第25話 類は友を呼ぶ

「こねぎ、絶対に怪我だけはしないでくれ。

 だからチェックはし過ぎくらいでいいからな。

 あと、ブレーキは絶対にしておくんだぞ」


「うん、分かった」


 大丈夫だよ、と言って、わたしは自分が受け持つ列車へ向かった。


 同じ線路上、列車は二台。

 片方の列車を整備した後、もう片方の列車へ移動する。

 その前に、きちんとブレーキをかけて、動かないようにして、入念に車体チェックをし、

 ――うん! と納得してから移動する。


 時間はかかるけど、大事な事だ。

 事故が起こりやすいのは、慣れ始めた時だ。

 とうにわたしはその境地を越えているけど、原点を忘れないように。

 初歩的なところからやり直そう。


「ん……っしょ」


 片方の列車を整備している最中、汗が垂れてきたので首に巻いたタオルで拭う。

 その時、からん、と、持っていたレンチを落としてしまった。


「いっけない」


 わたしが腰を落ち着かせている場所とレンチが落ちた地面までは距離がある。

 降りて取るか、手を伸ばすして取るか……。

 どっちも可能だった。

 横着したわたしは手を伸ばし、指先がレンチに触れる。


 あと、ちょっと――、

 そんな時だった。


「…………へ?」


 片方の列車。

 ブレーキをかけたはずの、列車。


 ここは緩やかさな坂でもなく、勢いなんて絶対につかない、平坦な道なのに――、


 列車がわたしを挟むように、迫ってきていた。


 まるで、お母さんの軌跡を、なぞるかのように。


 手を伸ばし、身を車体から乗り出しているわたしは、咄嗟の事で身動きが取れず。

 迫る列車をただただ、呆然と見ている事しかできなかった。


 ――死ぬ、と分かった。

 これまでの人生が、早送りで頭に流れ込んでくる。

 これが、走馬燈。

 その時、分かった。


 ああ……、わたしにとってゆかちゃんは、大がつくほどの親友だったんだなあって。


 お父さんに言いたい事を全部言った。

 でも、ゆかちゃんには言ってなかったなあって……後悔した。


 わたしの体は車体と車体に挟まれて、




 ――いなかった。


 ぎぎぎ、と。

 迫っていた車体をわたしにぶつかるぎりぎりで、支えている人がいた。


 全身真っ黒、肌を見せない機械的なボディースーツを着ており、赤く光る目……、

 加えて、機械的なマスクを被っている。

 マスクの口元から、こしゅー、こしゅー、と息継ぎの音。

 そのマスクは、ガスマスクなのかもしれない。


 しかし酸素ボンベなんて背負っていないし……、

 小さなボトルに酸素を入れて、懐にあるのかも。


 いやそれはどうでも良くて。

 その人は列車の勢いを殺し、わたしをちらっと見た。

 赤い目の光が点滅する。

 そして数秒、見合った後、その人はその場から去ってしまった。


 わたしはなにも言えず、なにもできず、ふっと、力が抜けて、列車から落ちてしまう。

 背中から落ちて、空を見つめる……、そしてやっと冷静になれた。


「あ、お礼、言ってないや……」

「こねぎ! 大丈夫か!?」


 お父さんが、顔色を変えて走ってきた。

 倒れたわたしの体を起こしてくれた。

 そして体の隅々までチェックをする。

 列車以上に、入念に。


「お父さん、ごめんなさい……あれだけ、言われてたのに。

 わたしは、絶対に大丈夫だって、言ったのに……! 

