第11話 再会する二人組

「ゆかぽん!」

「ゆかぽんちゃん!」

「ぽんねえちゃん!」

「ぽんぽん!」

「ゆかぽー!」

「ぽっぽー!」

「ゆかゆか!」

「ちゃんぽん!」


「「「「「次のマジックはー!?」」」」」


「…………うん、次はねー」


 私、笑顔、作れてるかな。

 作れても引きつってるよね、きっと。


 メインストリートから続く広場、噴水近くの公園。


 奇術師の衣装を着た私の周りには、子供達がたくさん集まっている。

 それ以外はいない。

 本当に子供しか群がってこない。

 そして集まったみんな、なぜか私の本名を知っている。


 あのアホ面バカ……マジで広めやがったな。


 しかもさすが子供、良いおもちゃを見つけたのか、誰が一番、個性的なあだ名をつけられるか競争している。

 私にとっては不幸中の幸いかな。

 本名で呼ばれなければそれでいいし。


 ただ気になるんだけど、なんで『ぽん』が強めなのかな。

 普通は『ゆか』じゃないの? 

 バニーさんだって本名を知っててもゆかちーって呼ぶのに。


 まあ子供からしたら、ぽんに食いつきたくもなるのかな。

 言った後の音が楽しい感じがするもんね。


 そして、いつの間にか私のあだ名はぽんおねえちゃんに。

 いいけどさ……。


「ゆかぽん、早くやれよー」

「なんでお前だけは本名で呼ぶんだ……」


 元凶発見! 

 アホ面のバカが現れた! 


 彼は鼻をほじりながら私を急かす。

 それにしてもほんとにバカみたいだな……、汚いからやめなさい。


 うっせえババア、とか言いながらもきちんとやめてくれるところは、意外と素直。

 しかし、だからと言ってババアと呼んだ事がチャラになるわけじゃないから覚えておけよクソガキ。


 って、このアホ面ばかりに気を取られても、他の子に目をかけられなくなっちゃう。

 個人的には、隅っこに集まってる女の子グループに混ざりたいんだけども、男子グループが私を逃がさない。

 もー、これだから男子は。

 美少女に目がないんだから。


 逆に女の子は私に興味がなさ過ぎない……? 

 身内だけで遊び始めちゃったよ。

 完全に私のマジックなんてBGM代わりだよね。

 とは言え、いてくれるだけありがたいんだけども。


「さてさて、次はどんなマジックなんでしょーか!」


 言葉で盛り上げて、練習中のトランプマジックを披露する。

 男の子が指定したトランプを私が当てるっていうマジックなんだけども、当てた事よりもトランプが空中に舞い上がったところにみんな興味津々だった。

 見て欲しいのはそこじゃないんだけども……ま、いっか。


 喜んでくれるのならばそれに越した事はない。

 それに勉強になった。

 子供はやっぱり映像的に映えた方がいいのか……。

 そりゃそうか、分かりやすいのが一番だ。


 意味が分かると怖い話より、お化けが出た方が怖がるみたいな事か。

 私くらいになると、怖い話ってのは、話の肝に通じる、背景が分かってしまった時が一番怖いと思うようになる。


 ま、つまり意味が分かると怖い話ってわけだけども。

 ともかく、子供達が段々と飽き始めてきたのでそろそろ店じまい。

 やろうと思えば永遠にできるけど、お客さんが優先。

 しかしこの子ら、立ち去らないところを見ると、案外暇なのかもしれない。


「はいはい、今日はもうお終いね。明日も同じ時間でやるからまた来てね」

「ぽんねえちゃん、明日はあのマジックやって!」

「あのマジック?」


「「「服が消える」」」

「できねえよエロガキ」


 つまり脱げって事じゃん。

 公衆の面前でそんな事するか。

 いや、どこだろうともしないけど! 


 目を輝かせながら言うことじゃないよ……、

 無邪気に見えて本能が丸出しじゃないか。


 欲望に忠実過ぎる。

 しかしそこの三人、私は嫌いじゃないけどね。


「脱ぐくらい、いいじゃないかー」


「どさくさに紛れてなにしてんのよあんたは」


 棒読みで、しかもこっちを見ずに言われた声は子供達よりも低い。

 紛れていないけど、子供達の影に隠れるように、鹿撃ち帽の少年が座り込んでこちらを見ている。


 長コート、ちらりと見える銀髪。

 にたにたと、ムカつくバカにしたような笑み。


「……なにか用?」

「その衣装、あんたが思っているよりもじゅうぶんエロいからね」


 ……そう言われると、若干この格好でいるのが恥ずかしくなってきた。

 集まっていた子供達を解散させて、私は早着替え。

 見られないような対策をしているので、遠慮なくこの場で着替えができた。


「…………ふーん、スタイルいいね。肌が異様に白いのは、雪国出身?」

「…………」


 見られてるし……。

 しかも出身地まで当てられた。

 頷くのも癪なので、以前のように「さあ?」と答えておく。


「どこでもいいけど」


「で、なんの用? 

