第8話 整備士見習い

 結局、バニーさんとは会えないまま夕方になってしまった。

 私はぽつんと一人でベンチに腰掛ける。

 荷物は少ないため、背負った肩が痛いなんて事はないけど、それでも全身の疲れがある。


 二回目のショーの売り上げも伸び悩んで。

 今日の宿を取る事もできなかった。

 夕飯はぎりぎり、食べられるくらいの蓄えはあるけど。


 ……ショック。

 でもまあ、今までこういう事がまったくなかったわけでもないから、内心ではそこまで焦ってはいない。


 焦る方がもっと疲れる。

 ベンチに横になり、近くの踏切を眺める。

 列車が近づいてきた。


 カンカンうるせー。

 おかげで眠ってしまう事はなさそうだ。

 美少女がベンチで一人眠ってるって、意識のない内になにされてもおかしくないからね?

 


「――はっ!」


 いけない、寝てた!


 日は落ちて、街灯に照らされた私は白く淡く光ってる。

 やばい……っ、荷物をまず確認して、なにも盗られていなかった事に安堵の息。

 しかし、しくじった。

 我が身を無防備に晒すなんて事は滅多にしないのに。


 それほど、昼間のあの一件が、私の中でかなりの消耗に繋がっていたわけか。

 滅多にないって事は、少しはあるって事だし、だから納得。

 昼間の牛骨は、ちょっとしたトラウマだ。

 見たくなかったのに思わず見てしまった恐怖画像、みたいな感じ。


 こればっかりは仕方ない。

 楽しい思い出で上書きできればいいんだけど……。


「あ、起きた」


 と、足音と共に近づいてくる人物がいた。

 汚れた作業着、つばのついた帽子を被った、少年のような……、

 だけどもかけられた声は、透き通るようだった。


 もの静かな雰囲気。

 腰につけたポーチにはドライバーやらレンチやら、ああ、列車の町らしいなと思える整備道具が詰め込まれている。


 だから彼は整備士なのだろう。

 ……と思ったけど。


「大丈夫? 体調が悪そうだったから、これ、濡らしたタオルを――」

「ね、ねえ! もっと近くで顔を見せて!」


 ふええっ? と動揺する彼、ではなく、

 彼女を押し倒し、私は帽子を手で弾いた。


 ――参った、どうしよう、これは私も、認めるしかない。


 これ以上ないってくらいの、美少女が目の前にいた。



「スカートははずせないよね……タイツは、しない方がいいか。作業着のおかげで日に当たらない真っ白な肌だし、見せた方がいいでしょ。化粧は……必要ない、か。元々の素材がいいから私が手を加えるところなんてまったくないな……」


「あの、隣で物騒な事を言わないで」


「どこが物騒なのよ。私はただ、そのみすぼらしい格好じゃもったいないくらいの可愛さを持っているんだから、そこを押していこうよって言ってるだけなのに」


「それがわたしにとっては物騒なんだってば」


 美少女、こねぎちゃん――、

 帽子を取った彼女の水色のショートヘアが、クールな彼女の性格を現していた。

 さっきから会話を続けているけど、こねぎちゃんは基本的に短い返事だ。

 最低限、必要な事を圧縮して喋る……無駄な体力を使わないようにしている、みたいな。


 いや、ただ単に無口なだけなのかもしれないけど。


 後、ちょくちょく鬱陶しそうな顔をしないで。

 私を拾った事を後悔してここに置いて行こうとか思わないで。

 お願いっ、こねぎちゃんが目を向けてくれなくちゃ、私ってば今日は野宿決定なんだから~!


