第26話 何故かモテるハインツ
エリックとして気晴らしに街にでたりはしたけれど、ハインツとはどちらとしても会えないまま、婚約式の日を迎えた。
知り合い自体は多いが、今回はエリーゼと同年代の参加者自体少なく、親しい間柄の人間のいない会だ。あっちを向いてもこっちを向いても年上ばかりで気を遣う。
「こんにちわ、エリーゼ様。ご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか」
「はい、もちろ、ああ、ハインツ様でしたか」
聞き覚えのある声がかけられたと思いながら振り返ると、ハインツであった。かしこまった声が久しぶりなので一瞬わからなかった。
エリーゼの反応に、ハインツは口の端だけあげて応えた。
「挨拶回りは終わりましたか?」
「そうですね。主な方々には」
「おかしいですね。私はまだしていただいてないのですが」
「今してるでしょうが。カールハインツ様、喉が渇きませんか? 何か飲みましょうか」
ハインツの肘をつかんで移動する。宮殿内の会場は広く、それに見合った人員が働いているとはいえ、あまり人が通る場所で立ち止まるのはよくない。
多少壁際によって、給仕に声をかけて飲み物をもらう。グラスのふちに花が添えられた可愛らしい飲み物だ。
飲むと、花の香りがひろがるも甘さはそれほどない。あまり好きなものではないが、何でもいいから今持っているものをともらったので我儘は言えない。
「エリーゼ様、今度なのですが」
「カールハインツ様、お久しぶりですわね」
一口飲んで落ち着いたところでハインツが口を開いたが、割り込むようにして声がかけられた。振り向くと鮮やかな巻き髪の女性がいた。
「ああ、ヘッダ様。お久しぶりですね」
「本当に。ご無沙汰ですから、随分寂しく思っておりましたのよ。そちら、紹介していただけます?」
「はい。こちら、エリーゼ・エーレンフロイント様。私のお見合い相手です。エリーゼ様、こちらはヘッダ・ディッセルホルスト様。私の義姉が彼女の姉になります」
ハインツの紹介に合わせて会釈しながら、そう言えばそんな話を聞いたことがあるな。と思い出す。確か四人兄弟で上二人とも結婚しているとか。
「二番目の方でしたっけ」
「はい、そうです」
こそっと尋ねて正解だったのに満足してから、エリーゼはヘッダに向かって改めて微笑みながら挨拶をする。もちろん見えないけれど、そこは声に影響が出るのでちゃんとベールの下でも淑女らしい笑みを浮かべてはいるのだ。
「お初にお目にかかります。ヘッダ・ディッセルホルスト様。ディッセルホルスト領と言えば、養蜂が盛んですよね。我が家でも愛用させていただいております」
本当に使っているかは知らないけれど、一応味は記憶している。エリーゼも各領地の特徴や関係も一通りくらいは頭にはいっているので、こうして無難に挨拶くらいはできるのだ。
「……」
「?」
「ヘッダ様、どうされましたか? 気分が悪いのであれば、人を呼びますが」
挨拶をしたと言うのに、ヘッダはハインツの紹介からすぐに扇子で口元を隠しそのままじっとエリーゼを見てきている。
「いいえ、カールハインツ様。ご心配には及びませんわ。ただ、エリーゼ・エーレンフロイント様のような方とお見合いをされるだなんて、何かご当主様の怒りを買うようなことでもされたのかと思いまして。カールハインツ様は少々自由な方ですから。もちろん、そう言うところも魅力的ではありますが」
エリーゼとのお見合いが罰ゲームかのような言い方だ。初対面にもかかわらずこんなに正面からディスられる覚えはない。
もちろんベールをしているので変わり者として多少知られているだろうし、ひそひそされるくらいはよくあるが、こんな目の前でわかりやすく言われることは普通ない。
「……」
いくら本人が気に入らないとしても、家同士の関係と言うのもあるのだ。ある程度親しさがあって苦言を言うのとはわけが違う。怒りよりも、ぽかんとしてしまう。反応に困る。
ちらっとハインツを見ると目が合う。にっこりと微笑んだハインツはエリーゼをかばうように半分かぶさるような位置に立つ。
