第11話 めげないエリーゼ

 めちゃくちゃ怒られた。今日は怒られてばかりな気がする。普通に涙声になってしまったが、今度はほだされなかったハインツは、怪我をしたら泣くくらいでは済まなかったとさらに怒られた。

 ぐやじい。違うのに。一応ちゃんと教えを受けたのに。ハインツから。でも言えない。


「……」

「……はぁ、反省したならいいです。少し言い過ぎました」


 全然少しじゃないと思ったエリーゼだったが、喉の奥がつまって返せなかったので、黙って鼻をすすった。

 そんなもはや全然お嬢様らしくないエリーゼだったが、まだベールのおかげで猫がはがれきっていないと信じているので、何事もなかったふりをして口を開く。


「ん゛んっ、と、とにかく、反省はしました。ですから弓を教えてください」

「……」

「や、約束だったではないですか」


 反省してねぇなこいつ、みたいなジト目を向けられたけれど、これで教えてもらわなかったら怒られ損である。エリーゼはひくつもりはない。


「嘘をつくのはいけないと思います。それにほら、今日はカールハインツ様が一緒におられるのですから安全ですし。むしろ教えてくださらない方が危ないのでは?」

「……わかりました。確かにお約束なのでお教えしますが、では私の言うことをよく聞いて、勝手に練習したりしないとお約束できますか?」

「はい。お任せてください」

「……では、まずはどういった練習をされたのか教えてくださいますか?」

「はい!」


 ひとまず約束通り教えてくれることにはなった。エリーゼは引っ込んだ涙のことなど存在すら忘れて元気にハインツから講義をうけた。

 当然ながらハインツの想定通りのしっかりした指導をうけたもとでの自主練だったので、基礎は十分できていた。なのでハインツにお願いしたり宥めたり甘えたり恫喝したりして、本物の弓矢をつかって練習させてもらえることになった。


 と言ってもまずは、先端の矢じり、金属部分を外して実際に飛ばす動きを練習させてもらう。もちろん重さのバランスなどが変わってしまうのでうまく飛んだりはしないけれど、自分にささるようなことはない。


「思った以上に基礎ができていますね。確かにこれなら、実際に飛ばしてみてもいい段階ではあります」

「でしょう? では次に」

「しかし、いくら何でも実際に刃がついているものを使わせるわけには。競技用として先が丸くなっているものもありますので、どうしてもと言うならそちらから初めてもらいたいのですが」

「えー、ここまで来てですか?」

「怪我をしなくても、可能性のあることをやらせた、と言うだけで十分問題なのです。わかるでしょう?」

「そうですけどぉ……」


 実際にエリーゼもその理屈自体はわかっているのだ。だけどそれでもやりたいし、黙っていればわからない話だ。万が一があればそうもいかないが、何もなければ侍女たちに口をふさがせるのは簡単な話だ。特にエリーゼ側は、普段から口の堅さは折り紙付きだ。

 本来の雇い主である両親から事細かに聞かれたなら答えるだろうが、両親はちゃんとエリーゼのプライベートを尊重してくれるし、なにより仮に知ったとしてそれを盾に婚約などを迫る気はない。


 だけどそれはハインツにはわからないことだし、あまりお家事情を話すものではないし、エリーゼは声音で不満を表すしかない。

 そんなエリーゼにハインツはそっと有無を言わさずに持っている弓を取り上げる。


「では、次回は競技用の練習をすると言うのはどうでしょう。もちろんそれも当たれば怪我をしますから事前にご両親に許可を取る必要はありますが、専用の場所なら安全も確保されていますし、それなら堂々とできますよ」


 もちろん、そうなればしっかりと惜しむことなく教えて差し上げます。とにっこり笑顔で宥められ、エリーゼはしぶしぶ頷いた。


「わかりました。それではそれでお願いします。今度こそ約束ですからね。あ、昼食はうちで用意しますね。場所など準備いただきますし、せめてものお礼に」

「そうですね。それでは今度こそ、腕をふるっていただきましょうか」

「う……は、はい」


 今回で料理をするすると言いながら解体しかしていないのを厭味ったらしく言われてしまった。

 今回は狩りをしての野外調理なので興味があったしお礼だし、と言う気持ちで言っていたのであって、別に料理が好きなわけでもないエリーゼだが、一度は言ったのだから仕方ない、と気持ちを切り替えることにした。


