第28話 死神・カウントダウン・ハイパー その2
そして。
辿り着いたのは駅だった。
人の多い、戦場にしたくない場所だ。
すぐに場所を変えて欲しいと言ったが、町である以上、被害が出るのは仕方ない。
だからできるだけ被害が少なくなる場所をお願いしたんだけど、ここにするのだと言った。
バニー服のお姉さん、縮めてバニーさん。
どうやら、ここでなくちゃいけないらしい。
「木を隠すなら森の中。人を隠すなら?」
人混みの中……? と言っても、通勤ラッシュみたいに混み混みってわけでもない。
この駅は比較的、乗降者が少ない駅なんだから。
「案外、服装を変えたらばれないものなのよ。ゆかちー、たくさんある服を!」
「あいあいさー!」
ゆかちゃんが敬礼して荷物を漁る……力関係はそれでいいのか?
役作り、つまりは演技なのだろうけど、ゆかちゃんがノリノリなら、いいんだろう。
何種類か、服を渡された。
ゆかちゃんの匂いがする。
「嗅ぐな!」
と、怒られたので自粛。
まあ、着たらその匂いを纏うわけで。
……うわ、今の文面は気持ち悪いな。
思いながら着替える。
ちゃんと綺麗な女子トイレで着替えました。
ゆかちゃんはお得意の早着替えで更衣室いらずだったけど。
で、これでどうするの?
「あとは待つだけ。死神……えっと、なんだっけ?」
「カウントダウン・ハイパー、って言ってたよ」
「長い、鬱陶しい」
名前なのに鬱陶しいって……。
バニーさんは、
「マスクマンでいいよ」
原型が消えた……、
まあ、わたしもガスマスクって呼んじゃってるし、変わりはないか。
じゃあ、マスクマンで。
「そのマスクマンを誘き出すの?」
「そーゆーこと。こねぎっちに聞いた能力の感じからしたら、この手が使えると思うの」
ちなみに、移動の際にマスクマンの能力を全て明かしておいた。
言われた事をそのまま、横着してメッセージを直接見せた。
納得したバニーさんはそれから、駅に進路を変更させたのだ。
「目視しなければ罠を張れない。罠を張るためにはこねぎっちを見つけておかなければ意味がない。予測するにしてもね――別のところに仕掛けても意味ないし。
設置できるのは一つみたいだってのも分かったよ」
「え? なんで、一つって……」
いや、確かに二つ以上、出しているシーンはなかったけど。
「隠している可能性も考えられるけど、それはないね。言わなくちゃいけないから、そういう細かいところも。それが私ちゃん達、死神のルール。平等性の厳守ってやつ。ただ、あっちも知らない能力なら、言わなくても問題にはならない。ようは、隠し事をしてはいけないわけ」
知らないなんてあるわけないけど、と小バカにしたように笑うバニーさん。
ゆかちゃん、そっくり。
それにしても、嘘をつく事もできない。
それが分かっただけでも、かなり楽になった。
文面上ふざけていても、嘘偽りはないわけか。
全てが、真実なわけで。
「んー、でも、設置できるのは一つだけ、とも言ってなかったし……」
「二つ以上仕掛ける事ができると言わないのなら、一つだけって事になるでしょ。
いちいち言わないわよ。そういうのは察しなくちゃダメ」
そこは死神の性格よね、とバニーさんが言うと、
「バニーさんは絶対に言わなさそう」
「言わないわよ、面倒臭い。ゆかちーもそうでしょ」
「まったく同意」
ぱちーん、とハイタッチする二人。
仲が良すぎる。
まるで姉妹だ。
ちょっとだけ嫉妬する。
ゆかちゃんが、取られたみたいで。
私もゆかちゃんが好き過ぎるなあ、もう。
「じゃあ、細かい計画とかはもうあったりするの?」
「そうね、死神は幽霊とは違って、物質透過ができるわけじゃないの」
それは、さっきも本人が言ってたから、知ってたけど。
でも、だからと言ってそれが勝利の鍵になるとは……。
「思えない?」
「……もしかして」
駅に来たのは、そういう――。
わたしの思い描いたその勝利方法に、バニーさんがにっこりと笑った。
なるほど、しっくりきた。
しかしそれをまず思い浮かべるバニーさんが、ちょっと恐い。
「勘違いして欲しくないわけじゃないけど、わたしはゆかちーの深層心理を映し出す。
つまり、究極的に突き詰めちゃえば、この案はゆかちーの案とも言える」
「?」
と首を傾げるゆかちゃんを見る……、
本人は、きょとんと、計画の詳細を分かっていなさそうだった。
でも、確かに。
――ゆかちゃんが思いつきそうと言えば、その通りだ。
ワンピースが好きだよねえ、ゆかちゃんも、わたしも。
不本意だけど、美少女モードになったわたしは駅のホームで麦わら帽子を被って列車を待つ。