「ヘッダ様、私は何もしておりませんよ。それより体調がすぐれないあまり、ご自分が何をおっしゃっているのか自覚もないようですね。すぐに休まれた方がよろしいかと」
「いえいえ。そのようなことはありませんわ。それに、いくらお見合いをされているとはいえ、ただそれだけのことでしょう? 婚約もされていないのにそのように近い距離でお話されるのはどうかと思いますわ。さ、こちらへ」
目が全く笑っていない微笑みほど怖いものはない。何故絡まれているのかもよくわからないし、手をのばされたのも怖いので、ハインツを起点に後ろに回り込み、いつでも盾にできるようそっと手をのせていたハインツの肘をしっかり握りこむ。
「っ、いいから早く手を離しなさい。あなたのような方が気安く触れて言い方ではありませんのよっ」
「ヘッダ様、おやめください」
肩をついて来ようとしたので、ハインツを盾にして避ける。ハインツも手でとめてくれて、ヘッダの手をつかんでいる。
ヘッダの声が大きかったので、少々周りの目をひいている。なんだか恥ずかしくなってきた。
ただでさえベールで悪目立ちするエリーゼは常にこういった場では目立たないよう過ごしてきたので、こうしてわかりやすく周囲の目が集まるとそれだけで落ち着かない。
「お、落ち着いてください。あの、場所を変えましょう」
「……いいでしょう」
本当は、具合悪そうですね。ではさよなら。としたかったけれど、どうもそう簡単にひきさがってくれなさそうなので、とりあえず人目のつかない場所へ移動する。
幸い相手もエリーゼの提案に周りを一瞥してから頷いてくれたので、まだ理性はありそうだ。
会場を出て庭部分に移動する。もちろん許可された範囲内ではあるので他の人の姿もあるにはあるが、草木で隠れ気味だし距離もあるので多少声を出しても問題はない。
改まって向かい合う。また興奮されては困るのでハインツの腕は離したが、怖いので常にハインツをはさんだ反対側を位置取りする。
もちろん剣の勝負となれば負ける気はしないが、そんなことにはならないし、何をしてくるかわからないだけ普通に怖い。
びびるエリーゼに配慮してくれたのか、ハインツも常に半分くらいかぶるように立ってくれたままヘッダにむけて口火を切った。
「ヘッダ様、それで先ほどの態度はなんなのでしょうか。エリーゼ様に対して失礼な態度をとられたこと、謝罪されるなら今のうちかと思いますけれど」
「カールハインツ様。どうしてそれほど庇われるのですか?」
「いえ、初対面でそのような態度を取られていて庇わない方がおかしいでしょう。他人でもないのですから」
「そ、それは……確かに、初対面にしては少々攻撃的な物言いをしてしまったことは認めます。エリーゼ・エーレンフロイント様、申し訳ございませんでした」
「あ、はい。いえ、大丈夫です」
予想外に素直に謝罪されて反射的に頷く。そんなエリーゼの反応に、ヘッダもうなずいてから殊勝な表情を一変、きっと睨み付けてきた。扇子を出してぱちぱちと口元で開閉させている。そしてハインツにむかって一歩近寄り、扇子で口元を隠した状態で上目遣いに言い募る。
「ですがカールハインツ様、私の気持ちも考えてくださいませんか? 私の思いに気付いておられないわけではないでしょう? なのに、お見合いをしただけの女性に、そのように親しげにされて、今日だってエスコートをお願いしておりましたのに」
「エスコートの件は本日だけではなく、昨年からお断り申し上げていたはずです」
先ほどからの態度で察してはいたが、ハインツに惚れているらしい。以前から女性にモテる方だと思っていたが、まさかこうも強固な態度をとるような人がいるとは。
モテていると言っても、上辺やステータスで軽くモーションをかけているようなものだと思っていた。話していけば割と失礼だったりするので、まさかこんなにも入れ込んでそれなりに付き合いの長そうな相手がいるなんて。どうしてお見合いすることになったのかむしろ疑問ですらある。
