第31話 サラと相談

 顔に空気が触れる。自室なのだから当たり前だけど、目の前にサラがいる。それだけで恥ずかしい。ぎゅっと力いっぱいとじている目も、熱くなっている体も、簡単には制御ができない。


「ふー」


 先ほどのサラを真似して、ゆっくり呼吸する。そして少し気持ちを落ち着けて、目をゆっくり開けていく。

 はやく開けて、サラにもいいよ。と言わないと。ずっと目を閉じたまま待たせているのだから。


「……ん?」

「ふふ。やっぱり、可愛い顔よ」

「なっ、んでもう目を開けてるのよ!」

「エリィが遅すぎるのよ」


 ばっちり目があい、反射的にベールを下げてしまいそうなのをこらえて両手をあげて万歳するエリーゼに、サラはくすくす笑う。

 確かにそうだし、ずっと黙っているので、まだか、そろそろか、と目を開けたくなるのはわからないでもないけど。でも反応的に、すぐに目をあけてただろう、と言いたくなる。反応込みで恥ずかしい。


「う。それはそうかもしれないけど……」

「恥ずかしがっている顔も可愛かったわよ」

「……わざと恥ずかしがらせようとしてるでしょう。やめてよ。顔のことで褒められることはないから、サラにだってなれないんだから」

「そりゃあ、ベールをつけていて褒めてきたら、相当な皮肉屋でしょう。でもこれからは違うでしょう? カールハインツ様から褒められるのだから、それもなれていかないと」

「そ……そんな、正論さえ言えば私が納得すると思わないでよね」

「ふふふ。正論だと思うなら納得しなさいよ」


 笑いながら指摘された。ごもっともである。だけど感情は理論で動くものではない。顔の熱はしばらく収まりそうにない。

 反射的に隠したくなってしまうけれど、ハインツの為の練習なのでそれもできない。ハインツめ! 許さん!


「は、話を変えましょう。とにかく、そういう訳で、今婚約状態になりました。はい。お祝いいただきありがとうございました」

「どういたしまして。何か、改めて品を送るわね」

「そこまでしなくてもいいけれど、折角の気持ちだから遠慮なくもらうわね」


 本当に期待していたわけではないので嬉しいサプライズ気分でもなるが、逆の立場ならエリーゼだってプレゼントの一つも絶対に送りたいので拒否はせずありがたく受け入れる。


「そう言う素直なところが、きっとカールハインツ様も好きなんだと思うわ」

「ん……あ、ありがとう。でも、あのね、私はそうだけど、ハインツ様は私に対して恋愛感情があるわけではないの」

「あら、そうなの?」

「ええ、まあ。人として好かれている自信はあるけれど。婚約を申し込まれる時も、そう言う話じゃなくて、私となら楽しいだろうってことだし」

「ふーん? まあ必ずしも恋愛感情が必要なわけではないし、人として気が合うなら十分ではあるけれど、あなたとしては少し寂しいところよね」


 サラはあっさりと頷きながら、そうティーカップにお代わりを注いでからお菓子をつまんだ。エリーゼも同様にカップを傾ける。

 大事な話になってきたことから、顔への意識がそれて気持ちも冷静になってきた。唇をしめらせたので、うん、と力強く頷いて、さっきまでと逆にさらに詰め寄るように顔を寄せてお願いする。


「そう。そうなの。だから、それもサラに相談に乗ってほしくて」


 話そう、と決めたのは信頼しているのは前提として、話す必要があるからだ。ハインツとのことを相談したい。母親にはできない。恥ずかしいだけではなく、時代だって相手だって全く違うのだ。無駄にから回るのは避けたい。

 その点、サラは少し変わっているとはいえ、エリーゼよりはずっと普通の同年代のご令嬢なのだ。体感として人生の5分の1くらい男だったエリーゼと違いずっと女性だったサラなのだ。頼りになるにきまっている。


 エリーゼのやや曖昧で力の弱い提案に、すぐに察してくれたサラはにやり、とさらに顔をよせ鼻先がぶつかりそうな距離で笑う。


「相談……つまり、カールハインツ様を篭絡するための、と言うことね」

「ろ、い、言い方があれだけど、つまりそうね」

「ふふ。いいわよ。他でもないエリィが私を頼ってくれたのだもの。全力で力になるわ」


 そうぐっと手を握って力強く言ってくれたサラ。サラがいれば百人力だ! と根拠はないがそんな気になる。少なくとも、エリーゼが百人いるよりずっと頼もしい!

