第14話 三回目のデート

 そして遂に三回目のデートの日。これでエリーゼの当初の目標はクリアだ。だけどできる限り、ばれない程度に関係を続けていきたい。それが今の目標だ。

 楽しみつつも、そうそうないだろうがバレないよう留意して、きちんとご令嬢として恥ずかしくない程度に対応する。


 すでにご令嬢とは呼べない姿とさらしているエリーゼなのだが、今のところ趣味趣向が変わっていると思われているだけなのでセーフ。変人であるのと、ご令嬢失格は別物。と思っているので現状は誰に見られても恥ずかしくない貴族令嬢の面をかぶれていると思い込んでいた。


 そんなエリーゼは今日もちゃんと猫をかぶらなきゃ、と分厚いベールをかけて意気揚々と馬車で約束の場所に到着した。

 

「お招きいただきありがとうございます、カールハインツ様」

「お待ちしておりました」


 ハインツに笑顔で手を取り迎えられた。馬車を降りる時に手を取りエスコートするのは全くおかしなことではないけれど、何故かその手をとったまま進む。


「カールハインツ様? その、もう大丈夫ですよ?」

「練習場に行く前に、庭園にも寄り道しますから。家の者の目もありますので、できればこのままご案内させていただけませんか?」

「はあ、まあいいですけど」


 エリックの時ならともかく、今はエリーゼなので手袋越しとはいえ手を取られるのは気恥ずかしい。

 男装時はどんなに振る舞おうが触れ合おうが気にならないのだが、だからこそ、いざ女装に戻った時は普通以上に隠しているのもあり意識してしまう。


 手袋ごしに触れるハインツの手のかたさを感じてしまって、何だか妙に落ち着かない気持ちになってしまう。


 今日はハインツの家に招かれている。ハインツの家には立派な演習場があり、弓の修練もできるとのことだ。少なくともご令嬢として弓を射るなんて外でできるはずがないのでとても助かる。

 そして前回と違ってご両親などがいてお見合い相手としてきちんとエスコートとしていますアピールが必要だと言うなら、おかしなことをされているわけではないのだから、この位は我慢しなければならない。


「て、庭園と言うと、ハンマーシュミット夫人ご自慢のものだと伺ったことがあります。とても楽しみです」


 ハインツから意識をそらしたくて話しかけると、ハインツはにっこり微笑んで、何故か顔を寄せてくる。

 前回は庭園が改装中?と言うことで見れなかったけれど、大きく立派な庭園があるのは有名だ。


「母は凝り性なもので、手前味噌ですが評判のよいものですので、お転婆なエリーゼ様も見てつまらないと言うことはないかと」


 顔を寄せて小声になったのは、その悪態を周りに聞かせないためなのか。エリーゼはむっと唇を尖らせる。

 だけどそのハインツの変わらぬ軽口に、浮つきかけた気持ちは落ち着いた。エリーゼは睨み付けながら空いている手で扇子を開いて口元を隠す。すでにベールで隠れているが。


「私だって、花を愛でる情緒は持ち合わせております。ハインツ様のような感性の鈍い殿方と一緒にされたくはありませんわ」


 いくら全く印象が違い、うまく猫をかぶって誤魔化しているとはいっても、あれだけ仲のいい親友とこれだけ接して全く気付く気配がないのだから、鈍すぎる。もちろん好都合なのでずっと気付かないでほしいのだけど、それとは別に感情的には嬉しいことではない。

 とエリーゼが強めに返すと、ハインツは何故かくすりと楽しそうな感情を見せて笑った。


「それはそれは、失礼しました。それでは存分に楽しんでいただきたい」


 芝居がかって馬鹿にするように言われたが、他人行儀よりずっとハインツらしくて付き合いやすい。エリーゼはにっと笑ってエリーゼの右手を取って浮かしているハインツの左二の腕を左手でとって引き寄せて曲げさせ、右手を振り払ってからハインツの左ひじ裏をつかんだ。

 そして左手でハインツの手を腰にあてさせ、強引に肘をつかむ形のエスコートに切り替える。


「こちらの方が楽ですから、こうして見させてもらいますわ」


 距離は少し近くなるが、どうせ会話をするときは多少寄るのだ。手と手が触れるよりずっと気持ち的には楽なので変えただけだ。とはいえ、お嬢様らしくはない。

 だがハインツにとっては顔をしかめるレベルではなかったようで、一瞬驚いたが微笑んでくれた。


「仰せの通りに」

「今は何が特に咲いておられるのですか?」

「春のバラが見ごろを迎えているようですよ」


 そうして雑談しながら、正面玄関からして左手側の庭園に移動する。遠目からにも立派なものだが、草木で門や塀まで作られていて、人の背より少し高いほどで区切られた別空間になっている。

 もちろん門なども全て土台は金属だが、例えば門はアーチ状でそこに蔦が絡み合い頭上に向けて花が咲き乱れるような形になっていて、遠目には全てが植物でできているように見える。


「わ」


 アーチ門をくぐると、外から見る印象からさらに華やかになった。そとからでも十分に緑あふれ、花々が塀部分に模様になるように顔を出していて可愛らしかった。

 しかし中はその比ではないほどある。左右で色合いが全く違い、異なる雰囲気を醸し出していて、かつ交わる部分にむかって自然にグラデーションし、中央部分はまた全然違うものになっている。

 また花も植木だけではなく、鉢植えも多く利用されている。規則的に並べられていたり、不規則に植木の合間からのぞかせたり、台に乗せて高さを持たせたり、それがまた庭園の各場所の雰囲気をがらりと変えさせている。


