第9話 ゆかぽんとこねぎ

 商店街から西へ向かう(地図上で見たらの話)。

 私視点からすれば東方向へ曲がって、踏切を越える。


 住宅街から離れた所にも家はあるんだねえ。

 メインストリートからはかなり離れている。

 ただ、駅はかなり近い。

 つまり、整備場へも近いわけで。


 この場所に家があるのは仕事上の都合なのかも。

 というか、思ったよりもこの町、小さいな。

 地図で見たらこんなものかと思ってしまった。


 ああでも、住宅街やメインストリート、商店街、一つ一つのエリアはじゅうぶん広い。

 縮尺の問題であって、いざ歩いてみると普通に疲れる。

 で、半分も踏破できていない。


 今日一日じゃ、全部を周り切る事は不可能だった。

 しばらく滞在するし、こねぎちゃんもいるし、色々と案内してもらおう。


 こねぎちゃんの家は作業場の隣にあった。

 作業場に、家がくっついている感じで、家の方が狭い。

 お父さんと二人暮らしらしい。

 お母さんは……さすがに私でも空気を読んで聞かなかった。

 生活用品がないところを見ると、お母さんは、もう――。


「まずは、お風呂入ろう」


 先に入っていいよ、と言われたけど、私は断った。

 入らないわけじゃないよ? 

 というかまず、一番最初に入るよ? 

 私が断ったのは『一人』のところだ。


「こねぎちゃんも一緒に入るの」

「え? でもドラム缶だよ?」

「ドラム缶!?」


 ……いや、しかし、雰囲気は見事にマッチしてるか……整備場らしい。

 作業員らしい。


 ドラム缶は一つしかないけど、大きいので、人が二人入っても、まあ、なんとか、少し詰めれば……、体勢を上手い事、パズルゲームみたいにはめ込めれば、うん! なんとかなるね!


「なんとかならないから」


 絶対に無理、とこねぎちゃんは否定する。

 否定でいいんだよね? 

 拒否じゃないよね?


「お風呂場はちゃんと室内だから安心して」

「小屋みたいなところで防犯性は薄いけどね」


 人の家だからあんまり文句とか言いたくないけど、この小屋は……、

 狼の鼻息で吹き飛ばされそうなんだけど……。


「大丈夫だよ、覗く人なんていないよ。わたしとお父さんしか住んでいないんだし」

「こねぎちゃんがいるから絶対に覗きはいると思う」


 いると思う、けど、安心すべし、この家にはボディーガードがいる。


 こねぎちゃんのお父さん――。

 こねぎちゃん以上に無口で、というか喋った事あるの? と思うくらいに口を引き結んで、私が家でお世話になると言っても、口を動かさなかった人だ。

 目で挨拶してくれた。

 私も目で挨拶を返し……、まあ、意思疎通なんてできていないが。


 無口でも、こねぎちゃんへの世話焼きは、人親以上。

 愛情はかなりあると見た。


 親バカでなくともこねぎちゃんは可愛いし、気持ちは分かる。

 そんなお父さんが防犯性の薄い小屋でお風呂に入らせる? 

 いやいや、入らせないね! 

