第19話 四回目のデートはハインツの様子がおかしい
「あの、カールハインツ様」
「なんでしょう、エリーゼ様」
「その、す、少し、近い気がするのですが」
四回目のデート。ハインツの行きつけだと言う貴族向けのオシャレな雑貨屋みたいな外見の店に連れてこられた。
馬車でそこに着くまではよかったのだけど、何故か降りる時にエスコートされてそのまま腕をとられたまま店内を見て回っている。
先日はまだ屋内だったので一部触れていても距離をとっていたのに。室内だからか手どころか肘や肩まで触れている。
いくらなんでも近すぎる。いくらハインツ相手でも、今のエリーゼはエリックではないのだ。異性だと意識している状態でこの距離は気まずいと言うか、どうしよう。
とエリーゼは今すぐハインツから距離をとりたいくらいなのだけど、ハインツはにっこりといつもの貴族笑顔を向けてくる。
「店内が狭いですからね。仕方ないでしょう。危ないものも多いですから、離れないようにしてください」
「う……はい」
確かに、ハインツからしてみれば2回も叱るような迂闊者なのだ。厳重な対応になるのも仕方ないのかも仕方ないのかもしれない。しかしそう納得したところで気恥ずかしいのは変わらない。
エリーゼはじわじわ手汗がでてくるのを感じながら、なんとか陳列棚に意識を向ける。
貴族用と言うだけあって、街で売っている武具類とは全く違う。とにかく飾りが細かい。こういったものは重さによるバランスもあるので、本体に彫をいれたり飾りをつけたすのは簡単なことではない。
だがどれもがしっかりとしたものだ。競技用と言うことで全て規格が同一ものであるはずなのに、外見の印象はどれもが全く違う。
「この区画内であれば、全てエリーゼ様の体格に見合ったものですから、どれを選んでも同じですよ。気に入るものはありますか?」
「そう、ですね」
耳のすぐ近くで言われて、嫌でもハインツとの距離が近いことを意識させられる。背筋がぞくっとしてしまったのをごまかすのに左手を開閉して力をぬく。
「こちらが格好いいですね」
「好みそうだと思ってました。ですけど、仮にも女性なのですから、女性用から選んでくれませんか?」
「え、これ女性用と男性用に別れてるんですか?」
「サイズ別なので、男女差はありませんけど、デザインに傾向はありますよ。もっとも、そもそも女性でしている方は少ないので数もすくないですけど」
狩りをする女性は存在しないが、一応競技であれば女性人口が存在しないわけではない。剣に夢中のエリーゼは今まで見向きもしなかったが、これからは堂々とできるのだ。
しかしだからこそ、女性用の方が無難ではある。と言う理屈はわかるが、別に機能に差がないならデザインなんて好みでしかないのに。
むぅ、と不満がつたわるようハインツを振り向いたが、ハインツは苦笑している。
おや、と思う。どうも今日は貴族らしさが今までよりずいぶん薄い。もちろん対外的に取り繕ってはいるが、かなり普段の素に近い表情だ。
いったいどうしたのか。単にエリーゼに心を許しているだけならもちろんいいのだけど、エリックの時と混同しそうでむずむずする。
「じゃあ、こちらの赤いやつならいいですか?」
「いいですけど、また極端に選びますね」
「こういうのも好きですから」
「そうなのですか?」
先に選んだのは紺色を基調にして両端に象牙でできた装飾がされ、持ち手は金がはられて目を引くが全体の細かな彫刻もあり、貴族的優雅さもありつつ金属で補正されている無骨な格好良さのあるものだった。わかりやすく男性向けに好まれるデザインだ。
次に手を取ったのは、全体的に淡い赤い布が張られ、両端には糸でつくられた小さな玉と短い房が付いていて異国情緒がありつつ、小さな宝石いくつか埋め込まれ、彫刻と相まったデザインは天体をモチーフにしているのか可愛らしい。取っ手が革張りで柔らかさもありつつ、細身で桃色の小さなリボンもまかれていて、わかりやすく可愛い系のデザインだ。
「私をなんだと思っているんですか? こういう格好いいのももちろん大好きですけれど、その次に可愛いのも好きですよ」
「そう、なんですか。意外で、すみません、もちろん、そう言ったものも似合いますよ」
とってつけたように褒められたけれど、ベールで隠しているので似合うも何もないようなものだろう。それにもう隠さず弓好きで変わり者令嬢であるとアピールしているエリーゼとしては、不思議に思われるくらいは仕方ないとも思っている。
なのでさり気なく手を離して、前回もやって比較的ましだったハインツの肘をつかむ形に変えながら応える。
「ありがとうございます。ではこれにします。矢は全て同じなのですか?」
「そうですね。基本的に矢羽の色くらいですね。羽の種類を変えてしまうと、微妙に変わってしまうことがありますから」
ハインツも前回でなれたのか、黙ってそれに合わせて姿勢をかえてくれた。すんなり受け入れられても、それはそれで何となく気恥ずかしいけれど仕方ない。
