第22話 話し方
「あの……」
「はい、なんでしょう、エリーゼ様」
「その……この間も思ったのですが、距離、近くないですか?」
「そうでしょうか」
ハインツからお見合いをお断りする手紙、は何故か来なかった。それどころか、次はエリーゼの家でお茶でも、などと言われた。
前々回がハインツの家だったので、妥当ではあるのだけど、向こうから言ってくるのがまあまあ図々しいし、受けたら受けたで庭でのお茶会の席を近づけてきて何故か丸テーブルの向かいのはずが30度くらいの距離だ。
エリーゼ的には完全に、友人のサラくらいの同性の友人の距離感なので戸惑いしかない。
「私としましては、エリーゼ様とは親しくしたいと考えております」
「はあ、ありとうございます。……反応に困りますね」
「ふふ。そう言うはっきりおっしゃられるところを、好ましいと思っていますよ」
「え……あ、ありがとうございます」
え、なにこわい。なぜこんなにぐいぐい来ているのか。何がハインツをそうさせるのか。
急な心変わりは何なのか。もしかしてハインツは女であればみんなこんな態度なのか。だとしたらイラッとする。
「エリーゼ様のお宅も素敵ですね、入り口近くのアーチも華やかですし、噴水も見事なものです」
「ありがとうございます。庭師も喜びます」
エリーゼは一切関与していないし、体面の為だけに職人に一任させられている。なのであまり褒められても、はあ、としか言えない。
今日は、家でお茶を、と言われたとおりにしたし、ハインツが好きな塩っ気のあるお茶菓子を出してもてなしてはいる。
だけど正直エリーゼの家はそこまで見るものがあるわけでもないし、ここで練習をするわけでもないので、会話しかない。
これがサラが相手ならそこそこ会話も続くのだけど、ハインツなので困る。
普通に何を話してもいいエリックならともかく、一応今でもエリーゼとしての猫をかぶっているのだ。ばれないように話題にも気を付けないといけないので、軽々には話をふれない。
お茶の話題は終わった。お好きなお菓子を用意しましたよ、も終わった。そして今、庭の話題も終わった。
「……」
とりあえずカップをかたむけながら時間を稼いで考える。無難でかつ続けられる話題。ハインツのことを聞く? とか? それはいいかもしれない。なんだかんだ、ハインツの実家はタブーみたいな雰囲気があったので、エリックの状態でハインツの家や生活について詳しく聞いたことはない。
正直に言うとそもそもあまり興味がないのだけど、少なくとも話題にはなるし、知っていることを話すよりぼろがでにくい。
「ハインツ様、いつも私の好みに付き合ってくださり、ありがとうございます」
「いえいえ。私も楽しんでいますから」
「それはよかった。ですけど、折角ですからハインツ様のお好きなことも教えていただけますか?」
聞いたからと言ってそれをするとか付き合うとかは明言していない。ただ聞くだけである。もちろん面白そうなら深堀するけれど。
そう小首をかしげて淑女らしく尋ねると、ハインツもにっこり貴族笑顔で答える。
「はい。よろこんで。と言っても何から話してよいものやら。色々と、飽き性なもので手を付けているものの数で言うなら豊富なのですが」
「最近気に入っているものでもいいですし、それこそその中でも長年続けているもの、でもいいですよ」
「そうですね。長年続けているのは、基本的な剣や狩りくらいですかね。あとは趣味と言うより半ば以上に義務ですし。最近は……乗馬に興味がありますね」
「乗馬……なるほど」
貴族男性としてはよくある趣味だ。エリーゼもかつては興味がなくはなかったのだが、実家で馬車用に飼われている馬小屋に勝手に立ち入ったら囲まれて髪を噛まれたりべろべろに舐められてからトラウマなのだ。
馬車に乗る分には平気だが、一メートル以上近づけない。なのでこの話題はスルー推奨である。
「そうなんですねぇ。勇ましいですね。すごいです。他の趣味はどうですか? もっと興味のあるものはないですか?」
「あ、はい。そうですね……カードとか」
「あ、カードなら私も少しはできますよ」
カードは男性の社交としても一般的なものだ。女性にはそこまでではないけれど、庶民にも割と広がっているし、手軽に楽しめる娯楽だ。
同じものを使っているのに、いろんな遊び方があるのが面白い。誰だって一つくらいは得意な遊び方があるものだ。
あまりそれにはまりすぎると、女らしくないとは下町でも言われていて、男性の趣味として扱われているけれど、絶対と言うほどでもないものだ。
