第3話 いや、ハインツ!

 そしてついに、お見合いの日がやってきた。

 昼下がり、エリーゼはぽっくりぽっくり馬車にのせられ、お見合い会場である高級レストランへ向かっていた。貴族であっても滅多に行けない、こっそり王族すら利用していると言う噂の個室完全予約制の外観はレストランにすら見えないお店だが、エリーゼのテンションは当然の様にあがらない。


 相手の情報は一切入れなかった。偏見で見たくないと言う建前と、どうせ断るなら情を持ちたくないと言うのがある。

 少なくとも今はまだ結婚したくない。いずれはするし、そのうち恋に落ちたら今すぐしたくなるかもしれないが、少なくとも今ではない。


 普段男装しているエリーゼだがそれ以外は普通に世間知らずなお嬢様なのだ。両親も祖父母も恋愛結婚なので、自然と出会って恋に落ちたいと言う憧れだってちゃんとあるのだ。

 母の思惑もわかるのでお見合いはうけるけれど、こう言うわざとらしいことをせず、自然に出会いたいのだ。


「ついたわよ。わかっていると思うけれど、故意にお見合いを壊そうとしたら罰則をあたえますからね」

「了解しております、お母様」


 何の努力もせず白馬の王子様に見初められたいと言うのとまったく同じ願望を抱きながら、エリーゼは厚いベールがしっかり固定されているのを確認してから馬車から降りた。

 母、フローラに付き従いながらすすみ、他の客と一切すれ違わないまま部屋に案内された。密談などでも使われていると聞いていたが、それにしても徹底している。と言うか何故お見合いごときでここなのだろうか。


 疑問に思いながらもエリーゼはついに相手と対面した。


「ご紹介にあずかりました、ハンマーシュミット家の三男、カールハインツ・ハンマーシュミットと申します。この度はエーレンフロイント家の方にお目通り願いましたこと、恐悦至極に存じます」


 いや、ハインツ! これハインツ!!


 テーブル越しに見た瞬間からわかっていた。席についてからのそれぞれの両親の社交辞令挨拶も完全に頭に入ってこなかった。


「こちらが娘のエリーゼでございます」

「……」

「……、」

「あ”! ったしは、エリーゼ・エーレンフロイントと申します。エーレンフロイント家の一人娘です。ご丁寧にご挨拶いただきまして、こちらこそ大変嬉しく存じます」


 ハインツ登場の衝撃で飛んでいたエリーゼの足に、フローラの踵が容赦なく食い込ませられ、慌てながらなんとかリカバリーした。

 できていないが、相手も貴族なので突然の奇声にも眉一つ動かさずに受け流してくれたので助かった。

 初対面の自己紹介が行われたので、さり気なく食事が運ばれてきた。

 

 食事をしながら、親同士が主にエリーゼにはいまいちピンとこないが裏のありそうな会話をして横で、ハインツとぽつぽつと会話をする。

 エリック時はやや声を変えているとはいえ、地声だと疑われかねないので最初の挨拶と違うと違和感を持たれない程度に高くして発音に気を付けながら最短で会話が終わるように返事をかえしていく。


 ハインツの頬がややひきつったのが見えて申し訳なくなるが、ばれるわけにはいかない。

 貴族令嬢が男装しているだなんて知れたら醜聞どころではなく、絶対に外出禁止になるに決まっている。それに加えて、単純にエリックとしての友情を大事にしたいので、ここで嘘がばれて断交するわけにはいかないのだ。


 そして食事が終わり、全然さり気なくなく、二人きりにされた。


「食後酒も美味しかったですね」

「ハイ、ソウデスネ」

「……あの、今回のお見合いが気に食わないかもしれないですけど、失礼じゃないですか? ベールもはずさないですし」

「それは、ご不快に思われたなら申し訳ございません。ですがこれを外すことはできません。初対面で女性の顔を見ようとする方が失礼ですよ」


 やや睨まれたところで見慣れた顔なので何ともないが、ベールに関してはしかたないし、めちゃくちゃ失礼だったと言いふらされても困るので言い訳しておく。


「この国では珍しいのも奇異に見えることも理解しておりますが、祖母の国では列記とした文化であり、軽々に破ってよいものではありません。もちろん、郷に入ってとは言いますし、そちらに押し付ける気はありませんが、ベールに関しては事前にそちらに了解をもらってのことです。二人になった途端にも文句を言われるような謂れはありません」


 これについては昔は母に難色を示されたこともあったが、今では認めてもらい、ずっとこれで通してきたのだ。実際には話が通っているかは知らないが、さっきまでいた親が二人とも何も言ってこなかったのだから、それが答えだ。

 それをぐちぐち後から言うのは違うだろう。今回はエリーゼだし、どうせお見合いは破棄するのだからいいけれど、そういう態度は女にもてない。ここ注意してあげるのが友情であり親切と言うものだ。