矢羽の色も同じ赤系統から選らび、購入する。当たり前のように買ってもらってプレゼントになってしまった。
そうなるかもしれないとは思っていたお礼も用意しているが、それにしてもスマートにおごってくれるものだ。本人は顔だけでモテる、と言っていて街ではあまり女性に積極的に近寄ることはなかったが、これは顔関係なくモテるのではないだろうか。
「ありがとございます、大切に、たくさん練習しますね!」
「はい。ほどほどにお願いしますね」
「あ、お礼もしたいので、お茶でもどうでしょうか」
「はい、もちろん、光栄です。ご希望が無ければ、私の行きつけのお店でよろしいでしょうか?」
「お願いします」
特に行き先は考えていなかったし、冷静になってみると貴族の男女が一緒に行っても問題ない店と言うと心当たりすらなかったのでそのままお願いする。
気の利くハインツに頼もしさを感じながら、エリーゼはご機嫌で、馬車に乗るなり箱に入った弓を膝にのせて、箱越しになでる。
「エリーゼ嬢、重くはないのですか?」
「重いですけど、それだけ嬉しいです」
「ふふ。それだけ喜んでいただけると、私としても贈った甲斐があります」
ニコニコと笑顔で言われた。普通に、エリックの時のハインツの顔で言われて、脳みそが混乱しそうだ。
急にフランクすぎる。え、もしかしてベールとれてる? とエリーゼはそっと自身のベールの端をひくがちゃんと顎まで隠れている。
単純にハインツがエリーゼに心を許してきたのだろうか。もしそうだとしたら、何と言っていいものか。複雑な気持ちだ。エリックは時間をかけて少しずつ仲良くなったのに。エリーゼだともう心を開くのか。
なんだかんだ言って、やっぱりハインツも女性相手だと対応がこんなに違うのか。
と少々ハインツにがっかりしてから気が付く。当たり前だけど、ハインツに女性扱いされているのだ。エスコートも散々されて今更だが、他人行儀な貴族の顔でされるのと、親しい顔でされるのでは全く違う。
エリックにむける顔で、エリーゼを女の子扱いするのだ。何とも言えない。気まずいような、だけど悪い気はしないような。
「あ、ありがとうございます。ど、どんなお店に行くんですか?」
どういう反応が正解かわからず、とりあえず話題をかえる。適当に会話をしておけば、余計なことを意識することはなくなる。
ハインツものってくれたので、スムーズに会話することができた。とはいえ、やはりハインツは前回までに比べて親し気がすぎるので、違和感がどうしてもあるのだが。
ハインツのおすすめだと言う喫茶店についた。これまた、平民向けではない敷居の高そうなお店だ。下町に入りびたりだったエリーゼには縁がない、と言うわけではないのだけど、精々が友人のサラと時々お出かけした時くらいだ。
なのでこうして男女で入ると、相手はハインツで向こうにそんな気がないとわかっていても、何だか恋人同士のデートのようだと微妙に意識してしまう。
普段のエリックならなんともないことでも、ちゃんとした令嬢としてエリックでは入らないような店だとどうしても、そう言えばこれはお見合いだったと思い出してしまう。
「どうぞ、エリーゼ様」
「ありがとうございます」
席に着くときも椅子を引かれ手を取られ、めちゃくちゃエスコートされてしまう。本人ちょっと悪戯っぽい顔なので、わざとらしくしているはずなのに、こんな風に男性にされるのは初めてなので気恥ずかしい。
「は、ハインツ様は何をお食べになられますか?」
「この店は珈琲が美味でして、甘味としてなら、珈琲ゼリーなんかもおすすめですね」
「へぇ、いいですね、ではそれで」
珈琲は以前からこの国にある飲み物ではあるのだが、エリーゼは苦いので少し苦手だった。だがゼリーとしてお菓子に使われているなら食べられるかもしれない。あの苦いのをどうやって甘くしているのかも気になる。
注文をするとすぐにもって届いた。喫茶店の席は個室ではないが、お互いの客が姿を直視できないように薄いレースで仕切られている。
しっかりした目隠しだと空間が狭く感じられるが、上品に淡く隔離されることで、広い心地よい開放感とともに程ほどの隠ぺい感が安心感を与えてくれていて、ゆっくりくつろぐことができるようになっている。
貴族社会ではレースは服装だけではなくあちこちに使われている。値が張るのもあり、一般ではあまり使われてないのもあり、貴族らしさや富の象徴にもつながっている。実際これだけの店をおおうほどのレースを、汚れのない状態を常に保つにはどれだけのお金がかかるのか。
テーブルや椅子にも全て使用されていて、平民ではおそらくこの空間ではレースを汚す可能性に逆に落ち着かなくなるだろう程だ。
もちそん、そこはさすがにエリーゼも貴族の子。普通に落ち着く空間になっている。
注文した珈琲ゼリーはつやつやと輝いていて、まるで宝石のようだ。上からかけられたミルクの白とのコントラストも美しく、とても美味しそうだ。
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