「これはすごいですね」

「ふふ。喜んでいただけて嬉しいです。席に座ってみても、また印象が変わりますよ」


 囲まれた庭園の中はあちこちにテーブル席が用意されていて、そのどれもがそれぞれの花にあわせてデザインも色味も微妙に違う。

 庭園に興味があるとは言っても、あくまで弓>>>花程度なので顔をつぶさない程度に適当に流して早めにいこうと思っていたのだが、ここまでのものだと話は別だ。

 花は季節によって変わるので、今の状態は今しか見えないのだ。座って数十分程度時間をかけても惜しくない。


「では少し失礼して、こちらにお願いします」

「はい。よろしければ飲み物もご用意いたしますか?」


 一番手近な席にエリーゼをエスコートしながら、ハインツは卒なくそう言った。事前にその予定を立てていたのかもしれない。

 エリーゼとしては休憩を挟むほどではないけれど、忙しなく立ったり座ったりするのもよろしくない。促されるままお願いすることにする。


 飲み物と軽いお菓子が用意される。カップに口をつけると、柑橘類のさっぱりした香りが鼻先をくすぐり、味わいは甘さのないすっきりしたものだった。

 庭園全体が甘い花の匂いは徐々に強くなり違和感を感じさせない者だったが、それでもお茶の香りをかぐと先ほどまでの匂いがとても強いものだったと自覚させられる。


「ふぅん」


 そして飲み込むと、花の香りが新鮮に感じられる。鼻から息を吐き、吸い込む。心地よい香りの洪水を楽しむ。花の美しさを愛でる気持ち、考えられた構図とさらに楽しむためのおもてなし、純粋に受けていて気持ちのいい歓待で、楽しむと同時にこれを楽しんでいる自分にも酔うことのできる完璧さだ。

 じっくりと淑女らしさを発揮する自分のことも満喫し、その席で周りをじっくり見まわして満喫してから、ハインツに目を向ける。


「他の席にもつかれますか?」

「いいえ。ありがとうございます。お茶は十分いただきました。ありがとうございます。あちらも見させていただいてよろしいですか?」

「もちろんです。さぁ」


 ハインツに手を取られて立ち上がり、改めて肘をつかみ、別の場所もじっくりと見物する。座って見て素晴らしいバランスになるよう計算されているのはもちろんだが、しかし移動して角度を変えてもまた面白い。

 そうしないと見えない位置に色味の違うアクセントになる様なものが隠されていたりして、見つけるとわくわくさせられる。


「!」

「あ! す、すみません」


 やや前かがみの姿勢から、植木の向こうに見えた紫色の色味を見ようと上に頭をのばしたところ何かにぶつかり慌てて振り向く。感覚から想像していた通り、ハインツの顔面にヘッドバッドしてしまっていた。

 まさかそんなすぐ後ろのところに頭があるなんて。肘をつかんでいるとはいえ、前のめりになる関係上上半身は離していたと思っていたので油断した。


「い、いえいえ。私こそ、つられて覗き込んでしまっていましたので。大丈夫ですよ」


 鼻を抑えていたハインツだが、幸いその手を離しても鼻血を出したりはしていなかったのでほっとする。

 鼻血が出たところでどうでもいいのだけど、しかしこと貴族同士で流血させたとなると、話に尾ひれがつきすぎる。花の棘で血が出たくらいならともかく、鼻血は絵面が派手なのでややこしいことになるところだった。しかも外ならともかく、ハインツの家なのでなかったことにするのが難しいのも難点だ。


 ハインツの態度に胸をなでおろしたエリーゼは、庭園散策を終わらせて本題に行くことにした。

 ハインツも抵抗しなかったので庭園を出てさらに進み、裏手の修練場らしき場所に到着した。


 そこはおそらくこの屋敷の護衛などが訓練するための場所なのだろう。的や剣の練習用と思わしき人型、隅にある小さな小屋や囲いなどがそれを示している。


「今は誰もいないのですね」

「万が一があると困りますから」


 どうやら人払いをしてくれているらしい。他の人の訓練している様子と言うのにも興味はあったのだけど、あまりにも人目に触れるのもよくないだろうし、そこは仕方ない。

 そこはきっぱり諦めることにして、エリーゼはさっそくとばかりにまずは柔軟を始めた。


 前回と同じく、動きやすいようにした服装だ。パッと見はスカートに見えるけれど、実際には中で生地が分かれていて大きくも動けるものだ。

 スカートの中を膨らませるのは未婚の女性にとっての正装になるのだけど、昨今では格式高い公の場以外では必須と言うほどの礼儀ではない。

 エリーゼにとってはむしろ膨らませている方が足首が空気に触れて落ち着かない。肌にしっかり触れているスカートのほうがズボンのような感覚で好きなのだ。

 裾が重くなっていて、多少動いても足首すら見えないのも実にいい。靴まで見えなくなるようなデザインで、実は靴はドレス用ではなく女性用ではあるがスポーツ用だ。とはいえシンプルなもので先端程度なら見えても問題ないデザインになっている。


「前回も思ったのですが、いくら体をほぐすことが重要とはいえ、弓はそう足を使いませんし、そのように足を動かされるのは少し、どうでしょう」

「え、見えてませんよね!?」

「そ、それは大丈夫です。ただその、格好と言いますか」

「多少不格好かもしれませんが、怪我を防ぐためですから仕方ありません」


 それを教えてくれたのはハインツだ。それからずっと、エリーゼは教えられたとおりのメニューでしっかり体をほぐすのを習慣にしている。


「はい、終わりました。では早速始めましょうか」

「はい……」


 そうしてついに、待望の弓の実射が始まった。


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