「……よく、お話になられるようで。朝は緊張であまりお食べにならなかったのですかな?」


 は? なんだこいつ失礼な。と思ったエリーゼだったが、さっきまでほぼ黙っていたのは事実だ。都合が悪いのでスルーする。


「そのような感じですね。とにかく、ベールはとりません。乙女の秘密と言うやつです」


 女の秘密を探ってはいけない、とアドバイスしてあげると、ハインツは何故か殊更にっこり笑顔の仮面をかぶってきた。


「……そうですか。よく見れば、あなたによくお似合いの、可愛らしいベールですね」

「え、本当ですか? ありがとうございます!」


 その胡散臭い笑顔には疑問しかなかったが、言われた言葉は想定外の嬉しいもので、ベールを付けていなかったら普通に笑顔を見せてしまうほどだ。もちろんつけているので我慢することなく笑顔になっている。


「ベールを褒めてくださるのは今まで家族しかいなかったので、他人に言われても嬉しいものですね」

「そう、ですか」


 と、そこで二人も戻ってきて、ようやくお見合いは終了した。

 卒なく挨拶をしてから馬車に乗り込み、エリーゼはベールを薄いものに付け替えて伸びをする。


「ふー、疲れましたね」

「あなた、なんなの、あの態度は」

「え」


 フローラはぎろりと、扇子で半分以上顔を隠していても隠し切れない怒りをにじませていた。思わずごくりと唾を飲み込む。

 ハインツにばれないことばかり気を取られて、フローラへの対応を怠っていたことに今更気が付いた。

 しかしそれを馬鹿素直に言ってしまうと、ばれる可能性があると思われて先んじて外出禁止令が出てしまう恐れがある。それは避けたい。


「あ、の。そのですね」

「あなたが乗り気ではないことはわかっていました。相性がありますから、一目見て気に入らないと言うなら無理強いをするつもりはありませんでした。ですけど、だからと言ってあのように、ぼんやりしてわざとおかしな態度をとって向こうから断るよう仕向けるなど、言語道断です」

「そ、そんなつもりはありません。剣に誓って、そのような意図はありませんでした」

「ドレス姿で剣に誓わない。それが事実だと言うなら、証明してもらいましょう」


 フローラがエリーゼに出した条件は

 1.わざと嫌われる振る舞いはしないこと

 2.エリーゼも相手の人となりを見て判断すること

 3.最低三回は会ってから判断すること

 である。これはつまり、最低三回会えるように相手に好感、まではいかずとも見限られない程度にちゃんと愛想良くしなければならないということで、わりと難易度が高い。

 もちろん、エリーゼが全く好みではないなどもありえるだろうけど、だとしても初回ですぐ断るほど失礼な貴族はそうそういない。よほど相手が悪いか、そのほか理解できる事情もなく上記を破ったら罰則だそうだ。


 今日の態度を見るに、妥当とも言える。だからうんうん、と笑顔で了承するしかなかったエリーゼだが、これはつまり、ハインツがエリーゼにまた会いたいと思わせないといけないのだ。無理では?

 エリックとしてなら可能だが、エリーゼにはあんな嫌味を言ってきたくらいだ。お見合いに気のりで無かったのは明白。それはエリーゼにも都合がいいのだけど、今はまずい。


 なんとかして、もう何度か会ってから断ってもらわなくては!


 お見合い後、親経由で断らないのは当然として、ここからは本人が直接連絡をとらなければならない。エリーゼはハインツにむけて、是非もう一度お会いしたいとお手紙を書くことになった。

 と言ってももちろん自分で書くとお嬢様らしい字にはならないし、エリックの手紙の字と比べられても困るので、信頼できる侍女のアンナに代筆してもらう。

 これはお嬢様的にもよくあることなので、ずるではない。エリーゼ以上に身分が高くなると。直筆はむしろ避けられる傾向すらあるのでセーフ。


 手紙を一度出した以上、あとは返事を待つのみだ。ここで断られてしまうと、次のお見合いをするまで外出禁止になってしまう。次の相手なんてまだ影も形もいない状態から相手を決めて日程を決めてとなると時間がかかりすぎる。

 エリーゼは祈るように返事を待ち、何故かエリック宛に手紙が届いた。


 いや、いいから早くエリーゼに返事くれよー。と思いながらも、なにやら相談があるとのことだったので、ここはエリックとして親友の心配を優先して会いに行くことにした。


「エリーゼ様。このタイミングで外出なんかされて、これで断られていたなら、本当に外出禁止になってしまいますよ」

「わ、わかってるけどぉ。でも、大丈夫! 今日説得してくるから!」

「?」

「あ。えと。とにかく! 大丈夫。私の魅力で断られるなんてことないってー」


 護衛がずっとついてきているとはいえ、声が聞こえない距離でプライベートには干渉しないようしっかり教育されているので、街での交友関係は家には知られていないのだ。

 危ないところだった。と強引に危機を乗り越え? エリーゼは来てくれるならと指定された場所へ向かった。

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