第15話 雪の日のバニースター

「そう言えば、バニーさんに奇術を見せた事なかったよね?」

「そうね。誘われてないから見てないけど」


 うっ、なんか落ち込んでない? 

 見せたくないから誘ってなかったわけじゃなかったんだけども……。

 単純に、頭になかっただけで。


「え、なおさら酷い仕打ちなんだけど……」

「ま、まあそれはそれとして――じゃあせっかくだし、奇術を魅せるよ」


 専用の衣装じゃないけどまあ、そこは勘弁してもらいたい。


 取り出したステッキ、ジャグリングをしながら四つに増やす。

 マジシャンがよく使う手、というか、基本的なトリックではあるんだけども。

 注目を集める――ミスディレクション。


 ジャグリングをしていれば観客の視線は飛び交うステッキに向かうわけで。

 その隙に私は小細工ができるわけ。

 そして、小細工をする場合、体のどこを使うかと言われたら、誰もが手と答えるだろうし、私だってそう思う。

 別に足でもいいんだけど、正確性を出すなら手だよね。


 正確性ってのは、経験と慣れと技術だけど、私はまだ未熟なもので、やっぱり手でしかできない。


 ジャグリング中、手は忙しなく動いている。

 観客もそれは分かっている。


 手はステッキを投げて、受け取って、これ以外になにかをする事なんてできないだろうって、先入観によって思考を止めてる。

 そこを利用する。


 というかね、ステッキを受け止め、投げるという行動に隠れながらする別の行動なんてできないわけだし。

 だから小細工は必然、同じものになる。


 ステッキと同時に投げられる物はなーんだ?


「――ッ!?」


 バニーさんの声にならない悲鳴が聞こえる。

 それでも私はジャグリングを続けた。


 一方通行のジャグリング。

 受け取らない、ただ投げるだけの演目。


 瓦礫の山に眠る小さな、石ころ。

 ステッキに目がいくからこそ、飛んでいく石ころには気づかない。

 死神も同じく。

 バニーさんはその石ころに気づかなかった。


 めきめきみしぃ、とバニーさんの肩に、私が投げた石ころがめり込んでいる。

 全然、高く投げてないから、当たったところで痛みなどないだろうけど……、

 それは普通なら、の話。


 ギャンブルバニースターの、能力。

 鼓動を落ち着かせる程、攻撃の威力を


 確かにバニーさんは、物理的に、とは言っていなかった。

 直接殴る、蹴る以外にも、威力を増幅させる攻撃方法はあったわけだ。


 私が意識して石を投げ、バニーさんを狙えば、それは攻撃とみなされる。

 その石ころが当たれば、その時点で能力は作動し、レベルが適応される。


 今の一撃がレベルいくつなのかは分からないけどさ、バニーさんが膝を着いた。

 ちゃんと、ダメージが通ってる!


「まだだよ」


 ジャグリングはずっと続いている。

 投げ続けた石ころは、一つ二つじゃない。


 たとえ小さくとも、威力は桁違い。

 降り注ぐ弾丸だと思えば、脅威は想像できるんじゃない?


 数十個の石ころを受け止めたバニーさんは地面を這うように身をかがめた。

 自発的じゃない。

 降り注ぐ石ころを受け止めたダメージのせいで、立ち上がれない。


 肩は上がらない、というか、はずれているのかもしれない。

 小さな穴が、肩から背中にかけていくつも空いている。

 まるでハチの巣みたいだ。


 ……やり過ぎた?


「いいえ、私ちゃんはゆかぽんを殺しにいったんだし、正当防衛でしょ。

 ゆかぽんが罪悪感を覚える必要はないわ」


「でも、穴だらけで、痛そうなんだけど……」

「やった本人がそれを言うの? 痛いけどさ……すぐに治るよ。それが死神だし」


 バニーさんの怪我が治る様子はない。

 強がりの可能性もあったけど、痛がる素振りはない。

 痛覚だけ、オンオフ可能なのかな。

 便利な機能だ。


「時間が経てば、痛みはなくなるわ。でも怪我が治ったわけじゃないから動けない。足が折れた後に痛みがなくなっても、折れてる事に変わりはないから立ち上がれないって事よ」


 今もそう。

 痛みはないけどダメージは体に蓄積されてる。

 だからこそ動けないのだ。


「……ゆかぽんの勝ちよ。

 ――さ、早く私を解き放って、元の居場所に帰しなさい。

 それが主としての、あなたの役目の一つよ」


「帰す……? 私はどうすればいいわけ?」


「私を従僕にする権利が主にはあるんだけどね……勝者の特権ってやつで。でもまあ、私は元いた場所に戻りたいから、さっさと帰して欲しいって言ってるの。

 それをできるのは、主であるゆかぽんだけなんだから」


 解き放つ、と宣言してくれればいいから、とバニーさんは急かす。


 うーむ、どうしようか。

 ……なんだかなあ。

 なんでだろうなあ。


 ――バニーさん、嘘ついているよね?


 なにを根拠に、と言いたげな視線を私に向けてくる。

 バニーさんは直接、私に言ってこない。

 私程度がそんな考えに至るなんて、とでも言いたげな表情だ――、

 って、人の事をバカにし過ぎじゃない!?


「いや、ゆかぽんの被害妄想で怒られても……」

「うるさい! 言い訳するな!」


 えぇー、とバニーさんは半眼。

 なんで私が悪いみたいになってるんだ……。

 それは置いておくにしても。

 バニーさんが嘘をついている事は、とても置いておけないものだ。


 嘘、と言ったけども、はっきりと嘘をついているわけじゃない。

 そこらへんが姑息なんだよねえ……、私みたいで。

 ただ私と違って、バニーさんは優しかった。


 昔から。

 私は忘れていても、バニーさんは覚えていてくれた。


「嘘じゃないけど本当の事は言ってないでしょ。私が『解き放つ』と言ったら、たぶんバニーさんは死んじゃうんじゃない? 元の居場所に帰るとかフラットな言い方してるけどさ」


 デッドオアアライブ。

 敗北した死神は主の従僕になるか、死ぬか。

 それを選べるのは私なんだろう。

 だからこそ、バニーさんは私に、バニーさんを殺すように仕向けている。


 単純に殺せと命じるよりも、元の場所に帰して欲しいと言った方が、私の負担や罪悪感は軽減される。

 そう頼まれたら私だって断りにくい。

 やる気のない人に私の下につけ、とか、誰が得するんだって話だし。


 生かすか殺すか、その二択なら、まともな人間なら従僕にさせる事を選ぶ。

 私だってそうだ。

 ――というか、普通にバニーさんと離れ離れになるのは嫌なので、どっちにせよ解き放つつもりはなかったわけだけど。


 うだうだこうして理由をつけても結局、寂しいだけなんだよねえー。

 恥ずかしくて、バニーさんに直接は言えないけど。


「殺す、と言うと物騒だけど、私ちゃんは死神なわけよ。生と死は密接に繋がってる。つまり、ゆかぽんたち、人間が思うほど、罪悪感は感じなくていいわけなんだけどさ」


「どう解釈しても、どうせこれから先、一生会えないわけでしょ?」


 バニーさんは頷かない。


「会えないなら絶対に解き放たない」


「ゆかぽんの不幸体質は私ちゃんのせい、と言ったけどさ、あれって私の意思でやったのもあるけど、ほとんどは無意識だからね。死神がついてるって事が、どれだけ不吉か分かってる? 出会わなくてもいいハプニングが、近寄ってきてるんだよ?」


「そうなんだ、じゃあ今とあんまり変わらないじゃん」


「それが麻痺してんだよもう……。私ちゃんがいなければ大量殺人犯のいるこの町に滞在する事もないし、稼いだお金を全て失くす事もないし、町の騒動に巻き込まれる事も暴漢に襲われる事も自然災害に飲み込まれる事もないのよ! 今よりも全然、楽に旅ができるのよ!? 奇術師の課題だって達成しなくちゃならない……ほんとに、命がいくつあっても足らないわよ!」


「バニーさんは優しいね、惚れちゃいそう」

「ふざけないで。こっちは真剣なのよ!」


「くすくす、私の事がそんなに大事だなんて……照れちゃうなー、もう」

「っ! このガキ……」


「こんな事なら、?」


「あれを見捨てられるわけないでしょう! 言ってなかったけどゆかぽんが死んだら私ちゃんだって一緒に死ぬんだから――、

 ……ちょっと、待ちなさい。

 ゆかぽん……いつから、知ってた? いや、思い出した?」


「はっきりと思い出したのは、ついさっき。でも、バニーさんと再会してからちょくちょく、あの時のお姉さんじゃないのかなー、って思ってたけど」



 あの時のお姉さん。

 ずっとずっと昔の、私が六歳の時の話。


 雪国出身らしく、私は雪崩に巻き込まれた。

 ……らしくと言うのなら、避けられるはずなんだけども、まあ子供だし、私の今の性格を見れば活発って事は分かるでしょ。

 つまり、ちょっとおバカさんだから雪崩がくる事を分かっていなかった。


 なのに雪山に遊びに行っちゃったわけだから、まー当然、雪崩に巻き込まれて死にかけた。

 雪に埋まって、身動き取れず、声だって届かない。

 一人ぼっちで気が遠くなっていた時だった。


 雪崩の中から私を救い、抱きしめて、冷えた体を温めてくれた人がいた。

 それが、バニーさんだったのだ。


 バニー姿で、強烈だった。

 雪山でバニー姿って、当時も不思議に思ったもん。

 死にそうな子供に心配させるって、相当な奇人だったな……でも、私の命の恩人。


 現在の私が見下ろす、バニーさん。


「……なんで今更。忘れてた癖に……」


「そりゃ、忘れるというか、思い出せないというか、ね。

 記憶の棚の奥にしまって、出せなくなっちゃったのよね」


「それ全部、忘れてるって意味と同じなんだけど」


 あの強烈なバニー姿を忘れるなんて信じられない、と思うけど、それ以上に強烈なものを見てしまえば、記憶なんてあっという間に塗り替わってしまう。

 いとも簡単に。


 私の場合はそれが奇術だったわけで。


 十歳の時、故郷に訪れた楽々奇術団らくがくきじゅつだん、その人達のショーを見て、私の今が決まったのだ。


 ショーに感動した私は憧れ、仲間に入れてと直談判して、


「じゃあ次にきた時まで、この技を習得しといてね」


 と団長さんに言われて、その日から私の修行の日々が始まった。


 今も続いている、エンドレスに。

 終わりなんてあるのかねえ。

 究極なんて、ないのかも。


 ともかく五年後、再び訪れた奇術団の団長に、私は約束の技を見せた。

 合格した私は、劇団に入れてもらい、個性的な団員達に揉まれながら(胸も含めて)、そして今、こうして旅に出ているわけだ。


 波乱万丈、大変で楽しかった日々。

 充実していた。

 そんなイベントが起こればそりゃあ、いつの間にか姿を現さなくなったバニーさんの事なんて、忘れちゃうよ……。


「人違いだったら恥ずかしいから聞かなかったけどね。私も子供だったし、今更、昔の話で盛り上がるとも思えなかったから。でもやっぱり、第一印象って一番記憶に残ってるものなんだね」


 雪崩の中から救ってくれた時と、今の戦いの中でのバニーさんの姿が被る。

 攻撃的でも敵意はなかった。

 乱暴でも悪意はなかった。

 私を救おうとする、優しさが見えた。


 だからそういう意味もあって、解き放てと言われても、私は絶対に言わなかっただろう。

 解き放ちたくない。

 従僕とは、言い方こそ上下関係がはっきりしているけど、私は友人として、バニーさんとこれからも付き合っていきたかったのだ。

 対等に。


 私はしゃがみ、身動きの取れないバニーさんに手を伸ばす。


「どんな理由があっても、一応、痛かったからね。

 助けるにしては乱暴だったんじゃない? 野蛮だよねえ」


「……過ぎた事をねちねち言うのは嫌われるわよ」


「あ、嫌われるで思い出したけど……、バニーさんと出会ってから故郷のみんなが私に向ける目が奇異の目線になったんだけど、バニーさんが見えてないんだから全部、私の独り言になるんだよね……そのせいで私、村で超浮いてたんですけど! ほとんどの人から無視されて、あの頃はめちゃくちゃきつかったんですけど!」


「過ぎた事にねちねち言わないの」


 今だから言えるけど、私の性格が歪んだのってあれが原因だと思うんだ!


「いや、雪崩から助け出してすぐも、今とあんまり変わってなかったよ」

「……へー」

「最初っから歪みまくってる」


 過去の事をいま持ち出したって仕方ないじゃん。

 そんなわけで、終わり!


「あ、逃げた」


「うるさいなあ、もう。あとでいくらでもお話できるんだから、さ。

 細かい事はその時でいいの。――早く。伸ばしたままの手が、疲れてきたのよ」


 バニーさんは溜息を吐く。

 仕方ないなあ、と言わんばかりだ。


 文句は、ない。

 これは私のわがままで、私が、バニーさんを必要としているんだから。


「私の従僕になりなさい。

 ギャンブルバニースター。

 私にいくら触れてもいいけど、名前にだけは触れるなよ」


「あー、はいはい。気を付けるわよ、ゆかちー」


 いつも通りの名前を呼ばれて、私は顔が緩んだ。

 にへら、と、バニーさんがつられて微笑むくらいの、緩み切った笑顔だったらしい。


 ……一生の不覚。

 恥ずかしい顔を見られた!


 とまあ、こんな感じで。


 最初で最後の大喧嘩は、こうして幕が下りたわけだった。


 …………たぶん、社会人、数人の大事な家に、傷跡を残して。

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