第5話 列車の町 バクンタウン

『バクンタウン』。

 それがこの町の名前だ。


 由来は、なんだっけ……、

 今でこそ田舎街って感じだけど、昔は「来る人をすぐにこの町色に染めてしまうから」、

 みたいな……まあそんな感じだったんだろうと思う。

 駅の柱にそんなような事が書いてあった。


 今じゃそんな感じはしないけど。

 というか、来る者もいた者もすぐに出て行っちゃって、住民はほとんどいないイメージ。

 なにせ、この町には列車整備場があり、世界の列車が一堂に会する場でもあるのだ。


 世界に存在する七つの大国。

 この近隣の国を挙げれば――『不思議の国』と『学びの国』。

 ……それに則って言えば、この町は、言うならば『列車の町』。


 男まみれで油臭い、整備力が地位を高くする空間なのだ。


「いやー、まじでなんもないなあ。

 駅でしょ、整備場でしょ、メインストリートに、住宅街……で、商店街」


 まあ町もそこまで大きくないし……。

 ここは町であっても、メインは整備場なのだろう。


 整備の音なのか、町を歩けばとにかくうるさい。

 踏切の音が絶対にどこかで鳴ってるし、列車が通過するとすぐに分かる。

 さっきから、近づいて来るのが分かるようになってきた。


 町にいるだけで列車マニアになれそうだ……。

 だけども列車の町でありながら列車の博物館がないのはなんでだろう……? 

 スペースがないからか、そうだよね。


「所詮、国じゃなくて町なら、こんなものかね」

「いやいや、この町よりも『町』が小さいのが、ゆかちーの国じゃん」


「国だけど……あれは国なのかなあ……」


 買い物をしようとしたらお店が数軒しかないって。

 商品が入荷するのも、一か月くらいかかるし。


 かなり溜め込んでおかないと普通に餓死する。

 列車が開通しててもすぐ止まるんだよね……。

 来るのも出るのも困難って、あの国ってまじ監禁じゃん。


 まあ、無理をすればどちらも達成できるってのが、いやに性悪。

 どうにかならんものか、と一市民の私が考えてもなんの案も出て来ない。

 王様もお姫様も大変だー。

 あんな束縛された役職、私は絶対やりたくないけど。


「ホームシックになったりしてる? ゆかちー」


「雪の国は、しばらくいいかな。十六年もいれば普通に飽きるし、雪にはうんざり。寒いの苦手なんだよ。ぬくぬくこたつで寝ていたいのに、すぐに追い出されるし。

 だから私は海浜の国を目指す。次はそこに行こう、そうしよう! 私はワンピースじゃなくてビキニデビューをするのだ!」


「ふーん、ビキニ、ビキニねえ。

 まあ、ゆかちーは壊滅的な胸の大きさじゃないし、可愛い方だし?」


「でしょう? 私が脇を魅せれば、イチコロよ」

「なんでそこのチョイスを……?」


 脇から腰にかけてのラインの美しさに、私は自信があるの。

 旅をしてるから結構引き締まっているボディだし。

 ウエストも細い。

 食べても太らない体質なんだよねえ、と思ったけど、二日に一回、二日分を食べてるから、妥当な体重の増減か。


 健康に悪そうだけども。


「でも暑いの苦手じゃなかった? 夏なんて滅びればいいってこの前ゆかちー言ってたけど」

「え? そうそう、言ってた。暑いの苦手なんだ」

「じゃあ海浜の国も合わないと思うけど」

「いや、海浜の国は海があるじゃん。だから大丈夫」


 苦手ではあるけど、冬よりはマシでしょ。

 というか得意な気候なんてないし。


 春と秋はなんか分からないけど病気になりがちなんだよね。

 苦手じゃないけど、だから嫌い。

 なんで全部に一つずつ、欠点があるんだろう……?


 まったく、私の思い通りにならないものだ。


「ゆかちーはワガママだよね」

「? いきなりどうしたのバニーさん。どういう意味?」


「性格悪いよね」

「内容が変わってるんだけど……」


 するとバニーさんは取り繕う。


「ああいや、客観的に見て、だよ? 私ちゃん個人は少ししか思ってないし」

「ええ……、客観的の方が傷つかない……?」


 主観であって欲しかった。

 まだしも言い訳というか、それはお前次第じゃん、みたいな切り返しができたけど、客観的とか言われちゃうと……大多数の評価みたいな扱いだよね。


 私って性格悪いのかー、そうかー、いやまあなんとなく自覚してるけど。


「だって、自分で美少女とか言っちゃう系だよ? 同性からは嫌われるじゃん」

「もしかして、わざと?」


「うん!」


 私はわざと元気に言う。

 そう、私からの試練だったりするのだ!