 つまり、覗きに対する防御はかなり固めてあると私は見ている。


 今頃、お父さんは小屋の外で不審者でも警戒しているんじゃないだろうか。

 ドライバーを持ち、構えて。

 ……やばい、その武器は頼りない。

 もっとマシなのを使うとは思うけど。


「こねぎちゃんの家って貧乏?」

「……裕福ではないけど。でも、二人で暮らしていくためのお金には困ってないし、だから貧乏だけども困ってない、かな」


「私が一人でお風呂に入ったら、水をたくさん使うよ、お湯も、かなり熱くするよ。非効率的になるよ? 貧乏な家にはかなり痛手になるような事を、してやるよ!」

「ゆかちゃんが気を付ければいいんじゃ……、あと、最後はもう脅迫だよね」


 はあ、とこねぎちゃんは溜息を吐く。

 可愛い顔がむすっとして、さらに可愛い。

 頬を赤らめて、恥ずかしがりながら、


「じゃ、じゃあ……一緒に入る?」


 満面の笑みで私は叫ぶ。


「喜んで!」



「こねぎちゃん、スレンダーだね」

「胸がないと言っていいよ。気にしないから」


 強がりじゃなさそうだ。

 確かに整備士として作業する時、胸は邪魔になる。

 それに男の職場、男の世界。

 胸なんてあったら、こねぎちゃんはさらに認められにくくなる。


 もいででも失くしたい胸なのだろう、切実に。


「そこまでじゃないけど……胸をもぐって、果実を摘み取るのとはわけが違うよ?」

「新人は摘み取られるのさ……」

「嫌な事を言わないで」


 または、出る杭は打たれる、と言う。

 出なくとも打たれるんだけども。

 それ、ただの地面を叩いているだけなんじゃ……、

 つまりストレス発散なんですね、分かります。


 というか、上の人って下ばっか見るけど、お前らも上の人からしたら下だからな。


 上には上がいる。

 下には下がいる。

 私の下にも人はいて、上には逆らえないストレスを発散させるには、残された選択肢は下しかなくて……、あ、私ってば気づいちゃった。

 こういうシステムで新人潰しが起こるわけか。


 先輩も選択肢がなかったわけね……同情はしないが。

 やってる事は変わらず最低だし。


「それにしてもさあ――」


 私とこねぎちゃんはドラム缶風呂から上がり、こねぎちゃんの部屋の布団の上にいた。

 ここは家だからまだまともな方だけど、やっぱり埃っぽい。

 鉄臭い、油臭い。

 こねぎちゃん、部屋でも機械いじりをしているらしい。


 どんだけ好きなの? 

 私もステッキとか、意味もなく部屋でいじっちゃうけどさ!


 作業場でやるような事をやっているせいか、だから部屋が汚い。

 女の子の部屋とは思えなかった。

 なのに――なのにだよ! 

 部屋の住人であるこねぎちゃんは、私が髪を梳かしたおかげで、綺麗なショートボブになっていた。


 風呂上りのおかげなのか、目がぱっちり開いている気がする。

 なんで整備士なんて目指してるの……? 

 アイドルなら即、天下を取れるのに。


「入手困難なものにこそ、熱がこもるんだと思う」


「なるほど、既に可愛いから、可愛いからこそ天下を取れるものには、興味がないと。

 ――ちくしょう! 正論じゃねえか」


「ち、ちがっ――わたしは自分が可愛いなんて思ってないよ!」

「冷静に鏡を見て。可愛いよ。ブスと言った奴は盲目だ」


 それは見えていないから判断できないのでは……? 

 こねぎちゃん――正論なんて聞きたくない!


「ゆかちゃん、わたしは可愛くないよ。いつもあの作業着だし、女性としての身だしなみもまともにしていない。いくら元が良くても、欠けてるものが多かったら、劣化するよ」


 そうだね、そうなんだけど、さり気なく元は良いって認めたな……。

 諦めたのだろうけど。


「わたしは整備士になりたい。

 そのためには、この可愛さは、圧倒的デメリットなの。

 そもそも、女ってこと自体が、もう……」


「でもさ、女だからダメっていうのは、なんか違うんじゃない? 

 と思うけど。実力があれば女も子供も関係ないじゃん」


「実力もないの……」

「…………」


 あー、うあー。

 ……励ませないよぅ……。


 沈黙が痛い。

 私が言葉に困るって、相当な事件だ。


 ど、どどど、どうしよう。

 とにかく、明るい話題にしよう!


「私のおっぱい触る?」

「ごめん、逸らす方向、間違ってる」


 うわっ、パニックだ。

 混乱だ、騒乱だ!

 戦争だ!


「でも……ちょっと、触ってみたいかも――」


 こねぎちゃんが、ぬぅっと、手を伸ばす。

 指先が私の膨らみに触れた瞬間――、


 びくぅ! と私の体が反応する。


「!? ご、ごめんね……そんな敏感だとは……胸の大きい人は、そういうものなの?」

「――え? あ、ええと、うんまあ――敏感だからね」


 び、びっくりした! 

 触れられた事にじゃなくて、触れられた後の、私自身の反応に。


 え? あんなにびくっとするものなの? 

 ちょっと触れただけで、かなりの快感が生じたんだけど……電流が背筋を流れるような――。


 癖になりそうだけど、やめとこう。

 なんか、後戻りできなさそうだ。



 雑談をしばらくしていたら、こねぎちゃんが眠くなったらしい。

 というか明日も仕事らしいので、もう寝たいと訴えた。

 引き留める事なんてできないので、私も従う。

 私だって、持ち前の奇術ショーをして稼がなければならない。


 こねぎちゃんとせっかく友達になれたから、もうしばらくは泊まりたかったけど、何日もお世話になるわけにもいかない。

 こねぎちゃんと、お父さんの二人きりの愛の巣なのだから。


 私がいたら邪魔だろう。

 なので明日こそは宿代を稼がなければ!

 掛け布団を被り、目を瞑る。


「……起きてる?」


 お泊り会、恒例のイベントを前に、


「………………」


 ――こねぎちゃんは既に寝ていた。

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