 ぎゅっと手を握り返して感謝の気持ちを伝える。


「サラ! ありがとう。恩に着るわ。もしサラに相手ができたら、私も協力するからね」

「それは遠慮しておくわ」

「え」

「今はそんな架空の話はいいのよ。問題はカールハインツ様でしょう」

「う、うん。そうね」


 さらっと断られたけれど、確かに今はそんな場合ではない。サラはまだお見合いもさせられていないのだから、エリーゼの後でいいだろう。


 握り合っていた手を離し、サラは部屋を見回す。


「何か書くものはある? こういうものは紙にまとめた方が整理しやすいのよ」

「あるわ。少し待ってね」


 侍女に用意してもらうとはいえ、物そのものは部屋に普通に置いてある。わざわざ他の部屋に取りに行く方が時間がかかるので普通のことだ。

 レターケースをいくつか開き、ちょうどメモに良さそうな大き目の紙とペンを取り出し、お茶会用の丸テーブルにひろげる。


 わざわざ用意したもので、いつも部屋にあるものより大きいので、ティーセットをずらしてしまえば十分に広さはある。


「まず、カールハインツ様に好かれるためには、相手を知らないといけないわ。一度お会いしたから外見はいいわ。性格や好きな物、思いつく限り教えてちょうだい」

「うん。えっと、まず好きなものは」


 思いつく限りのものを羅列していく。性格は一言では説明しにくいので、こういう時はこうされた、と言うエピソード紹介になってしまった。

 だけどサラは真剣な顔で聞き取って、簡単にメモにまとめてくれているのだ。ちょっと恥ずかしい、なんて思っている場合ではない。


「ん、それって、その後の反応はどうだったの?」

「その後は確か」


 そうして聞かれることにも真面目に話していくうちに、エリーゼはベールをめくっていることも忘れてサラと話し続けるのだった。









「ふむふむ。なるほどねぇ」

「なにかわかったの?」

「そうね。あなたは直接彼の女性の好みを知らないと言うことだから、推測と言うか、探り探りの形にはどうしてもなるけれど、とりあえず試していく方向性くらいは思いついたわ」

「本当に!? さすがサラ! あなたに相談してよかった!」

「ん、ふふ。まだ喜ぶのは早いわよ。祝杯をあげるのは、ちゃんとカールハインツ様を落としてからにしましょう」


 か、かっこいい! サラにこんな面があったなんて。砕けて冗談を言い合ったりする気の置けない仲ではあったけど、まだまだ知らない面もあったのだ。なんだかわくわくしてしまう。


「それにしても、ずいぶん素直な表情をみせてくれるようになったわね。もう素顔にもなれたのかしら?」

「あっ……ま、まだ、意識すると恥ずかしいわ」

「ふふ。無理することはないわ。それはそれであなたの特徴なのだし、恥じらっている姿は可愛らしいもの。きっと不利にはならないわ」

「そ、そうかしら。だといいけれど」

「もちろん限度はあるわ。ベールをあげた瞬間、力づくで反抗するようなのは可愛くないわ」

「う、はい」


 そう言えば以前に、ハインツからベールを取るよう促された時も、そこまで必要なかったのに過剰に反応してしまった気がする。

 手を出されたわけでもないのだから、普通に口で否定すればいいだけだったのに。反省しよう。と素直にうなだれるエリーゼ。

 そんなエリーゼを、サラはよしよしと頷きながら頭を撫でる。


「ちょ、ちょっとサラ。いくら何でも、私の方が少し年上なのに、撫でるのはやめてよ」

「少しって、たった数か月じゃない。それよりカールハインツ様に撫でられたと思って、可愛く反応してみない?」

「は、ハインツ様に……だめっ。恥ずかしすぎて無理よ。だってすでにベールを外している状況じゃない」

「でも抵抗していないわね。今はそれでいいと思うわ。そうね。あなたの性格を生かして、純情路線で行きましょう」

「じゅ、純情……」

「あら失礼。路線、じゃなくて単なる事実でしたわね」

「そ、そんなことないけど」

「否定してもいいことはないと思うわ。やはりエリックとしての少年時と違って、女性だと言うことをわからせるのが一番最初にやるべきことね。その際に少しずつ相手の好みを探っていく。これでいきましょう」

「そ、そうね」


 確かにそれは大事だ。まず、ちゃんとエリーゼは女性なんだよ、とわからせる。いやさすがにそこはハインツもわかっているはずだ。結婚できるか確認したし。

 ただ、ぎりぎりできる一応性別が女、ではなく、普通にちゃんとした女性なのだと思ってもらいたい。うん。


「具体的には、どうすればいいと思う?」

「そうね。身体的差を見せつけるのがわかりやすいけれど……エリック少年の時を見ないと何とも言えないわね。ちょっと、見せてくれない?」

「え……それはあの、顔を見せるのと全然別の恥ずかしさなのだけど」

「見せられないと? ここまで話して?」

「う……わ、わかったわよ。でも絶対に笑わないでよね? 私、その姿になったら完全に話し方も男として話すからね?」

「もちろん、私があなたを笑うわけないでしょう?」

「さすがにそれは、そんな顔しても無理があるわ」


 あれだけ全力で笑っておいて、何を慈愛に満ちた顔で言い切っているのか。面の皮がエリーゼとは別の意味で厚い。そう言うところが好ましいけど、今はさすがに突っ込みたいし、後それが事実であってほしい。


 そして数分後。いったんサラを部屋から出して、アンナの協力の元着替えてからまた二人きりになるのだけど、サラときたら、アンナが出る前から崩れ落ちるように笑いだしてしまった。

 そういうところが、今まで親友と口に出しにくかったところだよ! と言いたかったが、相談に乗ってもらっている身分なので、笑いが収まるまで背中を撫でて我慢した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る