「あえて自分からそう言うことで、同性を試してるの。この程度で私に悪感情を抱く人なら、『あ、いらねえな』って切り捨てる事ができるし」


「怖いよ……ゆかぽん怖いよ!」

「私の事を本名で呼ぶ奴は全員死ねばいいと思ってる」


 怖っ! と、バニーさんが私から離れる。

 いやまあ冗談冗談、殺さないよ。


「死ねばいいと思ったから殺すって、短絡的過ぎるって。やるにしてもばれないように小細工するし。というか、殺害したことを絶対に見つからないようにするし……」

「ブラックゆかちー、たまに出るよね」


 雪国育ちなのに腹黒だよねえ、とバニーさんは言うけど、雪国育ち関係ないよ。


 雪国育ちでもお腹壊すし風邪引くし。

 アドバンテージって別にないから。


 そりゃ、故郷と同じ気候には慣れてるから平気だけど、逆にこの町の人には普通と感じる常温は、私からしたらかなり蒸し暑い。

 さすがに旅して慣れたけど、最初の方は二日に一回は倒れてた。


 で、寝てた。

 ぐっすり、すやすやと。


 そして団員仲間に起こされて怒られる。

 今にして思うけど、なんで怒られたんだろう……、

 病人が気持ち良さそうに寝るのは、いいんじゃないの?


「性格が悪いのはばれてるんだし、サボりだって思われたんじゃない? ゆかちー、普通にやりそうじゃん」

「しないよそんなこと! 奇術に関しては、私は真面目にやってるもん!」


 それ以外がテキトーなだけで。

 奇術師にだけは、私は誠実でいられるの。


「ふーん、奇術師、ねえ。あんまり数多く見ないけど、憧れるような職業かなあ」

「奇術師の助手みたいな格好をしている癖にそんな事を言うか」


 バニーさん、バニー衣装。

 何度も手伝って欲しいと頼んでも、バニーさんは頑なに断った。

 しかも理由が、「恥ずかしいから」なんだけど……。


 お前その格好、私服の方が恥ずかしいだろ、とは言わなかった。

 これでも年上だし。


 というか、いつの間にか私の隣にいるようになった、バニーさん。

 どこの誰で、どういう目的で、というか、どういった理由で私の前に現れたのか、未だに謎。


 聞いても教えてくれないから、もう聞かないけど。

 不思議な人だ。

 一人旅も心細いし、あー、誰かいればなあ、と思った時にいてくれるのは、助かる。

 でもいきなり、ふっと消えたりするからなあ。


 あれだけ目立つ格好しておいて、町の人に聞いても誰も目撃していない。

 凄いステルス性能だ。

 影が薄いってわけでもないから、きっと上手いのだろう。

 ……ふむ、泥棒とかできそうじゃない?


「発想がゲスいって」

「なんてねっ」


 てへっと舌を出してウインクしたら、バニーさんが拳を握った。

 ぷるぷるしてる。

 あはっ、バニーさんがイラッとしたらしい。


「ゆかちー、きっと痛い目見ると思うよ」

「うん、楽しみ」


 まともな死に方はしないだろうから、死ぬまではわがままに生きようと決めた。

 今更、改善したって今までのが帳消しになるわけじゃないんだゾ!


「もー。でも、そういうところがゆかちーの良いところだけどね」


「そう! そうそうそう! いやあ、やっぱりさすがはバニーさん。これこそ、私の個性ってやつで、魅力ってやつなの! なのに同性は私を嫌うんだよねえ。

 いやまあいいんだけど、だってそんな奴らと仲良くする気ないし、時間の無駄だし。バニーさんと倍喋ってる方が有意義だもんね」


「あはは……悪魔に喉元を掌握された感じがするんだけど……」


 バニーさんの冗談、キレッキレだね!


「ん、じゃあそうなると、団員仲間の子は、ゆかちーの事を認めてるってこと?」


「人によりけり。認めている人もいるね、諦めてるって言うか。

 そういう奴だから、もういいやって感じで。

 嫌われてないなら私も報復する気なんてないし」


「報復って……」


「女特有の演技のやり合いがまだ続いている場合もあるよ。猫かぶり合戦、的な? 性格が悪いのを知りながら、コミュニティを築くために仲良しの振りをする、みたいなね。付き合う気はないけど、私の事を一方的に弾くのも、あれじゃない? だから不干渉を貫くの」