 お父さんにとって思い出すのもつらいシーンを――」


「いいさ。それに俺は見ていた。

 こねぎは、ちゃんとブレーキをかけていた。

 チェックも入念にしていたしな。

 しかもここは平坦な道だ。列車が自然に動き出すのはおかしい」


「でも……」


「理由は分からないが、こねぎのせいじゃないってことは分かる。

 だから、なによりも、無事で良かった……」


 お父さんはわたしを抱きしめる。

 わたしも、お父さんを抱きしめた。

 しばらくそうした後、お父さんは決断したらしく、わたしに告げた。


「こねぎ、今日はもう帰れ」



「いきなり休みになってもなあ」


 お父さんの言葉は優しさだった。

 優しさ百パーセント。

 わたしの安全を考えての事だ。


 事故ではあるけど原因は分からない。

 そしてわたしのせいではないとなると、意図的にわたしを狙ったものかもしれない、という可能性が出てしまった。

 犯人がいるのか、たまたまの、不思議が重なり、重なった、自然現象なのか。


 なんにせよ、今日のわたしは運がない。

 だからお父さんはわたしを帰らせたのだ。

 整備場にいるよりは、家の中にいた方が断然、安全だ。


 今日一日は、おとなしくしていよう。

 お父さんがそれでほっとするなら、そうしない理由はない。


「そう言えば、ゆかちゃんは大丈夫だったのかな……?」


 姉御さんと一夜を明かして。

 トラウマを植え付けられていなきゃいいけど。

 いやでも、ゆかちゃんにとっては良い薬なのかな。


「あ、いた」


 整備場の近く、メインストリートでショーをしていたゆかちゃんを発見。

 今日は若奥様がお客さんなのか。

 数も多いし、さすが人気者。


 けど、ゆかちゃんの方はなんだかぐったりしている様子で、いつもの覇気がなかった。

 ……夜中になにがあったのだろう。


 知りたいけど、聞かない方がいいんだろうなあ。

 仕事の邪魔をしちゃいけないと思い、ゆかちゃんをスルーしていく。


 本当は整備場から真っ直ぐ進んで駅を通り抜ければ、すぐに家に着くのだけど、買い物をして帰るので、メインストリートを通る。

 広場を通り、住宅街を抜けて、商店街へ行く予定なんだけど……、

 メインストリートから横に伸びる小さな路地に入って行く、浮いた格好をした人がいた。


 浮き過ぎだ……。

 なんで誰もあの人に気づかないんだろう……。


 気づいていながらスルーしているという、高等技術をみんなは持っているのかな。

 わたしには辿り着けない境地だ。


 地に足ついてるから、浮いた場所には行けないのだし。


「あ、あの人――」


 見たことしかないと思ったら、さっきわたしを助けてくれた人だった。

 列車を止める、馬鹿力。

 見た目も一致する。

 あんな人が何人もいたら怖い。


 わたしの足は狭い路地へ向かう。

 なんの関係もなければ放っておいたところだけど、命の恩人ならそうもいかない。

 とにかく、直接お礼を言いたかった。


 暗く、狭い路地の先――入った事があんまりないから、いま知ったのだけど、路地裏は結構入り組んでいる。

 十字路、丁字路、迷路みたいだ。


 メインストリートに面する店舗の裏も、店舗であったりするので、人通りは少ないけどここもちゃんとしたストリート。

 メインではないから人はまったくいないけども……。


 閑散とした路地だった。

 裏路地とは言うけど、ゴミが散らかっていて、不良たちが溜まっていたりするイメージそのものばかりではないのだ。


 そんな中、日中でも、しかし辺りは日陰のため、赤い光がよく見える。

 あの人の赤い目は、わたしを見ていた。


「あのっ、さっきは助けてくれて、ありがとうございました」


 浅くお辞儀をする。

 再び顔を上げると、その人の赤い目が点滅していた。


 信号? 

 信号と言えば、モールス信号? 


 いやごめん、わたしには解読できないや。

 命の恩人だけど、不気味な人だなあ、と、ちょっとわたしも近寄りがたい。


 と、その人はこくんと頷いてくれた。

 やっと意思疎通。

 今のは、どういたしまして、的な意味合いなのだろう。

 いや分かんないけど、雰囲気を考えたらそうとしか思えない。


 すっ、とその人の人差し指がわたしを差す。

 なに? え、分かんない。

 ……どうしよう、コミュニケーションが取れない。

 わたしも無口な方だし、人付き合いは苦手なんだけど、わたし以上にこの人は壊滅的だ。


 苦手ではあるけど、最近は、わたしもちょっとは成長できたのかも。

 こんな姿をした人に自分から話しかけるなんて……、

 たとえ相手が命の恩人でもできなかったはずだし。


 心境の変化? 

 いや、それよりも環境の変化かな。

 最大は、ゆかちゃんのおかげ。


 他人への影響力が凄まじいなあ、もう。


「えっと……」


 指を差されたので指を差し返す。

 人差し指と人差し指が向かい合う。

 もしや……と思ったけど、そんな事はなかった。

 言いたくないけどこんな人と友達は嫌だよ。


 とりあえずはまず、全部脱げ。


 すると、ぴこーん、とわたしの携帯端末が音を鳴らす。

 最近はぐちゃぐちゃと色々な機能がついているけど、使わないわたしは、機械に詳しいけど、逆にシンプルなシステムのものを使っている。

 ゆかちゃんあたりはなんでも入っているハイテクで、スペックの高いものを使ってそうだけど……、いらない機能が多過ぎ、と思ってしまうのは、わたしの性格かな。


 使わなくとも使える余地はあるよ、という所有欲の表れなのかもしれない。

 わたしには分かんないけど。


 簡素なメッセージ機能を開く。

 宛先は不明だった。

 文字化けしてしまっている。


 十一文字、というのは分かるけど、それが分かったからなんなんだって話だし。

 関係ないかも。


 登録している人はお父さんと、姉御さんと、仕事仲間と、商店街のみんなと……、

 意外と登録数は多い。

 わたしからじゃなくて、どれもこれもみんなの方からなので、わたしの努力はない。

 ほとんど使わないから、登録している意味あるのかなあ。


 これもまた、いつでも使えるという余力なのだろう。

 連絡先は入れておいて損はない。


 届いたメッセージは、意外と多い登録数の中のアドレスではない。

 未知の相手。

 恐る恐る開いたら、文面はかなりライトだった。


『へいへいこねぎちゃん、お礼なんていいさ、感謝されたくてしたわけじゃねえって。自己満足であり、共通ルートだぜ? それに、お礼を言うのはこっちの方だ。

 俺を産んでくれてありがとう! そして、

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