第13話 死神・ギャンブル・バニースター
デスサイズ、ガイコツ、ドクロ、黒装束、浮いてる、化物――、
死神と言われたら、一瞬でこんな感じの先入観が生まれたけど、バニーさんはそのどれにも当てはまらない。
デスサイズなんて持ってないし、人の姿。
この時点で化物ってわけじゃない。
唯一、当てはまったのは『浮遊』。
けどたとえ人間だろうとも浮く事ができる人間は探せばいたりする。
魔法使いやら、錬金術師(主にアイテムのおかげだけども)やら、国と土地を守護する神獣から授けられた神器の能力だったり。
まあ、効果は劣るが、神器によく似た、レプリカだったり。
人間が浮こうと思えばやりようはいくらでもある。
だからバニーさんも、その類なのだろうと思った。
死神?
――バっカじゃないの!?
亜人でも死神なんていないっての!
いて、悪魔までじゃないの!
「ふざけるのも大概にしてよ、もうッ!」
私は全速力で走る。
メインストリートから離れて、住宅街。
すれ違う住民さんは走る私に驚いたり、不思議そうにしたりしている。
みんな、誰もが開口。
まあ、誰が見てもただのランニングじゃないもんね……。
明らかに必死に走っているように見える。
ただ事ではないと思ってしまうだろう。
けれど原因が分からないから、不思議に思ってもどうする事もできない……。
変に介入されても困るからその判断でいいけどさ。
それにしてもやっぱり……。
私は浮遊しながら追いかけてくる、バニーさんの気配を感じる。
すぐに追いつけるくせに、追いつかないように調整して追ってきている。
なによ、もうっ……やっぱり性格悪いんじゃないか!
あんだけ派手な格好をしたバニーさんが、浮いているのに、誰にも指を差されていない。
思えば、前からそうだったかもしれない……。
すれ違う人に興味なんてなかったから、意識してなかったけど……、
だから気づかなかったんだけど、バニーさんって、私にしか見えていなかったんじゃ……。
ってことはつまり、私は長い期間、町から町へ渡り、その都度、バニーさんと会う度、公衆の面前で独り言を披露してたって事になるんだけども……。
お客さんが増えないのはそのせいなんじゃないの?
バニーさんのせいじゃん!
「責任転嫁はやめて欲しいわね」
「こうして追いかけてくるのをやめて欲しいんだけど……」
「嫌よ、私ちゃんたち死神は、こうして主様を殺さないと、自由になれないの。不意打ちしないだけ親切だと思わない? できるけど、したら自由になれないから意味ないんだけどね。共倒れで死ぬだけだし。だからさっき丁寧に『宣言』をしたのよ?」
「あのっ、意味不明なっ、説明の事かッ!」
「理解力のなさを私ちゃんに押し付けないでくれる?」
「なによ! 私ちゃんって! ちゃんってつけて、ちょっと言いにくくなってるじゃないか! 甘噛みしてる時が多いのよ、ばかっ!」
「か、関係ないでしょ……ッ!」
私も必死だから、なにを言ってるのか分からない……。
明確にしておく事がある。
認めたくないけど、バニーさんは、私を狙ってる。
殺そうとしてる。
敵……なんだよね。
どうして?