 そして最後のパターン。


「バニーさんと同じで、私のこの性格が、強くて憧れるって、言ってくれる友達、いるよ」

「ああ……、で、今度はどういう風に洗脳したの?」


「してないけど……、催眠術はまだ習得していないの。というか失礼! しかも『今度は』って言ったし。常習犯みたいな言い方しないで!」


 その友達はさっき言った、まったく売れない奇術師なんだけどね……。

 まあ、引っ込み思案でドジッ子だから、そりゃそうだろうって感じだけど。


 売れないよー、無理だよぉー、マジックの時のタネが見えちゃってるんだもの。

 で、本人は気づいていないの。

 お客さんはそれを見て見ぬ振りして喜んでくれてる……気を遣わせ過ぎ。


 付き合うお客さんも優しいけど。

 まあそら、リピーターはいないよねって話で。

 なんというか、見ちゃったからとりあえずは見届けるけど、じゃあ奇術師としてのショーを見たいかと言われたら、違うと答えるわけで。


「……あの子の先は長いなあ」

「いや、ゆかちーもね」


 うわ、現実見ちゃった。

 鏡を見て癒されないと。


「…………?」

 と、そこで私は気づいた。

 なんだか、珍しいものでも見るような周りの視線に。


「私が雪国出身って事がばれたのかな?」

「ばれたからどうなの?」


「ほら、田舎者ーって感じで忌避されたり」

「目くそが鼻くそを笑う感じよね、それ」


 バニーさんも中々の毒を吐く。

 でもまあ、忌避って感じじゃないけど、奇異って感じはする。


 奇異の目線。

 怯えとか、そんな感じの。


「私の可愛さが遂には恐怖にまで……?」

「ゆかちーはどこを目指してるの?」


 それにしても、とバニーさんは周りを見る。


「確かにゆかちーを見る目が多い。美少女だからこそ普段から見られてはいるけど。

 それよりもさらに多いよね。ゆかちー、この町でなにかやらかした?」


「いや、特に。さっきショーをしたくらいだし。え? あれが原因? でも私いま、地味めの服だし、同一人物とは思われないんじゃ……」


「けど思い切り早着替えでビフォーアフター見せてるよね? 一致するよね」

「あぁ……」


 そうだった。

 あのアホ面の男の子だったら、完璧に分かるだろうし。


「うーん、でも、こんな感じの視線って、結構あるんだよね。なんでか知らないけど。

 妙に突き刺さるって言うか、不愉快な視線って言うか……」


 不愉快。

 まあ、いつも隣にバニーさんがいてくれるから、なんとか乱暴な行動には移さないでいるけど。

 とにかくここから離れるのが先決かな。

 厄介者は早く退散すべし。


「ゆかちー、そう言えば、この町には事件が起こっているらしいじゃん」

「事件? 事件……、あ! 大量殺人犯!」


「そ。そうそれ。たぶん違うと思うけどさ、ゆかちー、疑われてるんじゃない?」

「…………はは、まさかあ」


 言ったそばから。


 ちょっといいかな、と肩を叩かれ振り向くと、

 そこには人を見定めるような瞳をした、男の人が立っていた。


 屈強な体で、ぴしっと制服に身を包む、政府機構の役人さん。


 えーと、つまり。


「君は…………」


「あーッ! あんなところでハブとマングースが三首ケルベロスに襲われてますよ! 喧嘩両成敗というか撃退になっちゃいますよ的な!?」


 と叫んでみたが、よく分からん。

 とにかく一瞬でも気を引ければいいわけで――、

 しかし役人さんはまったく無言で私を見下ろす。


 おおぅ、え? なに、じっと見つめて、私に惚れてる? 

 いやいや年の差を考えて。

 無理無理、あり得ない、ストライクゾーン外れ過ぎて敬遠だから。


「まあ、ちょっと話を――」


 役人さんがそう言いかけた時、暴風と共に壁に貼り付けてあった看板が飛んできた。

 私と役人さんの間を割るように、地面へ突き刺さる。


 視界が遮られた。

 ぎりぎり、後少しで、鼻が持っていかれてた。


「は、え?」

「ゆかちー、いまチャンス」


 隣のバニーさんがナイスアドバイス。

 固まっていた私は看板から離れる。


 そしてちょうど、住宅街から商店街に辿り着いたので、テキトーなお店に入って深呼吸。

 はあ、はあ、疲れた、焦った……怖かった!


「ありがとう、バニーさん…………、あれ?」


 バニーさんが、いない。


 何気なく入ったお店は雑貨屋さんで、静かで落ち着いた雰囲気の店内には、私しかいない。

 店員さんすらいない。

 それはそれで問題だが。

 バニーさんの姿も、忽然と消えていた。


「はぐれた、かな……」


 まあ、突然現れて、突然いなくなるのはいつもの事だし、まあ、いつも通りだ。

 焦る事はないだろう。

 落ち着いた事だし、ほとぼりが冷めるまで、この辺でぶらぶらでもしてようかな。


 大量殺人犯。


 まったく、厄介な台風がいるところにきちゃったものだなあ、と後悔。

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