこそ微笑ましい。これがあのエリーゼの姿であったなら、とてもではないがこうも微笑ましくはいられない。あのお嬢様も、男に生まれたのならもっと幸せだったろうに。

 とほんの少し哀れみながらエリックが笑顔で差し出した手をとり、その手に、違和感を覚えた。ごく最近もこうして見たような気がした。だけどエリックの手は自然に視界に入ってはいても、男の手をそんなにまじまじと見るなんてこうして怪我でもしない限りない。

 ないはずだ。そう思いながら治療をしつつ観察する。相変わらずよく鍛えられた、本職の兵士にも劣らない手。


「?」

「え、な、なにさ」


 治療を終えてからも再度じっと観察するハインツに、エリックは手を振り払った。その動きに、エリーゼが重なった。


 思えば、何度も違和感を覚えてはいたのだ。だがありえなさすぎるそれに、疑問の形にすらならなかった。

 しかしどうだ。そう思ってしまえば、もうそうにしか見えない。


 エリックとエリーゼの手は全く同じだった。背丈や体格もほぼ同じで、声だって音域は違うが、発声が全く同じではないか。

 親しいと言っていたから、兄弟で声音が似るのは珍しくないと無意識に自身を納得させていたが、いくら親しいと言っても立場が違うのだ。毎日何度も顔をあわせる実の兄弟と、住んでいる家も違う立場、いくら親しく昔なじみだとして、こんなに似ているのはおかしい。

 気が付いた。エリックは、エリーゼだったのだ。その発想に至ってしまえば、些細なことだと流してきた違和感の全てが脳裏によみがえりパズルのピースがはまるように解決していく。


「いや……別に。前から思っていたが、改めて、女みたいな手だと思っただけだよ」


 だけど、そんなことが、あり得るのだろうか。いや、普通に考えてありえない。

 貴族家のご令嬢。しかも田舎の低位貴族ではない上に跡取りの一人娘が、こんな自由に男装して出歩いて怪我をしても平気で、そんなことは、ありえないのだ。


 ハインツは自分の思い付きを振り払った。いくらそうとしか思えなくなっても、そんなことはあり得ない。

 だから、次回、確認すればいい。簡単だ。ベールをほんの少しめくれば確実だ。そうできないとしても、エリックの癖や性格は熟知している。

 どう話しかければそう返事をするか。声音だって、ちゃんと聞けば違うはずだ。だからこんなのは馬鹿な勘違いでしかないと、わからせてほしい。


 ハインツは大事な友人の存在が揺らいでしまったような気がして、不安になりながらエリックと別れ、次回のエリーゼとのデートの準備を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る