第26話 死神・登場

 と、そんな浮ついた文章を読むのが億劫だった。

 ――が、聞き逃せない、いや、この場合は見逃せない一言があった。


 死んでくれ。

 冗談にしても、笑えない。

 笑わそうとしていたなら、センスがないにも程があるけど。


 携帯端末から顔を上げ、目の前を見る。

 その人の手の形は拳銃になっていた。


 もちろん実銃を持っているわけではないが、真っ黒なので一瞬、それに見えてしまった。

 ふんっ、どうせ脅しでしょ。

 そもそもわたしを脅してどうするのか……。


 ――狙いはお父さんか?


『お父さん? のんのん、最初から言ってるだろ、こねぎちゃんに用があるんだよ』


 ぴこーん、と再び、通知。


『用があるのは』

 ぴこーん、

『こねぎちゃんだけだぜ』

 ぴこーん、

『(旗を振ってる顔文字のみ)』


「鬱陶しいから小分けにして送らないでくれる!? 

 というか目の前にいるなら、わたしに直接っ、言え!」


 送られてきた顔文字と本人の感情が合わないし……、

 マスクを被っているから、どんな顔文字でもきっと似合わないが。


 肩をすくめ、やれやれ、と言わんばかりだった。

 わたしが悪いのか……? 

 がまんの問題?


 いや、長文でもいいから一回で全部を送れと思うのはわたし以外にもいるはず。


 小分けにして、しかも内容がないって、救いようがない。


「まあ、ガスマスクをしてるなら喋れないか……脱げそうにもないし」


 脱ぎそうにもないし。

 だからそこはもういいや。

 いちいち言い合うのも、取っ組み合いになるのも面倒だ。


 だから本題。

 目の前の人は、敵なのか、味方なのか……。

 一目瞭然ではあるけど。

 しかし、さっき助けてくれたって事実が、少ない可能性をほのめかす。


 ああもうっ、さっきのがなければ切り捨てたのに! 

 厄介な事をしてっ、もー!


『おいおい、命の恩人のした事を、厄介な事って……そんなんいなうよ』


「入力ミスしてる!」


 先走るな。

 というか、原理が分かんない。


 どういう仕組みでわたしにメッセージを送っているのか。

 あっちは携帯端末なんて持っていないのに。


 そのボディースーツが妙に機械チックだから、もしかして、脳内の文字を送信しているのかも……なんて。


 そんな近未来技術、まだまだ実現には程遠い。


『うーん、あんまり六田話してもあれかな』


「焦ってる? 変換ミスしてるけど……」


 無駄を六田と間違えるか……。


『かうろ入に題本ろそろそ』


「読みにくっ! いやそれはミスじゃないな、わざとやってるでしょ!」


 何言ってんだこいつ、と思ったけど、よく見たら逆から読めば意味が分かる。


 本題……。

 奇遇だね、わたしもちょうど、その話をしたかったところだから。


『宣言』


 ぴこーんと、複数に分けての通知。

 ……だから、分けるなって言うのに。


『俺は死神――カウントダウン・ハイパー』


『能力は、直径二メートルの立方体を作り出し、

 五カウント後、立方体の中のあらゆる物質を跡形もなく消す』


『立方体の設置は裸眼による目視が条件。

 脳内で作り出した景色の中に設置する事はできない。――以上だ。

 俺がこねぎちゃんを殺せば、自由になれる。

 そして、こねぎちゃんが俺を戦闘不能に追い込めば、従僕にするか、殺すか、選択できる』


 矢継ぎ早に流れてくるそのメッセージ。

 読んでも読んでも理解できず、何度も戻って、読み直す。

 でも、理解できない。


 死神? 能力? 

 従僕にする、殺して、殺される? 


 ――分からない。


「わ、分からないよさっぱり!」


『百聞は一見になんとか』


「そこまで分かったなら言えるでしょう!」


 百聞は一見に如かず! 

 しかし、その言葉を言うなら、わたしは理解も中途半端なまま、スタートを切る事になるんだけど……。


『人間はみんなそうさ。

 理解して戦う奴なんて滅多にいない。

 戦いながら、知るしかないんだ』


『仕事と一緒さ。見て盗め』


「ゲームにしては不平等だよ……」


『不意打ちで殺しはしねえさ。……しかし能力上、可能性はじゅうぶんにあるが』


 ゲームだが、ゲーム感覚じゃあねえぞ。

 ……その文面には力があった。


 相手の感情、覚悟が、乗っている気がした。


『俺らも、自由がかかってる』


 ごくり、唾を飲む。

 ……一体、わたしはなにをしているんだろう。

 危険な事に巻き込まれないように、家に帰ろうとしたのに。

 まさか、その途中でこんな事になるなんて。


 はあ……、なんて厄日。


「逃げても――」

『意味はねえ』


 だよね、やっぱり。


『物質透過ができるわけじゃねえけど、死神だ。

 いつでもどこでもあんたを監視できる。

 放置したまま日常に戻ったら、寝首をかかれるぜ』


 死神の鎌で、刈るとでも? 

 単純なイメージだけど。

 彼は、それは持っていなさそうだ。


「――分かった」


『おっ、物分かりがいいな。

 普通、こういう場合、人間って奴は慌てふためくはずだが』


「知ってるでしょ。わたしは、元々そんなにテンションが高いわけじゃないの」


 最近はゆかちゃんに引っ張られてるけど。

 昔からの性質をいきなり変えられるわけじゃない。


 内心じゃドキドキだけど。


『ほう、じゃあ、やろっか』


 マスクの下で、笑っていそうな文面だ。

 しかも無邪気に。

 あいつ何歳なんだろう……もしや、下じゃあないよね?


『カウント五の後で開始にしよう』


「ん? 五って確か――」


『うん。最初だし、実際に見せようかなってさ』


 立方体。

 付随する数字の5が、立体的な厚みを持って、空中に漂っていた。


 意外に大きい。

 抱き枕くらいありそう。

 つまり、人間サイズ。


 数字がくっついた立方体は、半分壁に埋め込まれ、固定されていた。

 数字がやがて、数を減らしていく。


 カウントが始まった。


『離れてないと危ないよ』


「え?」


 言われ、離れて、既に残りは二秒。

 もう少し離れた方がいいかな、と思って足を下げたところで、数字は既にゼロになっていた。


 瞬間――ばくんっ、と音も無く、壁は綺麗に立方体の形で切り取られ、恐らく、触れていただろう部屋の中の一部分も、断面がすべすべと綺麗に、裁断されていた。


 幸いにも中に人はおらず、家具だけが被害を受けていた。

 楽観視。


 ゆかちゃんへ向けた言葉がここでブーメランとなって返ってくるとは、思ってもみなかった。


 足元をすくわれるのは、わたしの方かもしれない。

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