今まで、楽しくやってたのに。
いきなり、そんな事って――、
「理由は簡単。私が死神だから。
拾った魔獣にふとしたきっかけで噛み付かれたと思えば、不思議な事じゃないでしょ?」
「でも、バニーさんは魔獣じゃない。人間だよ!」
「違うよゆかちー。私は死神」
バニーさんは先ほどの名乗りを繰り返す。
私にこれまで明かさなかった、名前。
見ため通りの名前で、私がつけたあだ名も、あながち間違いでもなかったのだ。
「死神――ギャンブル・バニースター」
バニーさんは胸を強調させて、
「さあ、ゆかぽん……命を賭けましょう?」
とろけた表情で、ベットイン、と彼女が言った。
「――だから、本名で呼ぶんじゃないわよ!」
怒りに視界が真っ赤になって、思わず立ち止まってしまった。
そこを狙って、バニーさんが私のおでこに、こつん、と、でこぴんをした。
あいたっ、と反射的に目を瞑る。
――みしみしめきぃ、と頭の中から嫌な音がしたと思ったら、次の瞬間には真っ赤な血が鼻から垂れてきた。
口の中に広がる鉄の味。
どくどくと垂れた赤が手の甲を濡らす。
視界がぐらつく、気持ち悪い……、
頭が異常に重く感じる。
前のめりに倒れそうなところで、なんとか踏ん張った。
「ふん!」
と、さらに鼻血が噴き出す。
誰にも見せたくない顔をしているだろう。
いま……鼻血なんて、滅多に出さないよこの年じゃあ!
「意外に根性あるんだね。苦しいからもういいや、って投げ出すと思ったのに」
「……そうしたら楽だけどね……知らなかったの? 私、負けず嫌いなの」
バカにされたら百倍にして返す。
絶望を与える。
絶対に逆らえないように、支配者がどっちなのかを、その身に叩き込ませてやる。
踏み台にするには、美少女は高いわよ?
美少女を踏み台にしていいのは美少女だけだ。
踏まれる側が、認めた場合っていう極めて少ない可能性だけども。
そう、針に糸だ。
狙って縫ってもそうそう通過できない狭き門。
「不合格だよバニーさん。……私よりも、可愛くない」
「あっそ。別にゆかぽんに認められなくともいいし。
私ちゃんが可愛いと思えばそれが事実じゃない?」
「バニーさんの中では、でしょ?」
「自分が見える世界が真実なのよ、ゆかぽん」
――ッ、また本名を……ッ!
だから、呼ぶなって言ってんでしょうが!
「負けず嫌いなの? ――知ってるけど」
じゃあ、これも知ってるでしょ!
やられたら、必ずやり返す。
どこまで逃げようとも確実に追い詰めて、徹底的にっ!
振りかぶった平手をバニーさんが握る。
手首を握られ、私はぴくりとも動かせない。
指先を
それにも意味があるとは思えなかった。
「ひどいわね、こっちはでこぴん一つなのに。釣り合いが取れないわよ、ビンタなんて」
「これでも妥協している方なんだけど……百倍にはほど遠いもの」
「興奮しているところ悪いけどさあ、それでも一応、私ちゃんと同じく『能力』がゆかぽんにも使えるわけ。もしもビンタで『レベル九』の力が出たら、私ちゃんは意識どころか顔が吹き飛ぶと思うんだけど……それでもするわけ?」
「知った事じゃないもん」
さっすがー、とバニーさんが納得したように頷く。
そして、私の手首を下に引っ張った。
「その知った事じゃないってのは、まさかとは思うけど『能力』について、じゃないわよね?」
「ぐっ」
下に引っ張られたと同時、バニーさんの膝蹴りが私のお腹を打つ。
体の芯に響く一撃だった。
胃の中のものが逆流してくる。
吐かなかったのは、もう意地だ。
空いた手で口を塞いでなんとか我慢。
涙は、出ちゃうけど仕方ない!
逆流してきたものを全て押し戻し、新鮮な空気をこれでもかと吸い込む。
そして吐き出し、心を落ち着かせる。
落ち着くことで痛みが和らいだ感覚。
さっきよりは、全然、苦しくない。
焦っていた。
動揺していた。
怒りで心臓の鼓動が異常に速かった。
だから血液も多く流れ、血が頭に上りやすかったのだろう。
けどもう大丈夫。
言葉にして、認めよう。
そこから再び始まるんだ。
「バニーさんの方が強くて美人、強くて美人、けれど若さでは私が勝ってる」
「不愉快な独り言はやめてくれる? 言っておくけど死神は年を取らないから。
生まれた時からこの姿。ばばあになるのはゆかぽんの方よ」
「バニーさんは死神……亜人なんかじゃない、私の知らない存在。よく分からない事が多くても仕方ないから気にしない。……若さでは私が勝ってる」
「それ、若さしか勝るところがないって宣言しているようなものじゃないの……?」
さっき、バニーさんはなんと言っていた?