乗る気はない。
この町から出る気なんてない。
今に限らずこれからも。
ここがわたしのホームなんだから。
……ゆかちゃんもバニーさんも、どこかで見てるって言ってたけど……、
あれ? 全然見つけられないな……。
あんまりきょろきょろしてると不審に映ってしまうため、わたしも行動を自粛する。
視線だけを動かしても草食動物じゃないので前方、扇状の形の視界までしか見えない。
黄色い線の内側、先頭に立つわたしの後ろに列はない。
この場所にはわたしだけ。
まあ、空いてるし、いちいち並ぶ人もいないか。
ちらほらと、隣に人がいるからまったくいないってわけでもない。
……人を隠すなら、人混みの中。
人混みじゃないけど、仕方ないか。
結果を考えたら、人混みでなくともいいわけだ。
ただ、分かっていても恐いものは恐い。
いつも通り、普通にしていて、と言われたけど、それがどれだけ大変か……。
緊張して汗も出てきたし、慣れない服装のせいで落ち着かない。
そわそわ。
下着が透けていないか超気になる。
ファッションの興味はなくとも、恥じらいはあるわけで。
薄手のワンピースなので不安だ。
汗で湿っていなくとも、直視すれば見えるのではないか……なんて。
そんな事を考えていたら――、
来た。
足音。
黄色い線の上側をわざわざ歩く、武装済みの怪しい男。
しゅこー、しゅこー、と継続的に聞こえる。
やがて近づいてくる黒い人影は、わたしの前を通り過ぎて行く。
ほっ、ばれなかった……?
人が変わったようなわたしの変装術は死神でさえも騙すのか。
ギャップの勝利と言うのかこれは。
なんにせよ、ほっと息をついた。
「!?」
ぴこんっ、という電子音にわたしは体をびくつかせる。
しまった……!
携帯端末……、電源を切っていなかった!
誰も言わなかったとは言え、気づくべきだったのに!
ぐりん、と、マスクマンが頭部をわたしに向ける。
振り向いた彼の体は反らされており、異常な体の柔らかさだ。
後ろを向いてなお、前面が半分以上も見えている。
反応してはダメと意識したけど、意味などなかった。
携帯端末の音は、マスクマンからのもの。
確認の作業。
単純に、見つからないからこそ打った手なのかもしれないけど。
『こねぎちゃん』
開いたメッセージにはそう書かれてあり、追加でぴこんと音がしたと思ったら、
『見ーつけた』
という、ホラー的な文面と共に、マスクマンの指先がわたしを示す。
どんっ! とわたしは咄嗟に相手を押し倒す。
しかし、力の弱いわたしじゃあ、すぐに反転されて、馬乗りされた。
くっ、その位置を、お前が一番最初にっ、取るなよ!
ぴこんっ、ぴこんっ、と通知の音が鳴るけど、わたしはどうしようもない。
落とした端末の画面を見る術を、わたしは持ち合わせていなかった。
周りの人の不安の目、奇異の視線がちくちくと痛いけど、どうでもいい些事だ。
時間を稼がないと、もっと痛い事になる。
痛みなんて感じないくらいだと思うが。
「早く、来て――」
通知の音が鳴る。
こいつ、めちゃくちゃ喋るな……。
なにを言ってるのか、わたしは知らないけど。
だから直接、喋ろって言ってるのに。
こういう時、意思疎通なんてできないんだから。
読唇しようにも、唇なんて見えない。
あるのかさえも怪しい。
読心は尚更できない。
人でない者の心なんて分からないよ。
人差し指、それがわたしのおでこをつんつんと突く。
景色が曇った感じになった。
あ、さっきもこの景色を見た気がする。
立方体の中だ。
薄く遮光されているのでそうだろうなと思った。
となると、残りは五秒。
こいっ、こいっ――お願い、来てぇ!
身動きできないように首を押さえられたわたしは、なにも喋れない。
悲鳴さえも上げられず、カウントを待つのみとなった。
どっちだ。
どっちが早い?
「こねぎっち、予定変更だ!」
バニーさんの声と同時に、自慢のトーキックがマスクマンの横っ腹を突き刺す。
わたしの上から飛ばされたマスクマンは、そのままホームから線路へ落ちた。
その程度でダメージになるとは思えないし、これで決着がつくとも思わない。
だから、もう一つ、詰めがある。
カウントが終わったわたしの顔の立方体は空気を圧縮する。
既にわたしは頭を抜いていたので無事だった。
今までで一番、ぎりぎりだったかもしれない。
そして、吊るされている電子版を見る。
なんだ、もう来るじゃん。
快速のくせに、遅いのよ。
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