 たまたま近くを歩いて見つけたから寄って来た――ってわけじゃないんでしょ」


「いや、そんな感じだけども」


 …………うわっ、恥ずかしい! 

 訳ありな感じっぽかったからシリアスな雰囲気を出したのに、まったく見当はずれだった。

 見かけたから寄ってみたって、普通にあるよね!


「ん? 顔を真っ赤にして、どうした?」

「うるっさいわね、なんだっていいでしょ!」


 理不尽だろ、と少年はぼそっと呟く。

 うん、これはそうだよね。

 本人である私も納得。


 仕方ないよ、この感情をぶつけられるの、あんたしかいないし。


「子供専門の奇術師なわけ?」

「違うわよ……老若男女、例外なく披露してますから」

「その割には売り上げは芳しくないようだね。今日は子供だけ? だから空っぽなのか」

「空っぽじゃないよ、これから入るもん」


 へえ、と少年は感心したように。


「私の裸を見たから金を入れろ」


 叫んでもいいんだからね? と視線で訴える。

 瞳がぶつかり合い、少年がうんざりしたように呆れた。


「……脅迫とは、やり方が汚いなあ」

「お金ってのは汚いものなの」

「だからこそできるだけ綺麗にするものなんじゃないわけ?」


 言いながらも渋々お金を入れる少年――、

 なんだよもう、可愛いところがあるじゃないか。


「ふふっ、ぎゅーって抱きしめてあげよっか?」

「しない方がいい。いやこれはマジで。お前のために言うんだからな? これは振りじゃねえぞ? してもいいが、したらお前、服が赤く染まるからな?」


 内側から――と、戦慄するセリフが出た。


「そ、そんな冗談が私に効くと――」

「あら、冗談だと思いますか? ミス・クエスチョン」


 ちくり、背中に違和感。

 うん? なんだろう、刃物の先っぽが、触れているような――、


「しゃ、洒落になんねえ……っ」

「冗談です」


 まったく冗談には聞こえなかったし、見えなかったが……。

 そんなジョークをかます金髪のお姉さんが、私の後ろから姿を現した。


 少年の付き人……そしてショタコンである。

 でありながら優秀なウーマン。

 この二人、どういう関係なんだろう……?


 見た目、親子……はさすがに無理か。

 姉弟の可能性がずっと高い。

 髪の色が違い過ぎるけども……義理って線もある。

 そうなるとショタコンの姉を持つ弟が本気で心配になるけど。


「どうでもいっか」

「ん? なにが?」


 なんでもないよ、と返す。

 うん、この二人が誰でなにがどうなって、とか、別にどうでもいいし。

 知りたくもないし、興味がないし。


 町で会ったらちょっと話す程度の関係性なら、踏み込む必要はない。

 ここで別れて、次、もう二度と会わないかもしれないんだから。


 金づるとしてはいい獲物ではあるんだけどなあ。

 メリットとデメリットが見合わないから、いっか。


 挨拶もろくにせず、立ち去ろうとした私を引き留める。

 意外にも、お姉さんの方だった。


「この町に大量殺人犯がいる事、お忘れではないでしょうね」


「忘れてないですけど……ほんとにいるの? 

 そんな感じがしないくらい、町はほのぼのしてるけど」


「そういう風に情報を操っていますからね。混乱になっても困りますし」

「あんた達、政府機構の役人?」

「いえ、ただの迷探偵です」


 その職業、絶滅してなかったんだ。

 てか、真面目に名乗る人いたんだ……。


「その名探偵さんが、事件の犯人を追ってるわけなのね」

「名探偵じゃなくて、迷探偵だ!」


 少年が声を張って訂正してくる。

 やめてよ目立っちゃうじゃん。

 私も仲間だと思われちゃうでしょうが。

 厄介事はごめんなの!


「……その迷探偵さんは、犯人を追ってるわけだ。それで? 情報が欲しいの?」


 生憎となにも知らない。

 関わる気もないし。

 もし知ってても、タダでは教えないよ。


「情報はいりません。特にないでしょう?」


 ……ないけど。

 ないけど、そんな突き放すような言い方はしゃくさわる! 

 うっざー! お前らよりも早く犯人を捕まえてやろうか!?


 面子を跡形もなく潰せば、ちょっとは堪えるでしょうよ。


「興味がなければ結構。なにもしないでください。

 一般人であるあなたが、危険な事をしなくていいんですよ」


「そういうことだ。忘れてたなら、忠告するつもりだった。でも、忘れずにいながら興味がないのなら、心配はなさそうだ。怪しい奴がいたら、まず逃げろ。近くの家に飛び込め。

 そうすりゃ、この町の住民は助けてくれるさ」


「……ん、じゃあ、まあ、気を付けておく」


 よろしくな、と少年は言い、お姉さんは目を瞑るだけでそれを会釈とした。


 二人は背を向け立ち去る。

 …………なんだろう、この敗北感。


 自分が生意気なガキだと痛感させられた感じ。

 実際、そうなんだろう。

 ガキなんだ、私なんて。


「あいつ、ガキの癖に……!」


 鹿撃ち帽の少年。

 彼の雰囲気は、お姉さんのそれよりも、もっと上に見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る