第7話 同族嫌悪

「さあ?」

「…………」


 かっちーん、と私の中の回路が繋がった。

 苛つきモード、全開。


「さあ? って、そんなわけないじゃん。あんたはあいつの事が見えてたし、私を助けた。

 明らかになにか知ってますって感じだったんだけど?」


「助けた奴が全員事情を知っているわけじゃないだろう。確かに俺も見えたよ。あの子供は見えていなかったらしいけど。それか、嘘かもしれないし。ショックで見えていないと思い込みたかったのかもしれないし」


「……話を逸らすな、ガキ」


「これでも十四歳だよ。さっきの子よりは、全然ガキじゃない。で、見たところ、あんたと二つしか違わないと思うけどね。たった二つの差で、ガキはないんじゃない?」


 うぜー。

 うざいー。

 口が達者な子供って、ムカつくー!


 さり気なく私の年齢を当ててるところがまた憎らしい。

 乙女の年齢を言うな以上に、思うな予測するな計算するな、これ、世界の常識だから。


 知ってる? 

 女って、男よりも強いんだよ?


「そして美少女は最強無敵」

「ぶれないキャラで安心したよ。無人島に行っても強かに生きていけそうだな、あんた」


 はあ? 無人島なんて行かないし。

 あんな非生産的なところにわざわざ行くなんて馬鹿げてる。

 無理やり連れて行かれる前に、私なら根本的解決をするしね。

 仮定なんて無意味だから。


「じゃあ話を戻すけど、助けたのは単純に、危なそうで、助けられる距離だったから助けた……これじゃあ不満? あんたがあの子供を助けたのと理由は同じだよ。いや、必死さで言えばあんたが勝つかな。思っているよりも、あんたはあの子を大事にしてそうな感じがした」


「そうかなー? 助けられそうだったから助けただけなんだけどねー」

「じゃあそれでいいよ」


 私の言葉になんか興味がなさそうに、鹿撃ち帽の少年は視線を逸らす。

 すっ、と私から離れて行った。


 ……ああ、もう! 

 凄いムカつく。

 見た目は美少年だけど、さっきのアホ面とは比べものにならないくらいのブサイクだな! 

 美少女が目の前にいるんだから、ちょっとは相応の反応をするべきじゃないの!?


 ふんっ、私もあいつに用はない。

 助けてくれたけど、別に頼んだわけじゃないし。

 ……って、そうだ、忘れてた。

 あの不気味な生物の事、聞いてないじゃん!


「ちょっと待ちなさいってば!」


 追いかけ、彼の肩に指をかけたところで私の視界が、ぐるん、と回った。

 青空が見える。

 んん? 仰向け……になってる? 

 なにが起きたのか分からな――、いッ!?


「うでが、痛っ――」

「ぶんぶんとやかましい虫が周りを飛んでいたようで」


 女の人の声。

 すると「ぐうえ」と清潔感からかけ離れた声が。

 ――って、私の声!?


 遅れて感じる腹部の鈍い痛み。

 どうやら、現れた女の人の靴で、私は今、踏まれているらしい。


「な、なにしてんのよこのアバズレ!」


「自分以外の女性全員にとりあえずはそう言ってそうですね、あなた。つまり性格が悪い。性根が腐ってる。まあ、美少女の実態はこんなもんでしょう。顔だけが良い。パラメーターの『顔』に全振りされているわけで、他が壊滅的なのも、だから頷けますね」


 一つに対して罵倒が倍以上返ってきた。

 あんたも相当だよ……。


「いや、くるる……俺、肩に指をかけられただけだから。

 それだけでここまでしなくていいって」


「虫は駆除しなくてはいけません。一匹いたら百匹いると思え、と伝承があります」

「伝承じゃないだろう……伝説級の格言にまではなってない。……大丈夫だよ、ここまでのレベルがそう何十匹もいてたまるか。唯一無二だよ」


「大丈夫です、これは私個人の問題ですので。有害なのでとりあえず駆除、とまではいかなくとも、四肢をもいでおいた方が後々面倒も起こらないでしょう」


「「怖っ!」」


 さすがに私と少年の声が被った。

 私もたいがいだけど、この人はもっと怖い。


 なにを妥協しましたって感じで四肢をもぐとか言ってるの……? 

 半殺しってところがさらに怖いよ。

 しかも平然と言ってのけるし、業務的だ。


 マシーンかこの人。


「しかし、これ以上この子があなたに付きまとうのは、私、我慢なりません。

 私は、あなたのボディーガードですから」


「雇った覚えはないんだけど……」


 少年はぐったりしている……こいつもこいつで大変なんだなあ。

 というか、いつまで私のお腹に足を乗っけているのかな、このアバズレ。

 金髪だからビッチっぽいし。

 あんまりお腹を痛めつけないで、妊娠できなくなったらどうすんのよ! 

 まあ、別に産む予定も相手もいないわけだが!


 釣り合う人間がこの世にいるのかね……。


「足をどかしなさいよ、このショタコン!」

「あなたが言いますか? ショタコンであり、ロリコン」

「…………」


 私と彼女が睨み合う。

 どうやら二人して、的を射ていたらしい。


 だからこそ否定しない。

 そして悪くも言わない。


 自分がそうだから、その趣味嗜好を悪く言えない。

 それは自分を否定するのと同じ事。

 そして同時に貶したくもない。


 年下性愛者……なにが悪いの?


「そんな二人に囲まれる俺の気持ちも考えてくれ……」


 頭を抱える彼の言葉は無視。

 年下だけど、あんたは可愛くない。

 それに、既に唾をつけられているんだから、私が手を出すのは不躾だ。


 あんたはあの女のものなんだから。

 心配いらない。

 私の趣味でもないしさ。


「私もあのアホ面の子には手を出しませんよ」

「アホ面とか言うな。あいつをアホ面と呼んでいいのは私だけだ」

「かなり気に入っているじゃないですか……」


 せいぜい、狙った的ははずさないでくださいね、と言われるまでもない事を言われた。

 ……狙ってないけど。

 ま、まあ、目で追ってはしまうかな、うん。


 そんな事よりも。


「ショタコン談義はもういいわよ。いいから、さっきの不気味な生物の事を、教えなさい」

「ショタコン談義って初めて聞いたな……談義する内容あるのかよ」


「被害者には分からないトークがあるのよ」

「お前いま、被害者って言ったよな?」


「私の魔の手にかかればイチコロね」

「魔の手って言ってるじゃんか……」


 呆れた少年は諦めたようで、


「まあ、いい。それはそっちでやってくれ。しかし何度も言うが、知らねえ。亜人なんじゃねえのか? この町にも亜人はいるし、この世界、珍しいもんでもないだろう」

「亜人……明らかに、違うでしょう」


「ふーん」

 見定めるような瞳を向けられた。

「あんたがどう思おうと、知らないものは知らない。教える事なんてできないよ」


 これで話は終わりだと言わんばかりに、少年とショタコンの女性は私から離れて行く。

 別れの挨拶もしないまま……いいけどさ。


 しかし、「あ」と思い出したように少年は振り向き、


「『意味不明だと思った行動にも、きちんと意味があり、想いがある――真正面から見ただけでは見えないものが絶対にある』……この言葉の意味、分かるか?」


 分からない。

 けど、だいたい説明してるような気もするけど。


 私はさっきの仕返しに、こう答えてやった。


「さあ?」

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