自分は死神、私を殺す事で、主の束縛から解放される。
バニーさんは自由になりたいから、ルールに則り、私を殺そうとしている。
ルール。
そこには私でもバニーさんに勝てるような、平等性があるはずなんだけど……。
「バニーさん、その『能力』を教えてくれる?」
「嫌よ。忘れたのはゆかぽんのせいじゃない。わざわざ敵を援助するような事を私ちゃんがすると思うの? 私ちゃんは全て説明しました。ルールには従っていますー」
「教えてバニーさん」
私には、お願いする事しかできない。
誠意を込めて、頭を下げて。
喧嘩は対等な者同士がするもの。
今のままじゃあ、ただのいじめだ。
バニーさんは私と似てる。
というか、一緒。
――バニーさん自身がそう説明したのを今、冷静になって思い出した。
私はバニーさんで、バニーさんは私。
同一だ。
だから弱い者いじめを絶対にしないバニーさんが、対等じゃない戦いを、これ以上、続けるわけがない。
喧嘩をするために対等な状態を作り出す。
私ならそーする。
だったらバニーさんだって。
「…………熱しやすく、冷めやすかったかしら。こんなに早く鎮火するとはね」
「私はいつだって冷静だけど」
「嘘つかないで。どこが静かなのよ。どこでだってうるさいじゃないの。気に入らない同年代の女の子には冷たいけどね。あーあ、嫌な女」
「……同族嫌悪?」
「ええ、まったくその通りね!」
今度はバニーさんの方が怒り心頭だった。
熱しやすいなあ。
で、
「仕方ないから教えてあげる。私ちゃんの能力」
あっという間に冷めちゃった。
……挑発しても効果はなさそうだ。
逆に利用されてこっちが真っ赤になりそうな未来しか見えない。
誰かー、未来を変えてくれませんかー?
過去にでも行って無理やり介入して欲しいよ。
「ゆかぽんの不幸体質――自覚あるでしょ?」
「う、うん。まあ。大量殺人犯がいるのにこの町で滞在しなくちゃいけないのは、まさにそれでしょう? 一つ前の駅で降りていれば……とか、たらればを考えちゃう」
前にも言ったけど、一つ前の駅に降りたら降りたで、厄介な事件が起きてそうだけど。
大量ではなくとも殺人事件には出会いそうな気がする。
ただの、なんとなくの勘だけども。
結構当たるから指針として使いたいけど、踏み込んでから気づくから、既に後ろの足場はなくなっているのだ。
遅いよ、無理だよ。
逃げられないよ。
そんなわけで、私はこの不幸体質のせいで小さいから大きいまで、様々な厄介な事件に遭遇してきた。
得難い経験ではあったけど、命がいくつあっても足りないよ……。
で、それがなんなのだろう?
「それ、きっと私ちゃんのせいなんじゃないかな?」
ニタニタと、ムカつく笑みを見せるバニーさん。
いつも通りと言えばいつも通り。
だけど、ふざけているわけじゃなくて、なんだか私を怒らせようとしているみたい。
ふーん、そう。
じゃあ、意地でも怒らないようにするだけ。
相手の思い通りって、めちゃくちゃ
「私ちゃんのせいかもね、ゆかぽん」
「んがー!」
「意志が弱過ぎよ……」
私の弱点、名前一つ!
