第39話 私も好き!

 ハインツのにやけ顔にぶつけるがごとく、息を大きく吸い込んだエリーゼはぎゅっと目をつぶって声をあげた。


「わ! 私も好き!」

「……一言だけか?」


 ちらっと片目を開ける。ハインツは椅子の背もたれにもたれ、偉そうに腕を組んでそんなことを言う。

 好きと言われての反応がそれっておかしくない? とハインツの態度にイラッときたエリーゼは立ち上がってばん! と机をたたくように両手をついて、しかめっ面になるほど目を強くつむって叫ぶ。


「ハインツ様が大好きで恋人になりたいし一生一緒にいたい! これでいいですか!?」

「……お、おう」


 その力のない声に、なにちょっと引いてるの? と思ったが目を開けてよく見るとハインツは赤くなって、忙しなく右手で自分の首筋をなでて左手は落ち着きなく左ひざを叩いていた。

 照れているらしい。そう思って、だろうな。そうじゃないと納得できない。と納得して頷いてから、それだけ恥ずかしがらせることを言ったことに改めて恥ずかしくなる。

 ハインツも同じように言ってくれたとはいえ、恥ずかしい!


「……」


 お互いに無言で、沈黙が余計に羞恥心を掻き立てる。


 ゆっくりと机に体重をかけるのをやめて、席に座りなおす。ハインツを見る。ハインツは右手が首筋から顎から口元に移動して半分顔を隠している。左手は机の上に戻ってきてカップに触れている。

 そわそわしていて、ハインツが照れて気まずくしているのは十分に伝わってくる。


 それを見ていると、ハインツも今エリーゼと同じように落ち着かない気持ちで、同じような感情なのだと実感して少し落ち着いてくる。

 あと少しで我慢できずにベッドに飛び込んで布団をかぶるところだった。


「あー、っとだな。エリーゼ、ありがとな。気持ち伝わった。嬉しいよ」


 右手をおろしカップに口をつけてからハインツがそう沈黙を破った。エリーゼも合わせて両手でカップを持ち上げ、中身を空にして気持ちを落ち着けた。


「う、うん。わ、私も。と言うか。私こそ。その、はっきり言ってくれて、ありがとう。嬉しかったし、凄く、ふふ。うん。ドキドキした」


 今思い出しても、同じくらいドキドキしてしまう。胸を抑えながら何とか平静を装い、笑って誤魔化して頷いて見せた。


「おう……あー、おう。その、だな。話、戻すか」

「ん? うん。えっと、何の話ししてたっけ?」


 もう心臓がどきどきで忙しくて、今日の記憶は告白シーンしかない。いや、今日と言わずもうここ2.3日の記憶がないと言っても過言ではない。

 そのくらい頭ぽわぽわになっているエリーゼは素直に首を傾げた。もはや告白までの流れは一切頭にない。


「いや、練習の話をしてただろ?」

「練習? 弓の?」

「……いや、式な」

「あ!」


 なのでここまで言われてようやく思い出す。式より先に弓が思いついたエリーゼにハインツは苦笑しているが、この状況になってからの練習はハードルが高い!

 なぜなら確実にされるから。断られるかも、の状態で言うのとはわけが違う。しかもキスをねだっている形になるのも恥ずかしい。


「あ、あれはその……ハインツ様の、き、気持ちが知りたくて。だ、だからその、なかったことにというか」


 あれは他に方法がなかったからで、と言いたいけど今思えばさすがにキスをねだるよりは直接言葉で言った方がましだったのでは? いやでも、あれだけ遠回しでかつ練習だからまだ言葉にできたし、ベールを取るだけでやめるかどうかで直接ではない返事をもらえうことでダメージを減らせる、と言う姑息、もとい乙女心的ガードと言う意味があったのだから仕方ない。

 とエリーゼは自分を納得させながら、そっちベールを裾とつかんで下に引いてそうお願いする。


「あ、そうなのか。じゃあ別に、そう言った儀礼的な場面ならベールをとることはできるんだな」

「んー、そ、そういうことはないんだけど」

「え? じゃあ普通に練習必要なのか?」

「……まあ、必要じゃないか必要かと言ったら、した方がいいかもしれないけれど」


 意外そうに言われたけれど、いやそう言うことではない。何故普段は恥ずかしいのに、いざとなればできると思うのか。そんなわけがない。ないのだけどじゃあ練習しよっか。などと言えるわけがない。


「エリーゼ、無理強いはしないが、顔を見せてくれるなら嬉しいし、実際問題として少しはなれていった方がいいんじゃないか? もちろん、心の準備ができた後日でいいんだが」

「う……そ、それはそうかも知れないし、一応、ハインツ様に見せられるように、友達と練習したりはしたのだけど……やっぱり恥ずかしいわ」


 必要性自体を忘れているわけではない。今になって恥ずかしいし、もう確認できたのだしいいかな、とひよっているだけだ。だからハインツの言うことはわかる。

 だから素直に、一応、ハインツといきなりの前に練習はしてますよ。本気で式に対して行き当たりばったりでいいか、と思っている訳ではないですよ。アピールをする。


「……一応聞くけど、練習ってどういうことをしたんだ? 相手は?」

「あ、ハインツ様もあったことあるでしょう? ほら、初めてお見合いしたすぐ後に会った、アレクサンドラ・ザウアーよ。内容はまあ、一緒にいて突然めくられる、みたいな感じ」

