第10話 ゆかぽんのスタイル

 寝返りを打ったらおでこに激痛が走る。

 強制的に起こされた私の目の前にはレンチがあった。


 ……寝起きだから状況が把握できない。

 でも多分、壁に刺さった釘に引っ掛けられていたのが落ちてきたのだろう。

 危ないなあ……、当たり所が悪ければ死んでたよ……。


 眠いから、まあ別に気にしてないけど。


 数秒の沈黙後、おでこを擦りながら起床。

 大あくびをしてこねぎちゃんを起こそうとしたら、隣がすっかすか。

 そりゃそうだよね。


 狭い空間、こねぎちゃんが隣にいたら、寝返りなんて打てないし。

 つまり、間接的にこねぎちゃんが悪いわけだ! 

 こりゃあとでお説教かな!


「これでお説教はないにしても、勝手に出て行くなんて……起こしてくれればいいのに」


 書き置き一つ……、一枚と言うべきか。

 枕元に置かれていたメモには『先に仕事に行ってます』というメッセージ。


 ハートマークはなし。

 ハートどころかマークなし。


 無機質な感じ。

 こねぎちゃんらしいと言えば、そうだけど。


「整備場……って、確か駅のよりも北の方だったよね――」


 町の地図を思い浮かべれば、左上方。

 ちなみにこねぎちゃんの家は左下方。

 整備場とこねぎちゃんの家の間に駅がある。

 真っ直ぐ北上すればいいだけだし、行くのは簡単。


 簡単だけども、私ってば暇人じゃないんだよね……。


 寝坊をしたと思ったけども、時間はいつも通り。

 少し早いくらいだった。


 こねぎちゃんが既に出発しているから、私が遅いみたいな雰囲気になっているけど……、

 そんな事はない。

 むしろ褒められるべき早起きだ。


 こねぎちゃんの部屋を出て、キッチンへ。

 こねぎちゃんの事だから、なにか用意してくれているだろう、と甘えて。

 期待に胸を膨らませる。

 女子力が低いと言っても生活力は高いわけだから、料理くらいはできるんじゃないかな。


 そこはかとなく良い匂いもするし。

 これは期待大だ。


 キッチンへ辿り着いたらエプロン姿の男の人がいた。

 エプロンはピンク色。

 サイズもかなり小さめで、ぱつんぱつん。


 着ている人が筋肉質だから、尚更、犯罪性が見えてきちゃう。

 やばい、変態に見えたけどこれ、こねぎちゃんのお父さんだ……。


 ……目が合った。

 いや、別にどっちも悪い事をしているわけじゃないんだけども……気まずい。

 友達の家に遊びに行って、その友達不在での親との対面って、かなり緊張するんだよ。


 しかも長年の友人ならまだしも、出会って一日。

 今日が二日目。

 父親と積もる話なんてないわけだが……。


「…………」

「あ、おはようございます」


 一瞬、呆気に取られてしまったけども、挨拶はきちんと。

 私ってば良い子ちゃんだから礼儀は正しく。

 まあ、その礼儀作法が合っているかどうかなど知らないが。


 うむ、と頷いた、ような気がしたけど、どうだろう。

 どうなんだろう? 

 お父さんはいま起きてる? 

 立ちながら寝てたりするんじゃないだろうか。

 それくらい、反応がない。


 なんとなく、テーブルとセットになっている椅子に座った。

 正直、お父さんの目力だよね。

 座れって、言外に言っているんだもの。


 差し出された男料理(味付けされたご飯に焼いた肉と炒めた野菜が突っ込まれていた)の量が、乙女に出す量ではない。

 これを食べ切れるとでも思っているのだろうか……? 

 もしかして、こねぎちゃんはこれくらい、ぺろりと食べちゃう的な……? 

 だからこそお父さんも、娘を参考にして、この量にしたのかも。


「ど、どうも……いただきます」


 用意されてあったスプーンを使い、一口食べる。

 まあ、美味しいよ、普通に。

 肉は焼けば、野菜は炒めれば、お米も味がついていれば、そりゃ美味しい。

 不味くなる方が難しい。


 男料理ってのは楽でいいね。

 私くらいになると周りの目を気にして色々と凝らないといけないから大変なの。

 料理ができないと、女であっても美少女ではないし。

 とにかく、まずは素材から厳選しないと。

 まあ、素材を集めるお金も体力もないんですけど!


 たまたま獲れた希少食材の時しか、凝る事はない。

 いつもはこんな感じでテキトーにぶっ混んでる。

 まあそれでも美味しいから、これでいいんじゃない? と思ってるけど。


 誰が見てるわけでもないし。

 料理なんて手間がかからないのが本当は一番いいんだよ?


 私が二口、三口、と食べていると、新たなスプーンが私の大皿のご飯をすくっていった。


 いや、お前も食べるのかよ……。

 なら、お皿を分けるとか。

 猿でもできそうな知恵を絞り出す事はできなかったのだろうか……。


 ああ、なるほど。

 食器棚がない事で気づいた。


 食器棚の利用方法を考えたら、ないのも頷ける。

 そもそもでお皿が数枚しかないのに、棚を用意する必要がないのだ。

 お皿はいまこれ一枚しかない。

 だから分ける事もできなかった。


 仕方ない。

 仕方ない、とは、思うけど……。

 友達の父親と同じ皿のご飯を食べるって、なにこれ、どういう状況? 

