第27話 死神・カウントダウン・ハイパー

「失敗した……っ!」


 立方体に飲み込まれた壁を見て一目散に距離を取ったけど、明らかな失敗だった。

 カウント付きの立方体は、対面して設置されれば痛くも痒くもないくらいに脅威を感じないけど、相手がどこにいるのか分からない時、その凶悪さが倍増する。


 つまり罠。

 落とし穴とかそんな感じと結局は一緒。

 カウントがあるってところが鍵になるが。


 設置されれば攻撃性を維持し続ける落とし穴や地雷とは違って、賞味期限がある立方体は、いくらかマシだけど、もしもぴったり賞で、カウントゼロとわたしの体が重なれば、それで飲み込まれて終わり。


 音も無く悲鳴も上げられず。

 上がるとしたらわたしの魂だ。


 だからせっかく取った距離を縮めなければいけない。

 いらない作業が増えた……全然、効率的じゃない。

 とは言え、逃げずに立ち向かったところでどうしようもないけど。


「ここが路地裏なのも不利だよね……」


 でもそれは、向こうも同じのはず。

 まるで迷路みたいな空間で、互いを発見するのは困難だ。

 だけどこういう狭い空間でこそ、あの立方体が生きるわけで。


 音がないからこそ、攻撃を察知どころか、認識できない。


 結果だけを遅れて理解する――。

 今、目の前のおんぼろビルが、ばくんっ、と。

 一階部分が綺麗に削り取られた。


 奇跡的なバランス力で倒壊はしないものの、指先で突けば支えを失いそうだ。

 小指でもいけそう。

 どこだろうと一緒か。


 近くにいる。

 わたしは引き返さずにそのまま前へ進む。


「……あ!」


 浮かび上がってきた立体的の数字の5は、カウントを減らして4になった。

 立方体はわたしの体に食い込んでいる。

 このままゼロになれば、わたしの体が削り取られる。


 わたしの三半規管が! 

 それどころじゃないか、もっと酷い。


 痛みがなさそうなのがまだ救いだったけど。


「でも……」


 カウントが3になったところで、わたしの緊張が解けた。

 カウントはまだ2もある。

 強大な威力を発揮しても、しかし発動する時間が分かってしまえばどうって事ない。


 悠々と歩いて範囲外に出ればいいのだから。

 実際、わたしが通り過ぎてから一呼吸後に、立方体は空気を飲み込む。

 音はないけど風の流れが生まれた。


 つまりはこんなもんだ。

 見えてしまえば対処できる。

 結局、罠仕様の能力。

 それか、後方支援専門だったり。


 罠を張り、そこへ誘導させるのが上手な、策士向きの人ならもっと効率よく使えて、脅威を生み出すんだろうけど……使い手が使い手だからなあ。

 あんまり恐くない。


 というか、まったく恐くない。

 さっきからわたしにメッセージを飛ばしてきて、言っちゃってるんだもん。


『倒壊に潰されなあ!』


『あんたの体を飲み込んでやるぜえ!』


 とか、携帯端末を見ながらわたしは呆れる。

 言っちゃダメじゃん。

 見せびらかしたい人なの?


 ぴこんっ、とまた通知。

 だから……ま、いいけど。


『落とし穴にはまっちまいなあ!』


 という事は、立方体で穴を開け、そこにはめようって? 

 じゃあ下に注目していればいいわけだ。

 しかし見える範囲に変化はなかった。


 っと、曲がり角。

 ……怪しいなあ。

 曲がったところで落とし穴があるんじゃないだろうか。

 うーむ、なんにせよ、意識していれば困らないだろうし。


 と、わたしは曲がり角を曲がったところで、自分の失敗に気づいた。

 バカだなあと呆れて苦笑するわたしを転がしていたのは、向こうの方だった。


 目線の位置に、立方体があった。

 下に向きがちな視線の穴を突いた、一手。


 穴って、そういう意味だったのか、と感心してる場合じゃない!