ハインツは固い声で返事をするが、背後にいるので表情はうかがえない。気になるが覗き込んだりしたらまた文句を言われそうなので黙って大人しくしておくことにする。
「それはそうですけど、ですけど、もうお見合いをしてから何度かお会いしていると伺っています。なのにまだ婚約されていないと言うことは、その気がないと言うことでしょう? どうしてエスコートなんてされるのですか」
「そんなのは私の勝手でしょう。ヘッダ様には関係のないことです」
「っ、そ、そんな冷たいこと、以前は仰られなかったのに! エリーゼ・エーレンフロイント様! あなたのせいですわ! あなたもあなたです、その気がないなら早く断ってくださいな! お願いですから、私にカールハインツ様を返してください!」
油断していたつもりはないが、急にエリーゼをにらみつけてきた動きにぎょっとしてしまう。
思わず少しのけぞってしまったが、冷静に考えてめちゃくちゃなことを言っているヘッダには腹が立ってくる。何を好き勝手なことを言っているのか。
「ヘッダ様、エリーゼ様に絡むのはやめてください。私の態度が悪いと言うなら謝罪いたしますが、エリーゼ様は関係ないでしょう」
「どうしてそんなに庇われるのですか。この人の何が私より優れていると言うのですか。顔もだしませんし、社交界で悪い意味で有名なだけで、社交的な方でもありませんわ。私の方がもっとあなたを支えてさしあげられます。私と一緒の方が、ずっと幸せになれます。そうでしょう?」
「それを決めるのはあなたではありません」
「私の何が気に入らないと言うのですか! ひどい! こんなに思っているのに!」
感極まってきたらしく、ヘッダはドンっとハインツの胸をたたき出した。まあまあ遠慮ない力の様で、ハインツの背中が合わせて揺れている。
「ヘッダ様、落ち着いてください。そのようにされたら、いくら殿方と言えど、ハインツ様も苦しいかと」
勝手なヘッダに腹はたつものの、興奮しているところに立ち入ったことを言っても入ってこないだろう。なので無難に、第三者らしい冷静な声掛けを心がけた。
「! あ、あなたにそのようなこと言われたくありませんわ! 関係ない方は黙っていてくださいな!」
だと言うのに、ヘッダにはカチンときてしまったらしく、ハインツの胸に両手で拳を叩きつけて一歩下がらせながら、そのすぐ後ろにいるエリーゼに怒鳴りつけてきた。
「関係ないわけがないでしょう!」
だけどそんな態度に、いい加減エリーゼだって耐えかねて、ハインツの背中に手をあてて押し上げるようにしながら言い返した。
事情はわかったし、思い通りにいかないことにイラついているはわかる。だけどさっきは自分からエリーゼに話しかけてきたり、ハインツが悪いわけではないのに一方的に暴力を振るったり、そんな風に当たり散らされていつまでも黙っていられるほど、エリーゼは気弱ではない。
「いい加減にして下さい! 自分の気持ちをわかって、と自分のことばかりではありませんか! あなたが断られるのも、お見合いだって、様々な事情があってのことです! 思い通りにならないからと癇癪をおこすのは違うでしょう!」
ハインツ越しに押し返された勢いと、エリーゼの突然の大声に今度はヘッダがうろたえたように一歩下がった。
だけどまだ気持ちは萎えていないようで眼力は衰えていない。もはや扇子など地面に落とし、歯をむき出しになるほど睨みながら怒鳴り返そうとしてくる。
「うっ、うるさいわね! あなたに」
「関係はあります! ハインツ様は今、私のものなんですから!」
そこで調子づかせてはいけない。さらに畳みかけるように、ハインツの腕をぎゅっと両腕でつかんで抱きしめながら隣にたち、そう反論できないように伝えた。
ハインツをくれ、などと言ったのはヘッダなのだ。ならエリーゼが無関係なわけがない。主張しヘッダに怒る権利だってあるのだ。
「え、エリーゼ様……」
だけど隣から困惑したような声が聞こえて、はっとして我に返った。
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