 いないはずのこねぎちゃんの視線が痛いんだけど……。


 というか、朝から油分が多すぎて、胸焼けしてきた……。

 そもそも私は朝食があまり得意ではない。

 寝起きでそんなに食えないよ……なので必然、スプーンも止まる事が多い。


 と、お父さんが心配してくれたのか、コップに水を入れてくれた。

 助かるよ、でも、水道水って。

 勝手なイメージだけど、水道管の内側を触れてる水道水って、なんか気持ち的に嫌なんだよね……。

 天然水が一番。

 売ってるやつじゃなくて、本物の。


 あれこそが『水』って感じがする。


 苦手ではあるけど、すっきりするために飲む。

 気分が、ちょっとは良くなった。

 ひと休みしている内にもお皿の中身は確実に減っていき、結局、お父さんが全て平らげた。

 さすが男、大男! 

 整備士となると必要な体力も違うのだろう。


 あれ? 

 こねぎちゃんが先に出て、でもお父さんは、まだいるの? 

 お父さんも整備士のはず。

 昨日、こねぎちゃんが言ってたし。

 じゃあ、なんでここにいるんだろう?


「…………」

「ああ、そうですよね私がいるんですもんね」


 お父さんは無言で私を指差した。

 ……怖いよ、無言ってところがさらに。


 私を置いてそりゃ仕事には行けないか。

 留守中になにをされるか分かったものじゃないし。

 つまり、私は信用されていないわけだ。


 まあ、正解だ。

 ここで私を一人にしていた方が、逆に危機管理能力を疑う。

 しかし、たとえば私が盗人だとしてだ。

 この家からなにを盗むのか、と考え込んでしまうだろうが。


 なにもねえ。

 物は多いけど全部整備関係の物だし。

 価値が分かるような――たとえば整備士にしか、ここは需要がないんじゃないだろうか。

 それってつまり、整備士からすれば宝の山という事なのでは? 

 私は整備士じゃないし、言い方は悪いけどただのゴミ屋敷にしか見えん。


 無価値にしか見えない。


「朝……飯」

「え? お父さん、いま喋って――」


 無口なんじゃなかったのか。

 いやまあ、無口だからって絶対に喋らないわけじゃないけども……。

 聞き取り辛いけど、ぼそぼそとした喋り方だけど、ちゃんと聞こえた。

 朝飯、と言った。


「私の、朝食を作ってくれて……?」


 お父さんは頷かない。

 反応がない。

 今度は喋らないのか……。


 操作性悪いなあ、このサブキャラ。

 心境は、そんな感じ。


 ふむふむ、読み解けば、私の朝食を作るために残ってくれた、とのこと。

 私を信用していない、ではなく。

 私の朝食を作るために。


 素直に作り置きしてくれればいいのに。

 お父さんも仕事、遅れちゃうでしょ?


「いや……私は、遅れてもいい。…………こねぎが、早いだけだ」


 なるほど。

 こねぎちゃんは、勉強熱心なわけだ。

 早起きして、早く出て、自習でもしているんだろう。


 真面目ー。

 私にはない真面目さだ。

 私は夢を追っても、楽しくがモットーだから、嫌な事はしないのだ。

 朝は弱いので、早起きとか絶対にしない。


 だって意識が覚醒しないと逆に非効率になるじゃん。

 こねぎちゃんにとっては、朝練はやりたい事なんだろうなあ、と思う。

 じゃないとやってらんないよね、まったく!


「今夜は、遅く、なる……夜中の、二十二時――これ、合鍵」

「あ、えと……はい」


 渡された合鍵を、受け取る。

 ――え? 合鍵? なんで!?


 お父さんは、そして私の頭を撫でる。

 なにもできなかった。

 されるがままに、私は愛撫され続ける。


 どゆこと!? 

 どういう状況!? 

 なにが起こってるの!? 


 パニックだよ、混乱だよ、騒乱だよ!

 超戦争だよ!


 と、取り乱す私の瞳が、お父さんの瞳と出会う。

 そして見つめ合う。


「こねぎを――よろしく頼む」


 時が止まったような感覚がした。

 全ての音が消えたまさに静寂。


 力強い言葉だった。

 無口な父親が、一番、言いたかった事なのだろう。


 合鍵は、今日も泊まってくれ、という事だ。

 こねぎちゃんを想って、私に渡したのだろう。

 なんて親バカ。

 なんてバカ親。


 まったく、人の都合も知らないで。

 勝手な事ばっかり。


 私にも夢があるんだぞ、と言ってやれば良かったか。

 言うべき事は、別にある。


「今日もお世話になる気はありません。私の生活は私が決めます」


 ニッコリ笑顔の営業スマイル。

 人に頼らず自分の力で。

 できる範囲で。

 できるはずなのに、しないで甘える事はしない。


 私の旅は、武者修行なのだから。

 ――でもまあ。


 私はポケットに詰め込む。


 合鍵くらいは、貰っておこうか。

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