第6話 異物、混入

 バニーさんを探しながら商店街をぶらぶら。

 しかし途中から買い物をしながらバニーさんを探していた。

 優先順位は逆に。

 気分次第で頻繁に変わるからね。


 私ってば飽き性だし。

 飽きないのは未だに奇術だけ。


 やっぱり子供の時に受けた影響ってのは年齢を重ねても染みついてるものなんだねえ。

 ……いま凄いババアみたいだったな……、こんなにぴっちぴちなのに!


 肌の張りを堪能して、三軒目のお店を出た。


 未だにお金は使っていない。

 というか持っていないため、どれだけ値切られても買えないんだよ……。


 お店の人は頑張って交渉してくれてたけど、そもそもお金がないから無理なんですよー、と私があえて言わないのでかなりの時間を粘っていた。

 頑張っていた。

 でもごめん、持っていないんだ。

 もう一回言うけど、あえて無銭なんだと言わなかったのだ。


 人が頑張ってるところを見ると嬉しくなるよね。

 楽しくなるよね! 

 滑稽じゃない?


「――と、バニーさんは出てこないか。ほんとどこ行ったんだろ。冗談を言ったらだいたい突っ込んできてくれるのに。あ、今の文章にしたら凄いスピード感あるな」


 突っ込んできてくれる。

 列車の町だからこそ、ちょっとのミスでありそうな感じ。


 しかし、列車の大きな事故もあんまり聞かないから、脱線なんてないか。

 列車なんてそうそう脱線しないものかもしれないし。


 さすが整備場。

 そして技術者のエリートが集まる場所。

 脱線するのは話だけでいいもんね。


「ん? あのアホ面は見覚えがあるぞ……」


 男の子。

 半袖短パン裸足……裸足!? 

 この時代にそんなわんぱくな子がいるなんて。

 バカだ、憎めないバカがいる。


「うーん、やっぱり私、あの子の事が好きなのかもしれない」


 思わず目で追っちゃう。

 惹きつけられる。

 ふとした瞬間、想ってしまう。


 良い事があったらなんとなくあいつに教えたい気分になってしまう。

 それを恋と言うらしいけど、いやさすがにそこまではねえ……。


 あいつに突っ込まれたくはないし。

 おっと、失言。

 早くスルーしてね。

 今度は読み手にスピード感が求められるから。


 ともかく、アホ面の男の子はお店とお店の間の狭く細い路地へと入って行った。

 誰かを追っているらしい……、鬼ごっこ? 一人じゃなさそうだ。


「いや別に? あいつがどこで誰となにをしようが私は知らないし? 知りたくもないしどうでもいいし? だからここで見て見ぬ振りをしたっていいけど? でも最近は物騒なんでしょう? 殺人犯がいるんでしょう? だったらお姉さんとして、お姉さんとして! 子供たちの安全を見届けないといけないでしょう?」


 そう、あいつではなく、子供達のために。

『たち』の中にあいつが含まれてるなら、まあ、そうだね、守ってやってもいいかなー。


 そんなわけで、私も狭い路地へ入る。

 あう、胸が擦れる。

 くっ、でかいって不便!


「いだ、痛たたたたたたたッ! 擦れてるし潰れる!」


 きゅぽんっ、と音が出そうなくらいの窮屈さから脱出。

 私はシャンパンか。

 私でさえこれなら、巨乳の人はどうなっちゃうんだろう……。

 バニーさん……を、今度誘ってみようか。


 胸がある程度ある人からすると、大き過ぎても嫌だし……、

 だから私ってばちょうど良くてナイスバランス。

 選ばれた者はやっぱり違うんだよ、色々な面でね。


「で、あいつは――ああ、いたいた。おーい、エロガ……」


 キ、と言えず、私は思わず駆け出し、あいつを抱きしめる。

 アホ面で、あいつはきょとんとしてたけど、すぐににやけた表情になった。

 こいつ……ッ、この状況で後頭部に当たる私の胸の感触を楽しんでやがるのか!


 いや、今はエロガキの事はいい。

 とにかく口を塞ぎ、黙らせる。

 喋るな、喋ったら、見つかる。

 そもそも――目の前のこいつはなんだ? 


 店の裏。

 薄暗く、ゴミが散乱し、室外機が置いてあるこの道とは言えない道で、こいつは、ゆっくりと歩き続けている。


「…………」


 私の手の中でむーむー言うエロガキにさらに胸を押し付ける。

 すると落ち着いてくれたらしい。

 ……安いなー、でも私の胸は高いからね。


 足音を立てずに、背中を、店の壁につける。

 空間を開けた。

 こいつが真っ直ぐに進めるように。


 牛の骨の頭、全身を隠す、黒マント……。

 なぜか背中だけが異様に膨らんでいる。


 カゴかなにかを背負っているような感じだ。

 瞳はないからどこを見ているのか分からない。

 ……亜人? 

