第34話 ゆかぽんの推理
コロッケを食べ終わり、違和感に気づいた私はすぐさまそう聞くが、
「その前に言う事は?」
……目が恐いよ。
「ご、ごちそうさまでした……」
お粗末様でした、と言い、
枢さんは私が頼んだリストを出してくれた。
受け取り、私は目を凝らす……あ、やっぱりある。
八百屋のおばちゃん、出会ってすぐにフィーリングが合ったのだ。
なぜかと言うと、おばちゃんの年齢には珍しく、キラキラネームだったから。
私レベルではないにせよ、リストの中ではやけに目立つ名前で。
名前だけ見たらどんなアイドルだよ、と期待してしまう力を持っていた。
アイドルとは言っても、ネタ枠ではあるけど。
だから印象に残っていたし、このリストを見た時も、まず驚いたのだ。
行方不明になっていた――のだろう。
私は疑っているわけじゃないけど、確認する。
このリストは正確なのか、枢さんは即答で正確です、と言う。
やっぱり、そうだよね……、
行方不明者のリストに書かれてあるのなら、八百屋のおばちゃんは、間違いなく行方不明になっているはず。
じゃあ、なんで。
まさに今、目の前の八百屋でいつも通りに働いているのかな?
「いつの間にか戻ってきた、とは言わないわよね……」
「可能性がない、とは言い切りませんけど、攫われたのなら帰ってきた時にちょっとした騒ぎになりますね。ただ、攫われた、という点がまず間違っていれば、ただの外出から帰ってきたって事になりますけど」
それはないでしょう、と枢さんが断言。
「私が調べた当時は、家族も事情を知りませんでした。ただの外出なら事情は知っているでしょうし、家出なら家出で、書き置きくらいはあるでしょう。予測できる所は、探しもしましたでしょうし。それでも見つからず、攫われた場所に持ち物が数点、落ちていた事から、大量殺人犯に、なにかしらされた、とリスト入りしたわけです」
行方不明者の可能性はかなり高いです――。
しかし枢さん、じゃあ目の前にいるのは、一体……。
「偽物、でしょう」
「成り代わっている、とでも? でも、なんのために?」
「なんのためにではなく、このために、とすれば?」
? と首を傾げると、枢さんが、
「成り代わるために攫っていたとしたら――どうですか?」
どうですか、と言われても、しかし私には分からない。
成り代わって、どうするのか。
目的がはっきりしても、動機が分からない。
こんなの、予測はできても特定のしようがないよ。
「じゃあ聞いてみますか、直接、本人に」
「ええ!? でも、もしも本当に犯人なら――」
あれは牛の骨で、死神で、とっても危ないと思うんだけど!
「成り代わっているのだとしたら、騒ぎを嫌いますよ。溶け込む必要がありますしね。
いきなり襲ってくる事はないでしょう……多分、ですが」
「じゃ、じゃあやめましょうよ! あいつからも言われてるんですってば!
枢さんに怪我をさせちゃいけないって――」
「じゃあ、守ってください。
振り回すのではなく、ちょっとは振り回されるのも、いい経験ですよ」
と、そんな事を言って、枢さんは八百屋へと足を踏み入れた。
……ああっ、もう!
見た目に反して意外にも熱く、アグレッシブな人だ。
元々手に負えなかったけど、違う角度からさらに手に負えない!
「これは驚きました……!」
枢さんは八百屋に足を踏み入れ、八百屋のおばちゃんを見て、まずそう言った。
一目見て、偽物か本物か分かったのだろうか……。
話をするまでもなく、どうやって……。
言われた本人のおばちゃんも、きょとんとしたまま。
いらっしゃいませ、すら忘れてしまっていた。
まあ、本物ならどんな場合でも必ず言う。
きっちりとした性格だから、私も偽物だとは思うけど……、
しかし言われたからそう見えてしまっている可能性もある。
その方が高い。
「いや、驚いたのは偽物だからではなくてですね」
枢さんは私に視線を向けずに言う。
ほんとに気配だけで……、
でも心は読めないでしょう、普通は。
だが、分かったからこそ枢さんは言い当てたわけだ。
八百屋のおばちゃんは偽物か、本物か。
その結果に驚いたわけではなく――じゃあ、なにに?
