第2話 前説2
というか、普通にいる。
ばっちり見える。
この街から北側へ向かえば『不思議の国』に辿り着くのだけど、そこには世界中の亜人が集まっている。
異種混合、サラダボール。
亜人の一種、幽霊……人はみなゴーストと呼んでいる。
そう認知されているのだ。
ちょっと透けてて、浮いていて。
ぱっと見、その人が亜人だとは思えない程、亜人の中でも人間寄りの容姿をしている。
人が死に、ゴーストになったのだから、そりゃそうではあるんだけど……。
だから数日前から私の後ろをずっとついてくる神出鬼没な少女が、たとえばゴーストだとしたら、私は驚かない。
ゴーストが恐ろしいものだというのは、ただの人間側の偏見だからだ。
作られた物語上、自らと同じように死へと引き込もうとするのは決まって悪霊であり、現実を見れば悪霊など滅多にいない。
いたとしても人間の世界には現れない。
悪霊に呪い殺される程、私達だって弱いわけではないのだ。
神獣から頂いた、加護がある。
不安がなければ恐怖はないも同然だった。
だからゴーストが私を付け回そうとも、怖くはないし驚きもしない。
問題なのは、私以外に少女の姿が見えていないという、その一点。
「見えますよ。この両目でくっきりと」
「一応、容姿を教えていただいていいかしら」
「真っ白なワンピース。裸足、銀色……の長髪。年齢は、六から、八歳くらい? ですか」
「ええ、ありがとう。一致しているわ」
私が見ている少女の姿と一緒だった。
彼女は扉に半身を隠し、片目で私達の様子を窺っている。
こちらに混ざりたいけど、勇気がなくてその場で足踏みしてしまっているような……。
私の事を尾行している癖に、この距離を保つんだよね……。
私から近づくとすぐに逃げるし。
ゴーストみたいに、すぅ、っと消えていく。
「迷探偵さん。あなたはどうなの?」
「ん? ああ、見えてるぜ。ちなみに、この場にいる全員、その子供の姿は見えてる。
初めてか? その子供が自分以外の者にも見えているってのは」
「そうよ。政府機構の役人所に駆け込んでも相手にされず、街を歩いてもあの子の事を見る者はいない。親しい友人に聞いてみても見えないの一点張り。亜人に訊ねても答えは変わらなかった。あの子を見えると言ったのは、あなた達が初めて」
だから、結果的に正解だった。
ゲテモノかと思った迷探偵事務所が、当たりだったのだ。
「じゃあ依頼ってのは、その子に関係ある事か。ま、当然か。また謎解きとは無縁な依頼だなあちくしょう。いつになったら俺の迷推理が披露できるんだか」
「推理は苦手とか言ってなかったっけ?」
身内の会話で衝撃の事実が飛び出した。
客の前で探偵が推理苦手とか言わないでよ……。
じゃああんたの存在意義ってなんなの?
パンと牛乳を持って張り込みですか。
それは探偵よりも政府の役人にはまるか。
推理が苦手でも、まあ今回はそれに頼る事はない。
解いて欲しい謎はない。
知りたいのは知識だ。
解くまでもない、チュートリアルが欲しかったのは、まあついで。
本命は別にある。
第二希望は、追加料金が取られるのならば望まない。
ここまで悲惨とは言わないまでも、私だって裕福な方ではないのだ。
ここまで来るための列車代も、経費で落ちないし、しかも定期券外だし、だから自腹なのだ。
身を切る思いで捻出したんだよ……。
だから、せめて。
第一希望は絶対に果たして貰えないと半狂乱になる。
「それで、依頼は?」
「あの子を退治して欲しいの」
退治とは言わないまでも私の後ろをついてくるその行為を、やめさせてくれればいい。
つまり説得だ。
私が説得できればそれがいいし、したいんだけど……、
ほら、あの子、私が近づくと逃げちゃうんだよね。
私、子供に怖がられる顔してる……?