「ああ。彼女と仲がいいんだな」

「と言うか、貴族ではほぼ唯一顔を見せられる間柄ね」


 一応、貴族的には友人の範囲内に入れられないこともない付き合い、でいいなら他にも貴族の友人がいなくもないが、エリーゼ的には仲良し! とは言えないレベルだ。だが友達が一人と言うと寂しく感じるので、できれば友人カウントはしたい。そんな感じである。


「そうか。なら俺も、そのうちちゃんと挨拶しないとな」

「あ、挨拶。あ、それなら、私もハインツ様のお友達を紹介してよね」

「……いいけど、結婚してからな」

「え? そう言うのって別に、式の前に顔をあわせたりするものではないの?」

「いや、やめておこう。それはいいから、ザウアー嬢には話をつけておいてくれよ?」

「い、いいけど」


 自分から言い出したくせに何故か渋られた。一方的にエリーゼだけ紹介させられるのは納得がいかない。いかないが、突っ込んでそんなに仲がいい人がいない。とかだとさすがに気の毒なので引き下がる。


「えっと……」

「あー、なんだ。ちょっと喉も乾いたしな。休憩してから、練習、するか?」

「あ、そ、そうね」

「まあ、慌てずに、とりあえず顔を見るだけでもな」

「う、うん」


 練習の話をされ、友人紹介のわだかまりは一瞬でなくなる。ハインツは優しくそう言ってくれる。

 元々、ハインツの気持ちを知るための提案でもあるのだ。ハインツの気持ちがはっきりした以上、慌てることはなく。一足飛ばしではなく、ちゃんを顔をあわせるところからするほうが、エリーゼの心臓にも優しいだろう。

 ハインツの優しさに少し緊張をときながら、それでも顔は見せるので平静ではいられなくて。カップにお茶を追加して一気に飲み干した。


 さらっと提案されたので、普通に勢いで頷いてしまった。しかし例えキスなしでも、サラにもあれだけ葛藤と練習あってのことだったのだ。

 式までに練習が必須なのは間違いない。少なくとも、他の大勢の人の前で慌てないために、一番至近距離にいるハインツにくらいなれておく必要がある。わかってはいる。


 いるけどやっぱり恥ずかしい!


「……あの、やっぱり後日とか、駄目?」

「いや、駄目ではないが。顔だけとはいえ、最初から外で練習ってわけにもいかないだろ? 使用人とはいえ、少しでも緊張につながる要素はないほうがいいだろう?」

「う……」


 その通りだ。そして次回も練習とするには、また部屋にこもらないといけない。悪いわけではないが、折角ハインツとのデートで大手を振って外出できるのなら、もっといろんなこともしてみたい。

 それを考えると、一回で成功させて克服したい。しかしサラ相手でも一回は無理だったので、それはさすがに不可能だろう。それにあまりにも何度も二人きりになると言うのも、外聞が悪いわけではなくても恥ずかしい。絶対からかわれる。可能な限り少なくしたいなら、今日からするべきだろう。


「じゃ、じゃあ……す、する?」

「お、おう」

「えっと。このままじゃあ無理ね。横並びの方がやりやすいわよね。ベッドでいい?」


 席を立って、横少し離れた横にある自分のベッドの幕をめくり、座ってハインツを振り向きながら尋ねた。


「な、ばっ。お前な、俺は女友達じゃねーんだから」

「え?」


 女友達じゃない、にエリーゼは首をかしげる。何故女友達でないと、ベッドに横並びに座るやり方が駄目なのか。

 そもそも以前に宮殿の休憩室で婚約しようと言う話をした時だって、普通にベッドで横並びだったではないか。と尋ねるとハインツはきまり悪そうに頭をかく。


「あ、あの時は席も遠いし、何より、まだ婚約してなかっただろ。婚約してない状態なら、絶対に距離をつめるわけにはいかねーんだから逆にいいだろ」

「逆にって。婚約してるんだから、隣に座るくらいいいじゃない」

「いやお前……あのな。俺が無理なんだっての」

「?」


 ハインツが何を気にしているのかわからない。あの時と同じで今も室内に他の人は侍女ですらいないのだ。

 扉の外にはいるけれど、それこそ自分たちの使用人なのだから、ちょっと距離が近いくらいで醜聞がひろがるわけがない。気にする必要性は感じられない。

 とそんな男心に鈍いエリーゼに、ハインツは眉を寄せて立ち上がり、ベッドに座るエリーゼの前までやってくる。そしてがしっと膝をついてエリーゼと顔の高さをあわせ、右手でエリーゼの手を取った。

 そしてゆっくりとエリーゼの手を持ち上げると、手袋越しにキスをした。


「っ。は、ハインツ様?」


 公の場で格式ばった雰囲気で挨拶としてならともかく、こんな場面で急にされると、手袋越しのキスでもドキッとしてしまう。手を取られた時点でときめきだしてはいたが、だけどハインツなので拒否することはないので受け入れた。

 とはいえ、突然は突然だ。何の説明もない。


「急にどうされました?」

「ほら、受けいれただろ。ちょっと前なら手袋でもいきなりなら手を払ったんじゃねーか?」

「ええ? そんなこと言われても……」


 何故文句を言われたのかわからない。理不尽では? と唇を尖らせ不満げな声をあげるエリーゼに、ハインツはエリーゼの手をエリーゼの膝に戻してその場でぎゅっと握る。


「婚約者になって、お前が俺を好きで、拒まないってわかってんだぞ? その状態でベッドに座って、理性緩まない自信なんてあるわけねーだろ」

「……ご、ごめんなさい!」


 ハインツの言葉に、侍女の式を早めても珍しくないと言う言葉がよみがえり、思わず謝罪しながら手を振り払うエリーゼだった。

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