第30話 サラとの密談
「エリィ、今日はずいぶん急なお誘い、どうもありがとう」
「嫌味から入らないでよ。一応候補日は複数出したじゃない」
お茶会を提案したところ、一番近い日でと言ったのはサラの方だ。なのにずいぶんな物言いから始めてくれる。
本日のお茶会はあまり人に聞かれたくない話をしたいので、エリーゼの私室に招くことにしたのだ。今までは意図的に避けたわけではないけど一般的に庭で行われているのもあって、喜んできてくれたとのはサラの方なのに。乗り気すぎて自分で恥ずかしくなったのだろうか。
お茶の用意がされ、エリーゼが侍女を外に下がらせると、察したらしくサラも黙って手で自分がつれてきた侍女も部屋の外へ出させた。
「改めて、今日は来てくれてありがとう、サラ」
「いいのよ。それで、こんな密談だなんて珍しいわね。何かあったの?」
「んー、これはね、サラを親友だと信頼するから話すのよ? だから誰にも言わないでほしいのだけど」
「はいはい。親にも言わなければいいんでしょう? もったいぶってなによ。まさか婚約でもしたわけではないでしょう?」
「……」
「え? なにその反応。嘘でしょう? エリィ?」
思わぬ図星に反応できずかすかに顔をそらしてしまうエリーゼに、からかいまじりに微笑んでいたサラは目を見開いて、開きかけた扇子をもどかしく机にたたきつけるようにして両手をテーブルにつき、ぐっと身をのりだした。
「なになになぁによ! あんなにくっつくことは絶対にない、と啖呵を切っておいて、まぁ。結婚するのね。ふぅん」
「や、やめてよ。話さないわよ」
「ふふふ。からかいたくもなるわよ。もうこの際人目もないのだから無礼講でいいでしょう? 隣失礼するわよ」
「ちょっと」
興奮したのかサラはぐっと立ち上がり椅子をエリーゼの席にぶつけんばかりに寄せて、そこに腰を下ろすと肩をぶつけながらにやにや顔を寄せてくる。
好奇心旺盛なくるっとした瞳がいつもは可愛らしいのに今日は憎らしい。
「で? 彼のどこが気に入ったのよ。あれだけ言っていたなら、家の都合で、と言う訳じゃあないのでしょう?」
「そ、そうだけど……いつもよりテンション高くない?」
「いつもはあれでも少し猫をかぶってるわよ。当然でしょう? 使用人とはいえ、あなた以外の人目があるのだから。あ、そうだわ。折角なのだから、あなたもそのベールとりなさいよ。あなたが本当に子供の頃以来顔を見てないじゃない」
「ちょっと待って。落ち着いて!」
勢いのままベールにまで手をかけてめくろうとしてくるので、あわててその手をつかんでとめる。さすがに腕力で負けることはないが、至近距離なのもあり苦しい姿勢だ。早く諦めて。
「もう、仕方ないわね。手が痛いわ。あなた馬鹿力すぎない?」
「ごめんなさ、いや、いくら無礼講って言ってもほどがあるでしょう……」
力を抜いて手をおろしたサラをほっとしながら離す。掴まれた自身の手首を胸の前でさすりながら文句を言うサラに、反射的に謝りかけたが、いや自業自得である。
サラだって、いくら友人とはいえ突然スカートをめくろうとされたらとっさに全力で蹴るだろう。それと同じことだ。
「隙あり!」
「あっ」
とジト目で反論しながら、でも少しは気まずいのでお茶を飲んで誤魔化そうと口をつけたエリーゼに、ずっと胸の前に手をやっていたサラは勢いよく手を伸ばした。
ファサッ! と先端が重くなっているベールはそれなりの勢いでエリーゼの頭上へ向かって裏返り、エリーゼのベールの裾を目で追いかけて口が半開きの間抜けな顔があらわになる。
「わ、わ! な、なにするのよ!」
慌ててカップを戻してベールをおろししっかり裾をつかみながら皿をにらみつける。
「あら、昔と変わらない、可愛らしい感じじゃない。そんなに気を付けて隠すことないでしょう? 出会ったころは普通に顔を見せて遊んでくれていたじゃない」
「そ、それはそうだけど。ずっと見せてなくてそれが当たり前なのだもの。今はスカートをめくられるくらい恥ずかしいのよ」
今まで何だかんだ、ベールをつけだしても、えー、そうなの。変わってるわね。でもそう言うものなの。で流してくれていて、執拗に外せなどと言わなかった。なので油断していた。
恥ずかしい。確かに幼少期普通に見せていたのだから、親と変わらない条件の気もするが、それよりもう少し他人なのだからより恥ずかしい!
