第16話 ハインツ視点 おもしれ―女

 お見合いをすることになったハインツのエリーゼへの第一印象は、なんだこいつは。だった。

 変わり者として有名な一家の一人娘だとは聞いていたが、そもそも乗り気ではないハインツはろくに釣書を見ていなかったから、ベールを見た瞬間から普通に驚いていた。

 もちろんそれを表に出すようなことはないが、何の理由があろうと仮にも結婚相手の候補であるお見合い相手に顔を隠すなんて言うのは考えられないし、積極的に破談にしたいとその時点で考え出していた。


 それでも初対面なので、人としてはいい人かもしれないので、無難に終わらそうと思っていたのだ。

 だと言うのに、最初の挨拶こそ頭につまっていたのを除けばまだ普通にしていたと言うのに、その後の受け答えは全て奇妙な発音で声音もあからさますぎる作り声。しかもそっけなさすぎる上に、自分からは何一つ話をふらない。

 これほどあからさまに、このお見合いを破談にしようとするなんて、もちろんハインツもそのつもりだったとはいえ、いくら何でも失礼すぎる。

 家の格はほぼ変わらないと言うのに、跡取り娘だと思って三男のハインツを見下しているとしか思えない。


「……あの、今回のお見合いが気に食わないかもしれないですけど、失礼じゃないですか? ベールもはずさないですし」

「それは、ご不快に思われたなら申し訳ございません。ですがこれを外すことはできません。初対面で女性の顔を見ようとする方が失礼ですよ」


 親もいなくなったので、もう我慢できずにやりすぎだと注意したのだが、何を勘違いしているのかそう上から目線で注意し返された。

 ベールは百歩譲ってありなのだとして、そんな偉そうにできる態度をしていなかっただろう。あと普通にしゃべっているので、さっきまでの片言が緊張故でもないことも明らかだし。


 ハインツはブチ切れそうだったが、相手が失礼だからと言って自分まで貴族としての立場を捨てるのは馬鹿のすることだ。分厚い笑顔の仮面をかぶりなおす。


「……そうですか。よく見れば、あなたによくお似合いの、可愛らしいベールですね」


 そして、一生ベールかぶって顔隠してろブスが死ね。と思いながらそう嫌味を言ってやる。先ほど批判した口でベールを褒めるのだ。わかりやすすぎる嫌味だが、こんな相手に嫌われたところで何とも思わない。どころか望むところだ。さっさと断ってほしい。


「え、本当ですか? ありがとうございます!」


 が、まさかの喜ばれた。声が喜びにはじけていて、まるで貴族らしくない、少女のような答えに、虚を突かれた。


「ベールを褒めてくださるのは今まで家族しかいなかったので、他人に言われても嬉しいものですね」

「そう、ですか」


 続けられた言葉にも、うまい言葉が見当たらずに、笑顔を維持して無難に相槌をうつしかできなかった。


 先ほどまでの失礼でひねくれた態度と、素直で顔が見えないのに笑顔が伝わるこの反応。どのような人物なのか全く読めない。

 困惑しているうちにお見合いは終わってしまった。父親からはどうだ、と聞かれたが、どうとも答えようがない。あれがもし、嫌味に大してわざとあんな頓珍漢な返答をして煙に巻いたと言うなら面白いが、どうにもわからない。

 結婚はしたくないが、少し興味を持ったのは事実だ。だがそれでも、少なくとも向こうが破談にしたがっていたのは明白なのだから、待っていればこの話は流れるだろう。


 そう思って父には濁しておいた。しかしまさかの再度の逢瀬を希望する手紙が届いたハインツはさらに困ってしまった。


 いったいどういうつもりなのか。あれで断るなら、やはりわざと嫌われようとしていてのあれで、実際はちょっと馬鹿で嫌味のわからない子供なのかもしれないと思っていたが、また会いたい? しかも三回と言う回数制限をつけるのもよくわからない。

 確かにハインツは顔がいい。だから全く親しくない相手にも一方的に好かれるのだって珍しくない。しかしそれは一目見てわかることで、顔を見た状態であれほど嫌われようとした態度をとってからのこの手紙。頭でも打ったのかと疑いたくなる。


 ハインツは困った末に、最近連絡先を手に入れた長年の友人に相談することにした。

 他にも昔から親しい友人自体はいるが、同じ貴族子弟の友人にはとても相談できない。エリーゼ嬢の悪評を触れ回るかたちになってしまうし、どや顔で女心が分からないな、なんて言われたら腹が立つ。