エリーゼも少しはしたことがあるけれど、体を動かす方が好きだったし、表情に全部出てしまうと言うことで負けっぱなしだったのであまり積極的に参加したりしなかった。
とそこでピンと来た。エリーゼなら勝てるのでは? だってベールしているので実質無表情だし。
「良ければ今、用意させましょうか。簡単なものならルールも知っていますから、お相手できますよ」
「そうですね。やりましょうか」
このままでは手持無沙汰なので、ハインツの趣味に付き合うことにした。
家でしたことはないが、父が社交でつかうのであるはずだ。実際、準備を頼むとすぐに用意がされた。
そのままでは近すぎるので、向かい合うように座りなおして二人でできるカードゲームを始める。簡単な物で、駆け引きがものをいう種目にしたので、ベールを付けているエリーゼ圧倒的に有利、と思ったがそうでもなかった。
「……んあー、負けた……」
このハインツ、ポーカーフェイスがうますぎる。声音にすらでないので、むしろエリーゼが不利だった。だが考えてみれば、ハインツは男性の社交として日頃からカードの駆け引きになれているのだ。表情にださないどころか、わざと違うように見せかけるのすら簡単だったのだろう。
これで三連敗である。全く面白くない。つまらない。エリーゼは、ぱんっとカードを机に放りだすようにして置く。
「ふっ」
「何を笑って、あー、そうですね。三連勝のハインツ様は嬉しくて笑いが止まらないでしょうね」
「いえまさか。エリーゼ様に勝ったところでなんの自慢にもなりませんよ。ただ、エリーゼ様と遊ぶのが楽しいな、と思いまして」
「ん。そ、うですか……」
ものすごいディスられているが、本人が自然な笑みを浮かべて言うものだから、文句をつけにくい。確かに負け越して面白くないけれど、遊ぶこと自体は面白くないこともない。
「次はもっと運要素がからむものにしましょう」
「まあそれなら」
「あ、そうです。何か賭けますか? その方がやる気がでるかもしれません」
「うーん? それはなかなか、いい案ですね。では、勝った方の言うことを、負けた方がなんでもきくとかどうですか?」
「え? い、いいですけど……どうしてそこで強気になれるんですか?」
「強気ですか? その方が面白いかと思ったんですけど」
確かにたった今負けたところではあるが、これから別のゲームにするわけで、勝てる可能性は半々だろう。
なら普通に、卓上のお菓子をかけたくらいでは面白くない。せっかくだし、これでハインツに命令権を得たなら、もう一回狩りに連れて行ってもらいたい。実際に弓を射るんのは無理でも、今度は罠くらい設置させてもらえるかもしれない。
「いざ!」
そして勝負が始まり――負けた。
「……カールハインツ様強すぎません? 何かしてます?」
「申し訳ないですが、エリーゼ様にはするまでもありませんね」
また舐めたことをいわれた。しかし言い返せない。そんな小細工をするまでもなく、エリーゼが弱弱だったと言うことだ。確かに普通に負けてしまっている。
エリーゼは子供っぽいと自覚しているが、それでもこの負けず嫌いな性格はどうにもならない。さっきまで大して興味もなかったカードゲームだが、こうなったらハインツに勝ちたくて仕方ない。
「なにかコツとかあるんですか?」
「教えてもいいですけど、勝負は私の勝ちでいいんですか?」
「仕方ないですね。さあ、早くお願い事を言ってみてください」
「お願いね。では、お互い敬語をやめて話しませんか?」
上から目線で促すと、ハインツは怒ったりせずに微笑んだままそう提案してきた。無茶なことを言われないようちょっと偉そうに促したのだけど、何故かさらに腰の低い提案をしてきた。
「え? カールハインツ様は年上ですから構いませんけど、私が使うのは、貴族としてどうなのでしょう」
「貴族として、と言われましても。親しくなれば、貴族でも庶民でも同じですよ」
「そうなんですか? 失礼にならないのであればいいですけど、変わってますね」
エリーゼとしては知られて親に怒られたりしないなら全然かまわないけれど、あえてエリーゼにため口を使わせる理由がわからない。
「それだけ、あなたに親しみを感じていると言うことですよ」
「あ、はい……」
いやそれはわかっている。友人と思ってくれているんだろうなと、さすがにわかっているし、そうでなければハインツの態度はおかしい。
だけどそのうえで、別にため口にする必要がないと思うのだ。それは普通の貴族の異性のお友達とまた別の、それこそお見合い相手なのもあって恋人に近づくような親密さなのでは?