これだけは条件反射的に反応しちゃうなあ……昔からの癖だ。
昔から、いじられ続け、バカにされ続け、そして相手を壊し続けた。
だから私の名前を呼ぶ知り合いはほとんどいない。
目の前に一人、そのほとんどから漏れている人がいるけど。
あ、人じゃなくて、死神だった。
…………仮にも神なんだよねえ。
神の品位がだだ下がり。
「幸運を引き出す能力。失敗すれば、不運に見舞われる。ギャンブルな能力よねえ」
「はいはい。それで、詳細」
「そう急かさなくてもいいじゃない。まあ、そうね。能力を明かさないと対等じゃないし、話すつもりではいるけど。
一から九までの段階で、己の攻撃の威力が変動する。たとえば、さっきのでこぴん。普通なら、ちょっと痛いだけなんだけどね……能力が作動してレベルは六。意識を揺らし、鼻血を流させる威力へ、増幅した」
ちなみに、レベルが一だと威力は減少する、とバニーさんは説明した。
でこぴんの威力はなにも感じない。
たとえば列車が真正面から突っ込んできたとしても、レベル一ならすれ違う人と肩がぶつかった程度にまで減少する。
ただし、これは自分から相手への時だけであって、相手の攻撃を減少させる事はできない。
自分が攻撃し、どれだけ増幅させる事ができるか。
それがこの能力の肝だ。
「肝心な事を言ってないわよ、どうすればレベル九が出るの?」
「私ちゃんを殺す気満々じゃないの……」
「殺す気できてるバニーさんに言われたくないんだけど……」
それもそうね、と説明再開。
「鼓動の速さ」
つまりですね、といきなり先生みたいに身振り手振りをし始めた。
小芝居が始まった。
見てるのがつらい三文芝居だ。
心臓――膨らんだ胸に手を置く。
さり気なく、ぷにぷに押しているのは意味があるのだろうか。
見せつけているのか。
まあ、私よりも大きいもんね。
ただ、大きいだけなんだけどね。
バニー衣装が似合ってんなあ。
「ゆかぽんもきっと似合うと思うわよ」
「そんな恥ずかしい格好したくないよ」
言いたくないけど一生の恥だ。
「…………鼓動の速さ。
焦れば焦る程、
動揺すれば動揺する程、
怒れば怒る程、
威力のレベルは一になるの――分かった?」
すぐに会話の軌道修正が行われた。
一つ前の会話を無かった事にしたいらしい。
バニー衣装にこだわりでもあったのかな。
ずっと着てたし、そりゃ愛着はあるか。
ギャンブルバニースターなんて名前だから、着替える事もできないのかもしれない。
「いや、それは関係ないけど」
バニーさんがバニー衣装じゃなかったら、それはもうバニーさんじゃないよ……。
「私ちゃんの判断って、衣装だけなのかよ……」
衣装が一番、目を引くし。
それだけが判断材料なのかと言われたら、違うけどさ。
でもバニー衣装を着てたらバニーさんだって思うよ、普通にね。
それくらいトレードマークになっているんだもの。
「で、理解した? バカでも分かるように説明したつもりだけど」
「理解した。嘘は言ってないでしょうね?」
「言ってないよ。対等じゃなくなるでしょ? 私ちゃんはゆかぽんと同じなんだから。相手をはめても、ずるはしないの。相手を陥れても、卑怯な手は使わないの」
「私と一緒なら分かるでしょ? それは、時と場合による」
「じゃあ信じてもらうしかないね。嘘は言ってない。
後は、ゆかぽんの判断に任せるわよ」
「じゃあ信じる」
ちょっとだけ驚く表情をしたバニーさん。
そんなに意外だったかな。
なんともまあ、間抜けな顔だったけど。
「その返答も意外。信じるんだ」
「信じる、というか。嘘かどうかなんて、試してみれば済むことじゃん」
ギャンブルバニースターの、能力。
心を落ち着かせて、物理攻撃をする。
九段階の威力変化。
非力な私でも、対抗する術がきちんとある!
これが、対等!
これが――最初で最後の大喧嘩!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます