第41話 逆転のセカンドテンポ
「話がある、シックスセンス・フォー」
と、俺が切り出した。
交渉、というよりはただのお願いだ。
俺が上手くやる、とみんなには息巻いたが、できる保証はない。
俺は必死にお願いするだけだ。
死んだ人間を生き返らせる前に死んでも困るからな。
こっちは殺す気で戦うわけだし。
「俺たちがお前に勝ったら――死んだ人間を生き返らせてくれ」
『構わないぞ』
ふぅー。
いやあ、大変だったぜー。
出てもいない汗を拭い、俺はサンキュー、と残し、
「すっごいあっさりだったね」
「いや、俺もびっくりした……」
けどそれは逆に、シックスは絶対に負けるわけがないと確信してるとも言える。
慢心であればいいのだが……しかしあいつは強い。
パラレルワールドの同期、知識の共有。
それは情報力であり、たとえ身体の能力が低くとも、相手が次になにをするか予測できれば、勝つ事はそう難しくない。
最小の力で最大の利益――情報とは、簡単にそれができる。
実際、シックスは身体能力で言えば強い方ではない。
ひ弱だ。
しかし情報が上乗せされて、圧倒的な実力を発揮しているのだ。
直接的に俺はあいつと対峙したわけじゃない。
殴り合いをしたわけじゃない。
俺だって、そんなタイプではないのだ。
そもそも、あいつと俺との戦いというのは、枢を守れるか、殺せるかの戦いであり、肉弾戦ではない。
だからこそ今回のパターンは初めてであり、そこに勝機があると見ているのだが――。
過去、ゆか、こねぎ、ハイスライム……。
俺はそれぞれの戦いを見ていたわけではないが、三人は殺されている。
殺せるだけの情報力があったわけで……、
経験を重ねている今のシックスは、最強と言ってもいい。
過言じゃないのだ。
なのに――なんでだろ。
この世界のギャンブル・バニースターは、特別か?
俺の知らないところでレベルアップイベントでもあったのか?
確かに、三人が集まるこのパターンは今までにない、新しい結果だ。
だが、それだけで……ここまでシックスを圧倒するのか!?
ギャンブル・バニースターの回し蹴りがシックスの肩を真横から打つ。
軽々と浮いた彼女(?)の体は、更地を転がった。
「ゆかちー、この子、すっごい弱いんだけど……」
「鳩ヶ島……?」
「いや、俺は知らねえって! いやでも、俺と戦った時はもっと強かったんだ!」
弱い振りをしている……?
しかし、する意味があったりするのか……?
ここまで大げさにステージを整え、俺の頼みを聞いて、多対一に持っていったくせに、あっさり負ける……負けてなくとも、負けたという状況を作る事に、意味があるのか?
ん……、俺が間違っているのか?
考え違いを、していたりしたのか……?
シックスの体は動かない。
微動だにしない。
一番近い、ギャンブル・バニースターが近づく。
恐る恐る体に触れると、ばっ、と、手を引っ込めた。
「どうした!?」
「生きてない……」
かと言って、死んでると表現するのもおかしな話だ。
相手は死神なのに。
「たった数回の攻撃でやっちまったって事なのか?」
「あり得ない」
ギャンブル・バニースターが否定する。
「手を抜いていたね。さすがに達人級に強いって感じはしないけど、さすがにこのレベルの相手じゃない。……弱いはずはないのに」
冷たくなったシックスの体に触れていると、ずずず、と地面へと沈んでいく。
シックスの接地面だけが、ずぶずぶの沼になったように――、
「なっ!?」
「おうあ!?」
とハイスライムの声がする。
慌てて振り向くと、レジェンダリー・ボックス。
その近くの地面から、シックスセンス・フォーが活き活きと動いていた。
死んでいるはずがなかった――あいつは、死神なんだから!
「やられた!」
死んだ振り!
そして今の移動も、世界を同期させた。
別世界の自分の行動を同期させ、同じ道程を辿れるようにしたのだ。
地面の中を移動する……恐らく別の世界では、この場所に地面はない。
水か、沼か、沈むなにかになっているのだろう。
そこだけを同期し、この世界に反映させた。
だからこそ、あんな移動が可能だったのだ。
死んだ振りをしたのも、レジェンダリー・ボックスから俺たちを引き剥がすため。
引き剥がし、なおかつ、すぐには戻れない位置へと。
油断したところを突かれた。
あいつの手に、まんまとはまっていた!