 すぐにでも逃げないと――、


「お?」


 きょとん、としてしまう。

 え? んん? カウントが、既に1だけど?


 ――時間差で、誘導。

 四秒、わたしを泳がせた……わたしが泳ぐ事を、計算して――、


 立方体を、この位置に置いたのか!


「なによ、あの文面からじゃ分からない、策士じゃないの!」


 わたしの上半身は完全に立方体に埋まっている。

 そしてカウントはゼロに――なった。

 


「どふぅ!?」


 お腹、の下――下腹部……、

 というかそこはもう子宮なんだけど、というところに、攻撃の意思が入っているトーキックが炸裂した。

 体をくの字に曲げたわたしは真後ろに吹き飛ぶ。


 同時に、立方体も、なにもない空を圧縮して潰した。

 はずなんだけど……、ぶれる視界に映り込んだのは、垂れ流しになっている血だった。


 太ももから下がない。

 片足で立つ彼女は、バニーの姿をしていた。

 綺麗な人だ。

 美人さん。


 ピンク色の髪の毛はちょっと子供っぽいけど。

 魔法少女みたい……それはわたしの勝手なイメージ。


「わああ!? バニーさん、ちょっ、足足っ!」

「大丈夫だってばゆかちー。私ちゃん……私ちゃんに限らず、死神は痛みなんてそんなに感じないし、すぐに回復するから。ほら、生えてきた」


 一瞬で、足が元通りになった。

 不透明な輪郭がはっきりしていくと思ったら、いつの間にかそこに足があった……、

 みたいな感じだ。

 

 良かった、そういう回復の仕方で。

 液体撒き散らしながらにゅっと出てきたら、それはそれで直視し難い。


 安心したら痛みがぶり返してきた。

 受けたトーキック、これが結構深手なんだけど……。


「油断し過ぎよ、こねぎっち」

「こねぎっち!?」


 バニー服のお姉さんがわたしをそう呼ぶ。

 言われた事のないあだ名だ。

 まず、あだ名をつけてくれる人がほとんどいないけど。

 ゆかちゃんでさえ、本名にちゃん付けだし。


 基本的にみんな、わたしの名前をちゃんと呼ぶ。

 ちょっとは崩してもいいのになあ、と言おうとしたら近くから殺気を感じたので口を閉じた。


 名前に関して、あんまり話題に出さない方がいいかもしれない……。

 分かんないけど、直感で。


「ゆかちゃん……、今日は売り上げ、どんな感じなの?」


「昨日よりは全然少ないよ。まったく、あのおばさんたち、見るだけ見てなにも入れずに帰りやがって。ケチだよあいつら。今度、知らない内に買い物カゴに高いお菓子を紛れさせてやろう」


 ――って、違うでしょ!? と、ゆかちゃんがノリツッコみ。

 んー、スタンダードな感じではないかな。

 ノリツッこみってこんなんだったっけ?


 あと、ゆかちゃんの報復が小さ過ぎる。

 結果が雀の涙だよ。


「私が来た事に関して! 

 今の、超危なかった危機に関して! 

 バニーさんの登場に関して!」


「わー、びっくりー」

「棒だー!」


 ボーダー? 格好良さそうな横文字使うなんて、ゆかちゃんらしい。

 変わってないなあ。

 隣にいてくれるだけで、かなりほっとしている自分がいる。


「どうしようバニーさん、こねぎちゃん、まったくもってのん気だよ!」


「いや、いいんじゃないの……? 

 錯乱してても困るし。それに相手の死神、大して強くないでしょ」


 バニー服を着たお姉さんの言葉が気になった。

 大して強くない? どうして、そう思うの?


「私ちゃんの方が絶対強いし」


 あ、うん。

 参考にならないタイプの答えだった。

 ゆかちゃんの連れだし、そんなもんかな。


「……私を巻き込みながらバニーさんがバカにされたような……」

「なんでそこにゆかちゃんが気づいちゃうのかな……?」


 普通、バカにされた方が気づくんじゃ? 