 そこで白羽の矢がたったのが、街で出会った執事見習いの年下の友人、エリックだった。彼は弟分のようによくなついてくれているので、ハインツを馬鹿にしたりせずに親身になってくれるだろう。

 それに街の女の子たちと仲が良く、恋人はいないらしいが二人きりや大勢とよく話したりしているのも見かける。女性との会話になれているなら、今回のようなイレギュラーな場合にもどんな気持ちだったのかを考えるのが得意かもしれない。


 それに貴族ではないが、貴族に仕える家系の人間なら秘匿の重要さもわかっているはずだし、まして今回のお見合い相手の関係者でもあるのだ。相談しても秘密が他の家に漏れる可能性はひくい。

 と言うわけで年下である点に目をつぶればほぼ完ぺきな相談相手であるエリックを呼び出した。


 一方的な呼び出しに応じてくれた友情に厚いエリックを歓迎し相談したところ、思った通り馬鹿にはせずに真面目に答えてくれた。それはいいのだけど、お嬢様はとっても繊細で人見知りとかわけのわからんことを言われた。

 いやそれはないわ。目が曇りすぎだし、そうではないとしたらお前に対して猫をかぶってるだろ。と思ったが、そう断言してしまうとさすがに怒るだろうから濁した。


 だがこちらからの断りをしないまま日を過ぎて手紙をもらってしまったし、初回で断りにくい立場なのも事実だ。会うしかないのはわかっている。ただ少しでも相手がどう考えているかの手がかりが欲しかったのだ。


 だが少なくともエリックがそこまで言うなら、何らかの意図があるにしろ、ハインツに対する悪意や貶めるつもりではないのだろう。少なくともそう信じられる程度にはハインツはエリックを信頼していた。

 今まで重ねた時間は、時間だけで言えばめちゃくちゃ長いわけではない。だけど剣を交え、教え、食事や会話を重ねてきてその心根は十分に知っているつもりだ。


 だからハインツは前回の悪意を一時的に忘れて、改めて接してみてあげることにした。

 と言っても相手の情報が何もないので、無難に家の庭でのお茶会にした。ハインツの家は母親が花が好きで熱心に庭の手入れをしているので、ちょっとした噂になるほどだ。


 と思っていたのだけど、予定をたててから母親に話すと、その日は大規模な手入れの予定が入っているので庭園への入場は不可と言われてしまった。

 お茶会などの使用予定がないことは確認したので油断していた。仕方ないので反対側の庭部分に招いた。庭園ほどではないが、それなりに整ってはいるので招いて失礼ではないが、花を見ることで時間を稼いでもらおうと思っていたのでがっかりだ。

 エリーゼに対しても期待していたかもしれないと、今日は庭園を見れないことを謝罪したのだけど、そうですか。残念ですと興味なさそうにスルーされたので逆に良かったのかも知れないが。


 とにかくそんな訳で始まったお茶会だが、とても気まずい。前回と違って片言ではないし、まだ会話しようと言う意思も感じる。

 が、しゃべり慣れていないのか、緊張なのか、褒め言葉もぎこちない。


「さすがハインツ様。女性におモテになる方は違いますね。目の付け所が素敵です。事前の情報収集が勝敗を分けると言うことですね」

「あ、ああ……」


 いや、ぎこちないと言うか、おかしいと言うか。おモテになる方は違いますねって、煽っているかのようだし、勝敗って言い方もおかしい。

 どういう気持ちで言っているんだ。前回の評価を置いておいても、今回もまた人物像がつかめない。少なくともエリックが言っていたような深窓の令嬢の物言いではない。


「は、ではなく、カールハインツ様のお好きな食べ物は何でしょうか。この度は私のロードス国びいきにご配慮いただきましたので、次回はカールハインツ様の好きなものを味わいたく存じますわ」


 とそこで随分心を開いたようなことを言われた。言ってることはまともだ。しかし次回。このちょっと気まずいやり取りをもう一回? さすがに、勘弁してほしい。

 なのでここは女子受けを狙わずに、むしろ引かれそうなことを言わなければ。礼儀には反しないが、女性が準備できないもの。


「そうですね。私が好きなのは肉ですかね。最近は畜産ではなく、野生の肉にはまっております。先日は弓でしとめた雉をさばきまして、一晩寝かせてから食べたのですがほどよい脂と、何と言ってもしまった筋肉質の歯ごたえが心地よく、とても美味しかったですよ」