「ふーん? カールハインツ様は、あなたの顔は見たことあるのかしら? まさか一度も見たことがない、と言うことはないでしょう?」
「う……あの、ちょっと、だいぶややこしいのだけど、説明してもいいかしら? その、ここからは本当に、他の誰にも言ってほしくないことなのだけど」
「え、ええ。いいけれど、そんなに? 私、秘密を知って狙われないわよね」
この際なので、フローラがハインツに知られても構わないし知られたところで、と言うスタンスだったので思い切ってサラにも全て話すことにしたのだ。
だからこそのこの密談だ。さすがにサラの侍女までは信頼できない。それにサラにはそれを知ってもらったうえで、相談もしたい。
エリーゼの前置きにさすがに表情をかたくしたサラだったが、そう言う機密ではない。肩の力を抜いて、笑わずに聞いてもらいたい。
「そう言うのじゃなくて、我が家の恥的なやつだから。じゃあ、話すわね? 本当に誰にも言ったことが無くて、親友だから話すのだからね」
「念押しがくどいわね。いつもは親友とわざわざ言わないのもあって、逆に信用していないみたいに聞こえるから、もう十分よ」
「う、うん。わかったわ。あのね、実は――」
全てを話す。
そもそもエリーゼが下町に遊びに行くようになったことも、そしてたくさん友人ができ、チャンバラごっこにはまったことも、親友ができたことも、そしてお見合いし、それが親友のハインツであったことも。そこからの流れも、全部だ。
それを聞くサラは何も口を挟まなかった。ただ静かにテーブルに肘をつき、だんだん顔に手を当て、肩をふるわして、あからさまに笑いをこらえていく。
「と言うわけで、婚約することにはなったのよ」
「ぷふっ! ふっ! ふくくっ! も、駄目っ、ふふふふふふふっ」
最後まで説明したところで、我慢できなくなったらしくてテーブルに崩れ落ちて笑い出した。それでも一応令嬢らしく大爆笑をこらえているのか、全身が震える勢いなので背中を撫でてなだめてあげる。
「サラ、仕方ないとはいえ、笑いすぎ」
「ふぶ。ふ、ふふ。し、仕方ないじゃない。こんなのっ、笑わない人がいないわよぷぷぷ」
だいぶ落ち着いてから声をかけ、顔をあげながら返事をするサラだがまだ収まりきらないようで、先ほどテーブルの真ん中に放置していた扇子を引き寄せ何とか顔を隠した。さすがに今の顔は見られたくないらしい。
「ふ、ふーっ、ふーっ。はぁー、はぁー」
深呼吸するように呼吸をしながら、サラの分のティーセットを引きよせて口をつける。
姿勢を正して全て飲み干してから、ふぅーと最後に大きく呼吸をしてから、ようやく扇子をまた卓上においたサラはにっこりと微笑んだ。
「ごめんなさいね、落ち着いたわ。ぷっ」
「本当に落ち着いた?」
微笑んでから目があってまた噴き出した。ここまでくると逆に心配になる。普段から面白がりではあるけど、ここまでゲラなんて。
確かに、世間一般で見て変わり者なのはわかる。おかしいとか変はわかる。でも、笑い事では全然ないつもりのエリーゼなので、むしろ不思議である。
「えぇ、えぇ。平気よ。そうね。平気。ともかく、おめでとう、エリーゼ。あなたが恋をして、その相手と結ばれるのだもの。お祝いさせてちょうだい」
「あ、ありがとう、サラ。あなたにそう言ってもらえると、嬉しいわ」
「もちろんよ。それに、そこまで話してくれて、私を信頼してくれているのがわかって、私こそ嬉しいわ。ところで提案なのだけど、いいかしら」
「なに?」
サラの含みのない祝いの言葉に、そして裏のない信頼を喜んでくれる言葉に、心がじんわりと温かくなった。サラを信じて、サラと友達でよかった。
エリックとしての生活があるので、どうしても頻繁に会えなかったり隠し事があったので少し引いたところはあったけど、もはや何の隠し事もないのだ。
これで名実ともに、サラとも親友になれた。そんな気がして、ほんわかとした気持ちで先を促す。
「ベール、とりましょう?」
「嫌だけど? 本当に話を聞いていたの? ハインツ様にだって、エリーゼの顔は見せていないのに」
今の柔らかい人の気持ちをほぐすような笑顔はなんだったのか。油断させるためか。と聞きたくなる。何を笑顔のまま提案してくれているのか。
だけどそんな胡乱げな顔になるエリーゼに、ベール越しでも声音でわかっているだろうに普通にサラは微笑みを崩さないまま続ける。
「一度エリックの顔を見てみたいけれど、それはともかく、だからなおさらよ。エリーゼ状態で、顔を見せることになれないと。それとも、同性で顔を知っている私にすら恥ずかしいのに、カールハインツ様に急に見せられるのかしら?」
「う……そう言われると、そうなのだけど」
一理ある。母にすらろくに見せてないのに、と言ったところで、それこそ普通ではないと言われてしまうだろう。それに確かに、ハインツにエリーゼが顔を見せないままなんてありえないし、自分だって嫌だ。
いずれ、大事な時はちゃんととって、目をあわせて見つめあいたい。エリックとして何度もしていることでも、エリーゼとしてしていないのだから、全く別なのだ。
初めて目を合わせる時、どんなに緊張してどんなに恥ずかしいだろう。だけどそれはとても特別な瞬間のはずで、きっと恥ずかしくてすぐベールをおろすなんてムードのないことはできないはずだ。
なら無理のない範囲で、少しくらいならしておいたほうがいいのは確かだ。その時急にしたことで羞恥で目をまわしでもしたら、目も当てられない。
「わ、わかったわ。ベールを、あげます……わ、笑ったりしたら怒るからね?」
「いやあね、さっきも顔については笑ってないじゃない」
「そうだけど……」
「さ、早くお願いね」
「う、うん……」
ベールのふちに指を添える。ゆっくりともちあげる。だけど、顎先が新鮮な空気にふれただけで羞恥心が沸き起こってくる。
「っ……ちょ、ちょっと待った。えっと、その……一度反対を向いてあげてもいいかしら。その瞬間と言うのは、ね?」
「では私が眼をつぶっておきますから」
そう言ってサラは何の抵抗もなく目を閉じた。エリーゼに向いて真正面の状態で無防備に目をつむるなんて。いくら親しい間柄でも多少抵抗のあるものだ。
だけどそれをすぐにしてくれた。サラもまた、エリーゼを信頼し、そして羞恥を乗り越えた関係なのだと示してくれているのだ。なら、エリーゼだけが躊躇っていられない。
「っ」
ぎゅっと目を閉じ、勢いをつけてベールをあげた。
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