 本人のバニーさんはあっけらかんと。


 しかし、しっかりと見ていたようで、


「はいはーい、お嬢ちゃん二名、こっち来てー」


 と、わたしとゆかちゃんを抱えて飛び上がる。

 ふわっと、内臓が浮き上がった感覚。

 冷や汗がどっと出た。


 ――ガチン、と金属の衝突音がした後、建物が一つ、倒壊した。

 倒れたのは一つでも、被害を受けた建物は多く、密集しているからこそ起きた悲劇だった。

 怪我人は、いませんように。


 もしもあそこにまだいたら、わたしたちは巻き込まれていた。

 だからよく見てるなあ、と、このバニーさん、只者ではない感じだ。


「私ちゃんは死神よ。

 ゆかちゃんの従僕になった、ね。

 こんな姿でも犬なんですよ、わんわん」


「バニーなのに犬だって? ……あ、うん」

「バニーさん、すべってるんだけど……、恥ずかしいよ」


 うちの死神がごめんね、とゆかちゃんが謝った。

 ゆかちゃん、なぜか、たじたじ。


 身内が自分の秘密をばらさないか心配している感じもする。

 身内……、ゆかちゃんからしたらそうなのかもしれない。

 死神と、人間――パートナーなのだ。


 わたしはあのガスマスクと仲良くなれる自信がないよ……。

 文面はライトだけど。

 ひょいひょいと裏切りそう。

 色々と身軽な男だし。


 意外と切れるってところは、まあ驚いた。


「ま、向こうが切れるってよりは、こねぎっちが気を抜き過ぎってのもあるけど。

 数ある予測をしていれば、分かったはずだと思うよ。

 けど、そういうたらればを言わせないから、初見殺しなんだけどね」


「ほんと、たらればだね」


 今更だ。

 あ、今更で思い出したけど……、


「よくわたしがあそこにいるって分かったね、ゆかちゃん」


「ん。だってショーの最中に、肩を落として歩くこねぎちゃんを見たからね。

 すぐに行きたかったんだけど、ほら、あいつらがいたし」


 お客さんをあいつらって呼んじゃダメだよ。


「あの野郎」


 酷くなってんじゃん。

 金の亡者なのは認めるけど、奥様軍団。

 タイムセール時は鬼畜だよ。


「仕方ないから巻いて終わらせた。

 いつもよりも短く終わってブーイングだったけど、知ったこっちゃないね」


「んん? あの人たちの事をセコイとか言えなくなったけど?」


 正当な理由でお金を払わなかったんじゃ……ほぼ職務放棄じゃん。

 ゆかちゃんが悪いよ。


 でも、助けてもらったのは事実だし、悪くも言えない。

 わたしのために終わらせたようなものだし。


「で、すぐさま駆けつけてみれば、なんだかヤバそうな立方体を頭に被ってるから、とにかく回避を優先。バニーさんに、『トーキックで!』って言ってね」


「残りコンマうん秒の間に余裕があるよね……」


 しかもトーキックって。

 バニー服のお姉さんの履く靴って先っぽが鋭いから、打撃というか刺突みたいな感じだったんだよね……どうするのよ、女としての価値が無くなったら。


「その時は、まあ」


 にっこり、愛想笑い。


「アドバイスがないじゃん……」


 いいもん。

 わたしにはお父さんがいるし。



「で、これはどこに向かってるの?」


 加えて、なんの疑問もなく流していたけど、もう無理だった。

 聞かなきゃ気が済まない。


 普通に飛んでる。

 羽ばたかないで、すぅっと浮いて、すいっと横移動。

 死神って、でも幽霊みたいなものだし。

 浮遊なんてのはおちゃのこさいさいなのかもしれない。


「ちょっと待ってね。後少しで答えが出そうなの――勝利のための第一歩。

 こねぎっちの死神を、引きずり出す方法を」

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