と考えて、何だか自分が意識しすぎな気がして恥ずかしくなる。ハインツは別に普通に、照れもせず言っているのに。
エリーゼこそ相手がエリックの時から知ってる親友だと思っているのに、ちょっと女性扱いされただけで意識してしまうなんてどうかしている。
「えっと、じゃあ、お友達に話すみたいに、話す、ね?」
「ああ、俺もそうさせてもらうな。そうかたくならず、普通に、もっと楽に、雑に話してもらってもいいぞ」
「あー、う、うん。慣れるよう努力するわ」
と自分の口から出たなんでもない言葉に、恥ずかしくって動きだしそうになるのを自分で自分の足を踏んでこらえる。
敬語はまだ、性別を意識しない。けれど普段のエリーゼとしての話し方は、ちゃんと女性としての話し方だ。ちょっとエリックに引っ張られて中性的な言い方になるときもあるかもしれないけれど、基本的には普通に女だと自認しているしそうしている。
だけどほかならぬハインツに対して、女らしい話し方をするのは、何とも言えない違和感があった。両手をこすり合わせるようにして誤魔化しながら、ハインツから視線をそらす。
ハインツは何故か、優しい微笑みでエリーゼを見てくるので気恥ずかしさもひとしおなのだ。どういう感情なのだ。お見合い相手に向ける目ではないだろう。
「じゃあ、なれるよう話そう。そうだ、あと、俺のことはハインツでいい。親しい友人はみんなそう呼ぶからな」
「ん。は、ハインツ様」
口に出して見て、心の中ではずっとハインツだったのに、何故かこれも恥ずかしい。なんだか熱くなってきて、エリーゼはベールを揺らすように扇子で仰ぐ。
そんなエリーゼの変化がわかっているのかいないのか、ハインツはなんだかにんまり意地悪そうに笑っているように見える。
「様もなくていい。エリーゼ、と呼んでも?」
「ハインツ……様。やっぱりその、急に距離を詰めすぎな気がします。その、呼ぶのは自由にしてもらって構いませんが、様はつけさせてください」
「わかったよ、エリーゼ。でも敬語に戻ってるよ?」
「う。わ、わかってるから。まだ慣れてないのだから、意地悪を言わないで」
「あ、そ、そうですね、失礼しました」
「あ、ハインツ様も敬語になっているわっ」
「……ふふ、はい、お互いに気を付けるということで」
「う、うん」
誤魔化す気持ちもあったが、ハインツに突っ込みを入れられるのが嬉しくて、つい勢いよく指摘してしまった。子供っぽすぎてハインツに笑われてしまった。
こうなったら、めちゃくちゃため口使って、提案したことを後悔させてやる。
と決意を新たにするエリーゼに、ハインツはにっこり笑顔を崩さないまま、まるでエリックに対するように話しかけてきた。
調子が狂いっぱなしのまま、カードゲームのコツや他の遊び方を教わって、この日のデートは終わった。
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