『逃げられないな、我が主』
レジェンダリー・ボックスの棺桶には枢が収まっている。
身動きが取れず、逃げようと、ハイスライムが能力を解除しようとも、シックスの方が速い。
突き刺すための手刀は既に放たれており――、
レジェンダリーボックスの胸を貫いた……その棺桶ごと……!
『世界は戻らない、戻す気もない! 我の勝ちだな、鳩ヶ島ァ!』
中に詰まっている、枢さえも、貫いたはずだ。
ああ……、そこに枢がいれば、の話だが。
『ッ、離せ、この牛の骨がッ!』
ぎぎぎ、と骨を軋ませながら、決して離さないレジェンダリー・ボックス。
近くにいたこねぎは、棺桶ではなくマントの中、レジェンダリー・ボックスの足元に隠れていた枢を救助した。
……俺たちはシックス、お前の策略にまんまとはまったが、それはこっちも同じだ。
俺らにも、考えていた策はあるんだよ!
棺桶が開き、飛び出したものはたった一つ。
カウント1の状態で止まっていた立方体。
カウントダウン・ハイパー、その凶器。
全てを跡形もなく消す、圧縮爆弾。
爆弾以上、もうそれはブラックホールと言ってもいいだろう。
時間を減らす爆弾を、時間を止める棺桶で保存すれば、意図的にタイミングを定められる爆弾の完成だ。
そしてもう、逃げられない。
レジェンダリー・ボックスはかろうじて立方体からはずれているため、巻き込まれても再生するが、しかしシックス、お前は全身が入っている。
全てが消し飛べば、回復のしようもないはずだ。
お前の死が、そこで決定する。
ん? いや、忘れてねえよ。
そして、カウントがゼロになり、圧縮が始まった。
一瞬で世界が一部収縮し、周囲に風が吹き荒れる。
レジェンダリー・ボックスは予定通りに回復し――シックスセンス・フォーは。
こちらもまた、かろうじて生き残っており、欠片から回復していた。
全身が元に戻り、戦いは振り出しに戻る。
……お前は、逃げ延びると知っていたよ。
だって、こんなのは俺の策なんだぜ?
見破るって、思ってたさ。
『くくくっ、これが、最後の希望か――鳩ヶ島ァ!』
「ああ、俺にはもう、策はねえよ」
シックスは俺へ視線を向けずに、枢の元へ一直線に向かう。
庇うために前に出たこねぎを横に突き飛ばし、レジェンダリー・ボックスに突き刺した手刀を再び枢へ突き出す。
その前に割り込んだのが、ゆかと、ギャンブル・バニースター。
「こねぎちゃんになにしてんだこのアバズレ!」
ギャンブル・バニースターの後ろで相手を罵倒するあいつは卑怯だと思うんだが……。
挑発ではなく、本気で言ってそうだな。
それから、ギャンブル・バニースターはなぜか防御をしなかった。
仁王立ちで、体で受け止める気に見える。
貫かれる事を、許容しているような。
「お――」
おい! と呼びかける寸前。
ゆかが発した言葉に、俺は期待していながらも、驚いてしまった。
あいつら二人の幸運というか、勝負運の強さっていうか。
愛されてるなあ、と、実感する。
ゆかはぼそっと、
「セカンドテンポ――」
シックスの手刀がギャンブル・バニースターに触れた瞬間、
その攻撃の力は増幅され、使用者へと返っていった。
「教えてやったのはわらわじゃ」
俺がシックスと喋っている間、こねぎとハイスライムへ、作戦の説明をしていたメビウス。
それから先、姿が見えなかったが、なるほど、
つい今、セカンドテンポの事をゆかに教えたのか。
「あの二人は仲が良いからのう、セカンドテンポくらい、もう使えると思ったんじゃ」
「……助かったよ。さすがに自力で気づけってのは難しいか」
本当は自力で気づいて、今のような状況になって欲しいと願っていたが……そうか、この方が可能性が高まるのか。
あの二人の仲が良いのは俺も知っていたし。
シックスは俺にばかり意識を割き過ぎて、メビウスの事はあまり知らないんだよな。
取るに足らない相手だと思っているのだろう。
だからこそ、足元をすくわれた感じだ。
自業自得だぜ、あいつ。
「元の能力の違うパターンじゃな。相手の鼓動が速くなればなるほど、自分に触れた攻撃の威力が上がり、使用者に返るらしいぞ。敵の体は、なんじゃ、えげつない事になっとるが」
「顔以外は吹き飛んでるんじゃねえか? でも、あれでもまだ回復するんだよな……」
「いや、それはないぞ」
と、メビウス。
俺の手を握って――なぜか恋人繋ぎ。
震えてるのが分かって、ああ、こいつもちょっとは恐がってるんだなって分かった。
親近感が湧き、俺は期待に応えたいと思った。
俺の期待に応えてくれたのだから、返さないとな。
俺はそっと、握り返した。
「もう一つ教えた。これは、枢にじゃ」
「?」
なにを、と聞く前に。
「普通は死神から人間にしか、宣言をすることができない。
一方通行じゃ。しかし、枢の場合はイレギュラーじゃろ?