知的と自負しているけど。
インテリジェンス。
ふむ、バカっぽく聞こえるな……。
背伸びして横文字使ってみました感が滲み出ちゃってる。
まあ私、別にインテリじゃないし。
ただのビジネスウーマンだから。
「…………」
と、視線に気づいた私は視線を横に。
ダージリンの少女が私をじっと見つめていた。
なんだかそれは、睨み付けているとも取れる視線である。
あ……、得体の知れない亜人かなにかでも、やっぱり見た目が少女だと退治って言葉は刺激が強かったかもしれない。
小さい子供、それだけで同情されやすいのだし。
「言い方を変えます。あの子を、私に二度と近づけさせないでください」
びくっ、と扉に身を隠す少女が震えた。
会話など成立した事がないから怪しくは思っていたけど、言葉が分からない、ってことではないのかもしれない。
言葉のキャッチボールができなきゃ、理解していようが意味ないんだけど。
「どうして……でしょう?」
少女は繰り返す――どうしてですか?
「私にだけ見えて他の人には見えない……あなた達には見えていても、やっぱり大多数の人には見えないってことです。――不気味でしょう、それは。得体が知れないでしょう。
理解できないものを、手元に置くことなんてできません。身の回りにいるのですら、許せないです。イレギュラーなものは、とりあえず弾くのが当然なんですよ」
たとえ害がなくとも、分からないものを持ち続けて緊張感を味わうのは嫌だった。
もしかしたらそれは爆弾で、すぐにでも爆発するかもしれない。
私にはそう思っていて抱え込む勇気はない。
あの子には悪いけど。
私は自分本位で動かさせてもらうよ。
「退治はできません。
近づけさせないこともできません。
彼女達は、そういう存在なんです」
そういう存在……、
亜人ではなく、魔獣ではない、新参?
しかも、彼女……『達』?
「迷探偵の出番なんてありませんね。
ここは天才奇術師(予定)のミス・クエスチョンが万事解決して魅せましょう!」
くるくるっと、突然、目の前に出てきたステッキを手の甲で回す。
いつの間にかステッキは二個に、三個に増え、瞬きしている間に四つに増えていた。
奇術……、人を驚かす、マジック。
探偵事務所に、なんでマジシャンが?
「んじゃ、今回の件は任せたぞ――ゆかぽん」
「本名で呼ぶんじゃない!」
ジャグリングされていたステッキが全て、迷探偵の顔面に突き刺さった。
「死神です」
「退治してください」
私は依頼を早速取り下げ、変更した。
あの子の正体はなんなんですか?
という問いに返ってきたのは『死神』との答え。
そりゃ退治してよ、やだよそんなの抱え込みたくないよ。
マイナスイメージしか頭にないよ。
「ちょっ、勘違いしないでくださいよ! 死神と言っても、優しい死神です!」
「なんですか優しい死神って! 死神の時点で優しいも優しくないもありますか!」
いくら神とついていても、死って。
死ぬって!
つまり必然的にそこには殺すが関係するんじゃないんでしょうか!
「殺すが絡めば、生だってありますよ」
「なま……」
「生命! 生きる方です!」
失礼、取り乱してくだらないジョークをかましてしまいました。
「死神とは言っても、みんなが思うほど、不吉な事ばっかりではありませんし。
殺せるって、つまり生かすこともできるってことでしょう?」
知った風な口を利く。
いや、事実、彼女は知っているのか。
死神の事を……あの少女の事を。
「……まあ、いいです。死神への偏見は、私も抑えましょう。
それで、どうするつもりなんですか?
退治せず、近づけさせなくするでもなく、それ以上に円満な解決方法というのは――」
「とりあえずは、ちょっとしたお話を」
マジシャンの少女は再びダージリンを淹れてきた。
――いや、あ、これアールグレイじゃん!
なんで自分だけ! 私にも欲しいかくらい聞けよもう!
私からくださいって言うのは言いづらいんだよぉ……。
腰を落ち着けた彼女はアールグレイをさらっと飲んで(もっとじっくり飲め)、紙コップをテーブルに置く。
「死神について、と――あの子との今後の付き合い方を。
つまりは取り扱い説明書みたいなものですね。
それをあなたには、頭に叩き込んでもらいます。でないと、死にます」
引きつる私の顔を見て、彼女は冗談です、とでも言いたげな表情で、
「冗談じゃ、ありませんからね」
これは町で起こった大量殺人事件と、その裏で起こった、死神との殺し合いの話だ。
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