第12話 死神宣言
その後、メインストリートで私は再会した。
バニーさんだ。
バニーさんが、道の真ん中で仁王立ち。
くっきりと、背景の前に浮き出ているように、その存在感は圧倒的だった。
私は足を止める。
飛びつこうとしたけど、自然と遠慮した。
剣呑。
――そんな熟語が思い浮かんだのだ。
「久しぶり? でもないか。
昨日いきなり消えるもんだからびっくりしちゃったよ、バニーさん」
「それはごめんねゆかちー。でも、いつも通りじゃない?」
うん、言われてみればそうだ。
いつもいつもいきなり現れていきなり消える。
挨拶もなしに。
だから昨日の出来事だって、変わらない日常なのだ。
しかし日常と言うのなら、今のバニーさんの姿の現し方は、いつもと違う。
不思議と顔つきも違うのだ。
バニーさんの中で、なにかが変わっている――。
「……バニーさんでいいんだよね?」
「別人に見えるの? ゆかちーには」
そこまでじゃない。
でも、やっぱり違うと言い切れるくらいには。
理由は言えないけども。
これでもバニーさんとは旅をし始めてから、数か月の付き合いになる。
常に一緒にいるわけじゃないけど共に過ごした時間は長い。
おかしなところがあればすぐに分かるのだ。
そして私は感じている。
違いを。
バニーさんであって、バニーさんじゃないってことを。
「結局、これまで聞いてくれなかったけど、ゆかちーは私ちゃんの事を、まったく詮索しなかったよね」
面倒事が減ったけど、ちょっとはショックだったんだよ、とバニーさんが珍しく本音を喋る。
いや、本音かは分からない。
でも、本音っぽく感じた。
バニーさんは苦笑する。
「初めて会った時――いや、厳密には違うかな。でも説明がややこしくなるからとりあえずは――とにかくその時、ゆかちーは快く私ちゃんを迎えてくれた。
後をついて行く事を許してくれた。タイミングが良いから聞くけど、なんで?」
「なんでって……」
私、たぶんその時に言ったと思うんだけど、バニーさんが忘れてるのか。
しょうがない。
だって、バニーさんと私が初めて会った時って、私が旅に出てすぐの時だった。
お騒がせ大国の『祭りの国』から出発して、その国が統治する町で奇術のショーをしなければいけない、まさに一人きりのショーのデビュー前夜だった。
団長から出された課題を前にして、正直、私は怖かった。
ショー自体はいいんだけども、やっぱり一人旅は不安だった。
いつも隣にいるメンバーがいない。
先輩も、同期も、仲間も。
どこを向いても知らない人で、知らない場所。
そんな所に私はぽつんといるのだ。
広い世界で一人ぼっちだった。
私ってば、まだか弱い女の子なんだよ?
不安で逃げ出したくもなるでしょ!
誰も責められないはずだよ。
そんな時に、バニーさんは現れた。
現れて、くれたのだ。
「――心細かった私に、バニーさんは声をかけてくれて、しかも旅に着いてきてくれると言った……私が、せっかくできた友達をその場で突き放すと思うの?」
「なるほどねえ。確かにあの時のゆかちーは、イエスマンだった気がする」
……不吉な笑みを見せるバニーさん。
あの頃の私、ちょっと危なかったよー!
心細かった私を救ってくれたのがバニーさんとは言え、知らない女の人なんだから、ちょっとは警戒してないと!
たった数か月前だけど、私ってば、幼かったんだなあ。
平気で、すぐに人を信じちゃうくらい純粋だったんだなあ。
「それが今となっては……はあ」
「バニーさん、その溜息はなに? 誰がゲスになったって?」
「言ってないのにその発想が出るって事は自覚してるのね」
……誘導尋問みたいな事をされた。
ああいや、全部、私のミスだけども。
ちょっと話が逸れたけど、バニーさんからの質問には、まあそんな感じで返す。
バニーさんの素性を聞かなかったのは、別に必要なかったから、かな。
相手の情報が欲しい時って、判断するためでしょ?
善人なのか悪人なのか。
他には、会話に詰まってとにかく間を持たせるための口実と言うか。
その人が分からないから、知りたいわけで。
その手段として『聞く』のだ。
当時、私には必要なかった。
バニーさんは、良い人だった。
私を助けてくれたから――だけじゃなくて。
会話の中に潜む人間性が、私に安心を与えてくれた。
それに、聞かなくともべらべらと喋ってくれたのはバニーさんの方だし。
まあ、私の方も自然とべらべら喋ってしまっているけども。
いま考えたら、バニーさんが本当の事を言っているかなんて分からないけど。
全部が嘘かもしれない。
「ゆかちーに信用されるため、とかね」
「そうなの?」
「ううん、あれは素」
バニーさんらしいなあ。
完全に素だったもん。
あれが演技だとしたら、とぐろを巻く。
「舌の話?」
「うん」
そっか、巻くのは舌だけだ。
「ふーん、うん。スッキリした」
バニーさんが笑った。
それが私へ向けた、最後の好意的な感情だった。
すっ――と、瞳が冷たくなる。
私の視界が狭まったような錯覚。
もちろん、実際に、私とバニーさんは、ただメインストリートの真ん中で向かい合っているだけである。
周りから見たらおかしな二人だろう。
ストリートファイトでも始まるのかと噂されても仕方ない。
しないけど。
私の細腕じゃあ喧嘩なんてできない。
暴力は、私の主義に反する。
敵と定めたら徹底的に、精神を壊す。
女ってのは、ちくちくねちねち攻撃するのが得意なんだから。
「私ちゃんとは正反対だ」
「いや、バニーさんもこっち側でしょ」
なによりもねちねちしてくるタイプだと思ったんだけど……。
「人間のレベルに合わせれば、そのやり方が好きだけどね。
けど、私ちゃんら『らしく』戦うなら、結構アグレッシブになるのよね」
バニーさんは人差し指を立てた。
「これ、私ちゃん達の『ルール』ね――煩わしいけど、やらなくちゃ本願は叶わない」
宣言します――と、バニーさんが声を張る。
これから連ねられる理解不能なセリフのまず一声、彼女はさらりと言いのけた。
「私ちゃんは――『死神』です」
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