 しかし見た事がない。


 こんな不気味な生物、出会った事がない。

 生物……本当に、生物?


 私は今、生きた心地がしないけど、向こうもまた、生きている感じがしないんじゃない?


「…………」


 あ。

 牛の骨が、止まった。

 マントが少しめくれ、骨の腕がぬっと伸びてくる。


 顔は前を向いたままだ。

 私を見たわけじゃない……? 

 見つかったわけではない、って……?


 じっとしていればいいのか、分からない。

 チャンスと言えば、逃げるチャンスだけど。

 こいつがいざ追えば……もしも走れるとしたら、逃げ切れる自信がなかった。

 そんな事を言っている間にも、ああ、私のチャンスはどんどん無くなっていく。


 大丈夫、簡単、走り抜けて逃げればいい。

 よし、なんとかなる。

 恐怖なんて私らしくない。

 恐怖させても恐怖することなんて滅多にないんだから。


 一歩、足を上げようとしたところで思い切り踏みつけられた。

 瞬間的な痛みに私は声が出そうになるが、押さえられた。

 私がエロガキにしているように、私も口を押さえられる。


 だ、誰……? 

 私よりも少し背の低い、鹿撃ち帽を被った長コートの少年。


 彼は、しー、と人差し指を口に当てた。

 喋るな、らしい。

 いや、喋れないけど。


 踏みつけた足はそのまま。

 つまり動くな、と。

 はいはい、今はこの少年に任せよう。


 分からない事だらけで頭が混乱してる。

 こんな時、奇術は役に立たない。

 立たなくていいけど。

 奇術ってそういうもんじゃないし。


 奇術は人を楽しませるもので、大きな影響を与えるものだ。

 決して、傷つけるものではない。


 ……でも団長を始め、団員のみんなは喧嘩に使ってるけど、あれは例外的な連中だから、そうだね、ノーカウントで!


 その間にも、牛の骨は、ゆっくりと、進んで行く。

 伸ばした手は空中で止まって、結局なにもしないまま下ろした。

 着物の端っこがちらりと見えたけど……牛骨のじゃないよね……?


 とにかく一難去った。

 また一難、とならなければいいけど。


「なんだよ姉ちゃん、いきなり抱っこしてきて。セクハラか?」

「セクハラはお前だ。私の胸をぽよんぽよん頭で押してきてたでしょ」


「してねえぞ。俺じゃねえ。姉ちゃんのおっぱいが、俺の頭を押したんだ!」


「おっぱいは自立してないから。で、それはいいよ……ていうか、今のなに? 

 この町のマスコット? 結構きついよね、キャラだとしたら」


 全然、ゆるゆるじゃないし。


「……? さあ。姉ちゃんの言ってる事、分かんねえ」


 ん……? なんだろう、会話が噛み合っていないこの感じ。

 気持ち悪い、不気味。

 まるで、さっきと同じような空気感。


「…………今、この道を通ったのが――」


「? こんな道とは言えない道を通る奴なんていねえぞ。俺らみたいな子供ぐらいだ。ところで姉ちゃんはなんでここに? こんなところでショーをしても人なんか来ねえぞ」


 子供なら来ると思うけどな! と元気良く笑う。

 ……嘘をついている、感じはしない。

 ふーん、はーん、なるほど、あれは私に見えていて、この子には見えていないパターンか。

 まったく、またなにか厄介な事に巻き込まれているらしい。


 よくやるねえ、私の不幸体質。

 よくも巻き込んでくれやがって。


 殺人犯の事もあるのに……久しぶりの二重苦じゃん。


「じゃあ、今度みんなを誘っておいで。

 ミス・クエスチョンがショーをしてあげるから。

 あ、ここじゃないよ? 広場なんだけど――」


「んー、じゃあ誘ってみるよ。気が向いたらな!」


 あ、これ忘れるパターンのやつだ。

 それに、気が向かない奴は全員そう言う。


 しかもエロガキは最後に吠えて逃げて行った。


「じゃあな、ゆかぽん!」

「あ! お前っ! 私の名前をどこで知ったぁ!?」


 もしかして、私の事を尾行でもしてたのか? 

 バニーさんとの会話を聞かれたのかもしれない。

 そこでしか、名前なんて出してないから知りようもないし。


 ……絶対に広まるな、これ。

 子供の噂は相当早く、広い。

 奇術師としての宣伝になればいいと思ったけど、その効果が忌々しい実名にまで及ぶとは。

 さすが不幸体質。

 いや、オーバーキルなんだけど……。


 逃げながらも手を振るアホ面に、手を振り返す。

 さて、ちょっと落ち着いた。


 私は未だに隣にいる、少年へ、ちらりと視線を向ける。


「――で、あれは一体なに?」


 少年は飴ちゃんを一つ、口に放り投げた。

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