 これだ。狩りは男の趣味として珍しくはないが、ご令嬢には血なまぐさく目をふさぎたくなる趣味だ。少なくとも母は嫌がっている。下町の肉屋を見慣れているような町娘ならともかく、貴族令嬢ならどんな変わり者だって忌避するに違いない。ましてそれを準備しろと言われたら、絶対に次回はちょっととなるだろう。


「まあ! 素敵!」


 いや、その反応は理解できない。先ほどまでと違ってめちゃくちゃ食いつかれた。全力で前のめりで乗ってきた。武器、などと少々生々しささえ出したのに、興味津々な態度は崩れない。

 お恥ずかしながらやったことがない、と言う物言いには普通に笑ってしまった。どこに恥ずかしがっているんだ。

 そして少し空気が柔らかくなったが、そこでエリーゼはハインツが予想もしていなかったことを言った。

 昔から興味があって弓をしてみたい、と。


 いやなんだこいつ。実際にハインツの趣味なのは嘘ではないし、狩りは楽しい。だがそれに理解を示すどころか自分もやりたいって。無理に決まっているだろう。怪我でもしたらどうするつもりなのだ。

 危ないことのない練習としても、ご令嬢の柔らかな手では掴むだけでも擦れて傷がついてしまうに決まっている。


 男女の手の違いを判らせて納得してもらおう。とハインツはエリーゼに手を出させて自分の手を並べた。

 エリーゼの手は手袋をつけてはいるが、薄手のレースなのでよく見える。


「私の手と比べてください、ご令嬢の手は柔らかいのですから、ただ弓を握るだけでも……?」


 説明しながらエリーゼの手を見たハインツは言葉をとめた。どうみても何も力仕事をしないご令嬢の手ではない。編み物や書き物などではどんなにやってもできないようなタコや固く肥大化した皮膚の盛りあがりが見て取れて、指もしっかりしていて、まるで練習兵のような手だった。

 驚くハインツにエリーゼは慌てたように手を閉じて、踊りによってこうなったのだと説明した。言われてみれば、彼女の母親は踊りの名手であり、様々な踊りに傾倒する変わり者としても有名だ。その娘も影響があってしかるべきだろう。

 それは悪いことではない。むしろ、エリーゼへの印象は抜群に良くなった。


 手が荒れるほど夢中になって体を動かしてきたのだろう。この手は一朝一夕にできるものではない。ほんの少しかじったではない。少なくとも体を動かすことに真摯に向き合ってきた証左で、それだけの努力ができる人間だと言うなら、この狩りへの興味も嘘ではないと思える。

 がだからこそ教えられない。弓の練習はどうしたって危険が0ではない。指先はもちろん、他のことではなかなか鍛えられない部分をつかうし、危なく離してしまえば弓自体がぶれて当たったり擦れたりしてしまう危険性はある。

 ほんのわずかでも怪我をして、それがハインツが教えたせいだと言うなら、どんな責任問題になってしまうかわかったものではない。


「えぇぇ」


 全く令嬢らしくない抗議の声をあげられてしまったが、そこはひけない。が可愛そうにも感じてしまったので、せめて連れて行って空気くらいは感じてもいいだろう。

 それに実際に見てみれば、その残酷さに興味を失う可能性もある。


「本当ですか!? いいですね! あ、もちろんそれは解体もやらせていただけると言うことですよね?」


 そう思って提案するとまたもや予想外のことを言われた。何故。確かにハインツは自身で解体もするが、男性でもそれを自分でしないのも珍しいことではない。何故その一番忌避される部分をしたがるのか。

 がノリノリだし、誘った手前断りにくい。ただ見ているだけと言うのも人によっては退屈だろう。実際に目の前にしたら怖気づくだろうし、いったん受け入れることにした。


 とここまで話して、まんまと二回目の約束を当たり前のようにしてしまったことに気が付いた。

 途中までそんなつもりはなかったのに。エリーゼが気さくに楽しそうにおしゃべりするものだから、何だかこっちまでつられて友人と話すような気分になってしまったのだ。


 だがまあいいか。とハインツは思う。最初の印象は確かに最悪だったが、今回はそうでもない。変わり者どころか変人がすぎるけれど、このレベルの変人ならその気になればこのお見合い自体はいつでも断れるのだ。

 ならちょっとくらい付き合ってあげてもいいだろう。こんなに狩りに興味があっても、一度も近づいたことがないと言うのも、ご令嬢として当たり前ではあるが、不憫には違いない。いつでも関係をきれるハインツだからこそ、多少相手をしてあげてもやりようがあるのだ。


 そう思いながら、母に嫌な顔をされずに堂々と行ける次回の狩りを楽しみに感じているハインツがいた。

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