「抱き着かないで」

「うっ、そんな冷たく拒絶しなくたって……」

「わたし、汗臭いでしょ?」


 それに作業着、汚いし、と私を押して遠ざける。

 ……なんて優しいんだろう。

 もしもこねぎちゃんが、顔はそのまま、私みたいにファッションや女子力に精通している人種だったら、すぐに蹴落としていただろうけど、彼女は美少女でも種類が違う。


 誰かが発掘しなければ輝かない原石。

 私が発掘し、磨いて光った美少女が、ムカつくなんて事はあり得ないわけで。


 私は美少女が嫌いで仕方ない(まあ、私よりも可愛い女の数なんて、片手の指が折れるくらいだろう)。

 見つけたらとにかく、なによりもまず先に汚さないと気が済まないのだけど、こねぎちゃんみたいな、自覚なき美少女は大好きだったりする。


 自分色に染められる。

 まあ、ちょいと知識をつけ過ぎてこっち側へ豹変しちゃうと、潰しの対象になるわけだけど。

 そこは気を付けてね、こねぎちゃん。


「よく分からないけど、気を付けるよ――ゆか、ちゃん」

「うんうん、ゆか、私の名前はゆかだよー」

「知ってるけど……なんで自分に言い聞かせるように……?」


 ちなみに自己紹介の時、私はゆかぽんとは名乗っていない。

 理由は、言わなくても分かるでしょう。

 ま、こねぎちゃんなら私が嫌と言えば、ぽん、を除いてくれるとは思うけど。


 本名を言わなくても差し支えはないでしょう。

 ゆかもゆかぽんも大して変わらない。

 変わらないんだから、ぽんなんて余計なものをつけなければいいのに……、

 十六年前に戻れたらまずそこを修正する。


 名前だけは、絶対!


「気にしなくていいよ。名前の事もだけど、汗臭いのも。そりゃあちょっとは匂うけど、こねぎちゃんの、つまり美少女の汗の匂いならラベンダーみたいなものだし」


「ごめん、その感覚は分からない。後、美少女ってのやめて。わたしは、可愛くないし、もしも可愛いんだとしても……可愛くなりたくなんてない」


 おっと、こねぎちゃんにしては長いセリフだ。

 それだけ想いが強いってことなんだろう。


 可愛くなりたくない、ね――世界中の女を敵に回すようなセリフだなー。


 こねぎちゃんの見た目も相まって。

 まあ、十年に一度の美少女にそれを言われたら、頭にくるよね。

 なんの背景も見えていなければ。


 私も何も知らなければ、多分、たとえこねぎちゃんでも、ちょっとはむかっとしたかもしれないけど、今、そんな気持ちはない。


 こねぎちゃんには目的がある。

 私と同じように、目指すものがある。


 私が奇術師でアイドルになりたいと言うように。

 こねぎちゃんは、プロの整備士になりたいのだ。


「ゆかちゃんは、アイドルが優先なの?」

「ん? んんん? いやいや、ちょっともーなに言ってるの? 奇術師になりたいの」


「でも、奇術師でアイドル、って……アイドルがメインになってない?」

「ほんとだ……深層心理が出ちゃったのか……?」


 でもほんとに、プロの奇術師になりたい。

 アイドルは、今ももう半分になっているようなものだし。

 それを言ったら奇術師だって半分程はプロに近づいていると思うけど。


 中堅、くらい? 

 おお、意外と近いなプロ。

 すんなりと団長に認められちゃうかも!


「わたしが言っていい事じゃないけどさ、ゆかちゃん、プロを舐め過ぎ」


 大丈夫、人生を舐めてるって自覚あるから。

 加えれば、直す気もない。


 だってー、相手に勝つには相手を対等に見る事が必要でさ、憧れてちゃ、いつまで経っても越えられない。

 だから相手を舐めるくらいでちょうどいい。

 舐めてかかって、超えるための参加資格が手に入る。


 私は人生に勝つため、人生を舐め始めたのだ!


「ゆかちゃんって可愛いのに中身が残念だね……」

「こねぎちゃんは可愛いのに女子力が残念だよね」


 ま、まあ、簡単に改善できちゃうこねぎちゃんの方が、いくらか楽だけども? 

 ただ絶対に拒む精神力があるから、難易度は私とどっこいどっこいかもしれない。


 ああいや、私レベルは無理だ。

 だって私は治らないもん。

 無理だもん、不可能だもん。


 治さないっていう私の絶対に動かない精神力があるからね。


「あの踏切を越えたらわたしの家……汚いし狭いし、油臭いけど、ほんとにいいの?」

「野宿で草むらに直で寝るのと比べて、こねぎちゃんはどっちがマシだと思う?」


 こねぎちゃんは無言で頷き、私を先導してくれる。

 哀しそうな目が、私は悲しい。

 そんな同情を誘うつもりはなかったのに……。


 小型のテントがあるから、想っているよりも苦じゃないんだけども……まあいいか。

 言わないでおこう。

 苦渋生活を理由に、色々と恩恵が受けられるかもしれないし。


 利用できるものはとことん利用する。

 そういう強かさがないと、美少女の一人旅ってできないからね。

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