死神・ギャンブル・バニースター
渡貫とゐち
第1話 前説1
「『迷』探偵事務所……んん? 『名』ではなく、『迷』……?」
『名』とは言い切れない自信のなさが出てしまっているのだろうか……?
だとしたら頼りない事この上ないのだけど。
しかし、私の今の状況を考えると、探偵を選んでいる余裕などなかった。
なにせ一刻も早く、解決して欲しい案件があるのだから。
私は後ろを振り向き、彼女の姿が見えない事を確認してから、扉を開ける。
「わざわざ訪ねていただきありがとうございますっ、飲み物は……玉露でいいですか?」
「はあ……、あまり緑茶は得意ではないので、できれば紅茶をいただければと……」
「ほうほう、ダージリンですか」
いや、ダージリンとは言っていないけど。
好みは絶対にアールグレイだ。
玉露といいダージリンといい、種類名を言いたいだけか。
そういう年頃か。
いや、年頃関係ないな。
ふふん、と、どや顔で少女はダージリンを用意してくれた。
紙コップに注がれたダージリン。
予想はしてたけど、あまり裕福な暮らしではないようだ。
三階建ての幅の狭い建物。
その三階を間借りしている探偵事務所。
部屋の中は奥に細長い。
まるで列車の中みたいな広さだ。
正直、狭さにちょっと引いてしまった。
しかし、探偵事務所なんてこんなものなのかもしれない。
一度も訪ねた事がないのでここを基準にするしかないのが少し悲しいけど。
「それで、どうされました?」
「……えっ? あなたが名探偵さん?」
「『名』じゃなくて、『迷』探偵だ。そこを間違えるな」
すると、私と少女が対面しているさらに後ろにあるソファに、見た目だけは一丁前に名探偵……いや、迷探偵気取りの少年が横になっていた。
私と同年代くらいの女性の太ももに頭を乗っけている。
女性は少年の頭を撫でていた。
ふーん、確かに、迷探偵らしい。
進んで迷いそうなメンバーだ。
私だっていま迷ってる。反応しづらいんだよ……。
「ごめんなさい、それで、あなたが迷探偵さん?」
目の前の少女を見る。
いや、まあ、探偵とは言えない服装をしているから、絶対に違うと思うんだけど……、
ただ見た目で判断してはいけないので、一応。
「違いますよ」
少女は微笑んだ。
「違いますけど用件は私が聞きます。
後ろにいる生意気なガキ相手じゃあ、お客様が不快になってしまうと思うので」
なるほど。
確かに後ろの彼と対面したら思わず手が出てしまいそうだ。
口だけは達者な子供っていうのが、一番、大人としてはむかつくし。
だから良い判断。
ただ、そういう事ならあのお姉さんが良かったんだけど……。
目の前の少女も、なんだか問題ありな気がする。
「問題ありあり、大ありだ。まともなやつなんて誰一人としていないよ。諦めな、お姉さん」
顔に出ていたのか……?
心の声に返事をされてちょっと戸惑う。
「読唇術は基本中の基本だ」
「唇を動かしてすらいないけど……」
じゃあ読心術だな、と訂正された。
ふむ、探偵と名乗るくらいの腕はある、と見るべきかな。
狭い空間、誰と対面していようが、話し声は全員に聞こえるだろう。
少女が話を聞いたと同時に、探偵さんにも情報が伝わるわけで。
なので人をチェンジしてくれとは言わない。
まあ、奥の席に座って携帯ゲーム機で遊んでいる少年? 少女? には、さすがに聞こえないだろうけど。
距離の問題ではなく、彼、もしくは彼女は思い切りヘッドホンを被っているからだ。
私がこの場にいる事すら、気づいていないのではないだろうか?
「それで、今日はどんなご用件で?」
横になったまま迷探偵が聞いてきた。
やる気のなさそうな体勢にイラッとするが、落ち着こう。
冷静に、クールに。
私のキャラはそんなんだったはず。
絶対に熱血ではない。
「ええ――実は、とても信じて貰えない、怪奇現象の類なんですけど――」
「あの」
対面している少女が私を止めた。
なに? あなた、ダージリンを一気飲みしてたけど、なくなったからおかわりしてきてもいいですか、とか言わないでしょうね。
「扉の子……あなたのお連れさんですか?」
私は後ろを振り向き、彼女を確認した。
そして恐怖するよりもまず、視線を少女に戻す。
私にしては珍しく、取り乱して彼女の肩を力強く握った。
「――あの子が、見えるんですか!?」
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