見えないくせに、聞けもしない宣言を受けなければならない。
超不利なんじゃ。だから救済措置があると思ったんじゃ。
まあ、できるかどうかは、分からんが」
俺は視線を、首だけになったシックス……、
その前に出た、枢へ向けた。
彼女ははっきりと、その言葉を告げる。
「――宣言する」
宣言。
それは死神と人間が、同じ能力を使い、戦うための、儀式の言葉。
死神が自由を得るための勝負の開始ゴングでもある。
イレギュラーに生まれたシックスセンス・フォーは、その宣言が当てはまらず、いつでもどこでも、枢を殺す事で自由になれた。
だが、不利過ぎる条件はさすがに枢の味方をし、
枢が宣言する事でも勝負が可能になったのだろう。
つまり――、
枢はシックスセンス・フォーを視認し、能力を使えるようになった。
パラレルワールドの知識を共有し――世界を同期させた。
今まで更地だったバクンタウンは、元の姿を取り戻す。
駅、整備場、メインストリート、広場、住宅街、商店街……。
全てが元に戻り、生活音が周囲を照らし始める。
商店街の道の真ん中で、俺たちは固まっていた。
死神が見えない一般人からすれば、見えている俺たちの数は半分に収まる。
……ここで戦うのは危険だな。
慌てて俺たちは路地裏へ逃げ込む。
さり気なく危なかったのは、ハイスライムの存在だ。
あいつは咄嗟に、こねぎの体の中に飛び込んだ。
体を薄く延ばして、ぴったりとこねぎのボディに張り付く。
体の型でも取るかのように。
服の下はそうなっているのかー、と想像するだけでエロいな……。
あいつは天才かもしれない。
ともかく、シックスの頭をボールのように掴む枢。
ここだけ切り取るとやべえ奴だな。
「仕方ないでしょ! 咄嗟だったんだから!」
「死神は普通の人には見えないから大丈夫だよ。あと、敬語じゃなくなってる」
はっ、とする枢。
もう遅いし、いいってば。
喋りやすく話せ。
『我は、諦めんぞ……』
シックス……その状態で、敗北を認めない、か。
しかし体が回復していない今、システムはお前の敗北を決定させた。
枢が従僕にするか、殺すか、それを選ぶ。
返答次第では、お前は死ぬんだぞ?
『諦めん! 絶対に、諦めるものか! 妥協なんてするものか! 自由になるのが我の目的だ、それ以外に生きる目的なんてない! 従僕? ハッ、吐き気がする! 下等生物である人間に従うくらいならば死を選ぶ。今更、仲良くなんてなれるか。我はお前らを殺そうとし、お前らは我を殺そうとした……禍根は残る。作られた笑顔を見せ合いながら、これから先、人間側に生死を委ね、合わせなければならないなんて、苦痛でしかない。我は絶対に人間なんかに従わん! 従うくらいならば舌を噛み切り、死んでやる! 従僕にするくらいならば殺せ――殺せ、早く! もしも従僕にしたなら――毎日、貴様を、貴様らを一人残らず、殺してやる!』
首だけの状態で、シックスはそうまくし立てた。
枢はその言葉を全て聞き、心に染み込ませるようにして目を瞑り、再び開く。
俺を見た。
いいの? と。
俺は好きにしろ、と返す。
これはお前の問題で、だからお前が解決させるべき事なんだ。
なにを選び、どんな結果になろうとも――俺たちは文句など言わない。
選んだそれが、最善の終わり方なのだから。
「つらい事を経験しないで、終わりたいなんてわがままだね……」
枢は決めたらしい。
その選択に、後悔のなさそうな表情を浮かべる。
「従僕にはしないよ。――死ね。死んでいなくなれ、この幸せ者」
吐いた言葉からは想像できない、笑顔で。
シックスもまた、言われた言葉からは想像もつかない、返しをした。
『我が主――感謝する』
シックスの体はその場で灰のように崩れ、風に乗って飛んでいく。
これはこれで、お似合いのコンビ愛だった。
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