「ええっと……信じがたいですが。
まさかこの町に、魔獣がいるとは思いませんでしたよ」
「……魔獣?」
あり得ない、と口から出そうになったけど、まずは考えてみよう。
魔獣は世界各地に存在しているけど、絶対に町を襲う事はない。
襲う、襲わない問わず、近づく事さえもできないのだ。
そういう加護が効いている。
七大国、それぞれが崇める神獣からの贈り物のおかげで。
その加護は七大国の管轄である町にも及ぶため、この町も例外ではない。
枠の内に収まっている。
だから魔獣が町の中に、しかも八百屋の中にいるなんてあり得ないんだけど……、
枢さんが間違っているとも思えない。
当てずっぽうってわけじゃなくて、しっかりと目で見て得た確信って感じ。
私には分からない。
偽物って事はなんとなく分かるけど、魔獣とまでは。
正体を見破れない。
見た目は変わらずおばちゃんのままなのだし。
「魔獣って、なんで分かるんですか」
「匂いです」
と、枢さんはさも当然のように言うけど、いや、匂いで分かるか。
しかもここは食材ばかりでただでさえ混ざり合っているというのに。
どんな嗅覚だ。
気配という第六感が発達しているのなら、下位互換の五感も研ぎ澄まされているってわけ?
一番、常識人っぽくまともそうなのに。
段々と、化物じみた秘密が明かされていくんだけど……。
「ば、バレた!?」
汗をダラダラと流しながら、後じさるおばちゃん。
がんっ、と棚に足をぶつけて、上の野菜がごろごろと転がり出す。
うげえ!? と慌てて地団駄を踏むように慌てるおばちゃんは、振り回した手が店の柱に当たって、今度は屈んで悶え始める。
……てんやわんやだ。
踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂。
「ねえ、あんた――」
おばちゃんの姿形でそんな間抜けな事をされると、本人の品格が下がるので、そろそろやめさせないと。
なんだか、ギッタギタにするとか息巻いていたけど、いざこうして相対してみると、あっという間に萎えた。
怒りが収まった感じ。
相手にするのもしんどいのだ。
なんだろう、悪ガキと遊んでるような感覚――に近いのかな。
そう、あれだ、あのアホ面の子供。
――って、いま思い出したけど、姉御さんの息子があのアホ面の子供とは思わなかった……。
だから気が合うとか言っていたのか、姉御さんは。
確かに気は合うけど……。
あいつと遊ぶ、私の体力が持たないよ……。
そしてそんなアホ面と同じ雰囲気を、目の前のおばちゃん……に化ける、魔獣から感じる。
嫌だあ、夜遅くまで暴れるとか、もうしたくないんだよね……。
取っ組み合いで汗だく。
二回もお風呂に入る事になったし、しかもお風呂場にまであいつはついてくるし。
そのまま第二ラウンドが始まって、結構、マジなトーンで姉御さんに怒られて――、
まあ、でもあれで仲がさらに深まったと言えばそうだった。
結構仲良し。
あいつは将来、私をお嫁さんにするとか言っているけど、願い下げだ。
今のままじゃ、到底釣り合わないね。
とか、そんな思い出をなぜか今、思い出した。
……死ぬわけじゃないよね?
走馬燈じゃ、ないんだよね?
「バレちまったなら、仕方ねえな!」
おばちゃんの体が、どろぉ、と崩れる。
液体……いや、完全な液体じゃない。
ぷるぷるとした、不透明なオレンジ色。
みかんゼリーを連想させる。
美味しそうでは……ないな。
おばちゃんの原型を跡形もなく失くしたそれは、丸っこく、球体になった。
そしてちょこんと、指のない丸手。
角のような尻尾。
そして本物の角は渦巻かれて、丸っこい。
角っぽくないけど、位置的には角なのだろう。
全体的な大きさは私の顔よりちょっと大きいくらい。
クッションとして抱けばかなり気持ち良さそうだ。
えっと……魔獣、にしては、可愛らしいマスコット系だね……。
最初は、どろぉ、と溶けたところからスライムかな、と思ったけど、
目の前のみかんゼリーは羽もないのに飛んでるし。
私の知るスライムとはちょっと違う。
なんだろう……弱そうではあるんだけど。
だけど、油断はできない。
「ハイスライムですね」
「はい?」
「スライムです」
私の言葉を利用された。
そんなつもりで返答したんじゃないです。
「ハイスライム……、スライムの上位魔獣ですよ」
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