「それでは私が腕を振るわせてもらいます。必ず、弓を教えてよかったと思わせてさしあげましょう」

「それは、楽しみですね」


 ハインツは本気にしているのかしていないのか、いまいち読めない苦笑じみた笑みを浮かべてそう相槌をうった。

 そしてそろそろいい時間だったので片づけをして帰宅することになった。


 こうして第二回デートも無事に終了した。

 しかも第三回の約束は今度はハインツの口から出ている。順調にハインツと近づけている気がする、とエリーゼは満足して就寝した。


 そして翌々日、またしてもハインツからエリック宛に手紙が届いていた。









「あの、怖いんだけど。順調にお見合いをしているって聞いているけど、何か別の問題でもあったのか?」


 今回は何も問題なく、困らせる事はあっても引きずる内容ではなかったはずだ。なのにまたしても緊急呼び出しだ。

 と言うか、未成年の執事見習いで代々使用人家系のお坊ちゃんだと思われているにしても、気軽に呼び出しすぎでは? 毎日が暇だと思われている気がする。

 実際は別日に変えられるものは変えているのに。ハインツに比べたら時間を余らせているのはそうなのだけど。


「別と言うか、今回も別に悩みってわけじゃねーよ」


 普通の喫茶店の奥、個室までは行かないが他の席から見えなくなっている席で待っていたハインツはカップを持ったままエリーゼを迎えて半笑いのままそう言った。

 何もなかったことには安心しつつ、めちゃくちゃいいように呼び出されていることが今更腹が立ってきたエリーゼは乱暴に席に着いた。


「はぁ? じゃあ一方的に呼びつけるのやめてくれない? 普通に迷惑だし、と言うか忙しいんじゃなかったのか?」

「忙しいは忙しいぞ? ただ定期的に街を出ている時期に来れないだけで、それ以外はこのくらいで街に来ていたんだ。お前と会わないのはお互いにすれ違っていただけだ。連絡を取れる以上、以前より会えるのは普通だろ」

「連絡を取るっていうより一方的だけどな」


 とりあえず頼んだお茶を飲みながら、エリーゼは気を取り直して口を開く。


「まあ相談がないならいいや。それじゃあさ、弓、見てよ。この間から練習してきたんだ」

「お。いいぞ。あ、あと聞いてるか? お前のとこのお嬢様にも弓を教えてやることになったの」

「え、あー、いや、それは知らなかったなぁ。でもきっと喜ぶだろうなぁ」

「おう。かなりな。ほんと、変わり者のお嬢さんだな」

「ま、まあそうかもね」


 自覚はしているが、そうも言われると複雑な気持ちになるエリーゼだった。

 その感情はできれば隠そうと思っていたのだが、エリック状態なので全く隠れずストレートに顔に出てしまっている。そんなエリーゼに、ハインツは笑いだす。


「ははっ。お前、ほんとにお嬢様と仲がいいんだな。ならお見合いのことも教えてやるよ」

「え、いや、無理しなくていいよ。と言うか、そう言う個人的なことは言うべきじゃないと思うな」

「俺とお前の仲だろ? それにエリーゼ嬢と仲がいいならなおさらだろ」

「あー、うん」


 自分のことなので、客観的な評価など聞きたくない。ハインツに女性として好かれたいと思っていないが、だからと言ってないわー、などと言う率直なコメントは聞きたくない。相手が誰であっても、エリーゼの小さな乙女心が傷つく。


「仲はいいけど、そう言うのとは別っていうか。それはそれだから」

「そうか? まあ、俺も兄貴の恋愛事情とか聞かされてもどうでもいいが、お前の場合は全然事情が違うし、兄弟だとして女兄弟なら心配じゃないか?」

「うーん、まあ。別に本当に二人がくっつくわけはないしね」

「お? なんだその自信。わからんぞ? 意外と付き合いやすい人だったしな」

「いや、まあとにかく、大丈夫だから」


 からかうようにニヤニヤして言われてもそんなことは万が一にもないだろうし、なによりエリーゼ側にそんな気がないのだ。絶対にないと言い切れる。が、過剰に反応しても別の意味でからかわれるだけだ。

 はいはい、と適当な相槌をうって流すと、ハインツはくすっと笑った。


「とにかくさ、弓だよ弓。教えてよ」

「しょーがねーな、練習で型はちゃんとできたんだろ? とりあえずそれだけ見せて見ろよ」

「うん!」


 ハインツに呼ばれた時から、何かあったのか、と思いつつもちゃんと用意はしてきている。ハインツから借りた練習弓を大きなリュックに入れてちゃんと持ってきている。

 普段は大荷物でもないので、それはハインツもわかっていたのだろう。エリーゼはいそいそと弓を取り出す。

 通路部分に人が来ないのを確認してから、ぐっと弓を引いて見せる。


「……」

「どう? もうすぐに射れるでしょ?」

「あ、ああ。そうだな。じゃあ、射ちに行くか?」

「そうこなくっちゃ! さすがハインツ! 最高!」

「お、おう」


 何故か急にぼんやりしだしたハインツだが、実際に練習場まで行けば気持ちも切り替わるだろうから無視をする。何を思い出したかわからないが、さっきあれだけ相談はないとはっきり言ったのだ。もう心配するのはいいだろう。


「じゃあ早速行くよ! いつまで飲んでるのさ!」

「うるせーなぁ。わかってるよ。ったく」


 急かすとハインツもはっと口の端をあげて笑って立ち上がった。


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