第29話 決着までのカウントダウン
死神は、死神に憑かれている人以外には見えない。
わたしと、ゆかちゃん以外は認識しないため、線路の上にマスクマンがいたところで、人間社会は影響を受けない。
そのまま流れる。
緊急回避などするわけがない。
そこにはなにもないのだ。
通常運転で通過する。
そう、快速だから。
止まらないからトップスピードのまま。
しかも貨物を乗せて走る専用車で、一日に何本も走るわけじゃない。
このタイミングで快速なのも、頷ける。
なんて運が良いのか。
明日からが恐いよ。
これまでの見返りがきそうで。
気づいたマスクマンは慌ててホームに手をかけるが、遅い。
遅いっていうか、無駄。
バニーさんが、かけた指を蹴って、はずした。
マスクマンの腕が空中をかく。
「じゃあね、同種。――轢き潰されろ」
主張を抑えた鈍い音がし、マスクマンは列車の進行方向へ吹っ飛ばされていった。
……あっという間だった。
声をかける暇もなく、最後の表情さえも見えず――それはマスクだから、どうせ。
一般人は音さえも聞こえないらしく、死神一人が轢かれた事なんて知らない。
のん気に人生を謳歌しているはずだ。
膝が笑い、わたしは座り込んでしまう……あはは、立てないや。
くっくっく、と変な笑い方をしながら。
なんだかごっそりと、胸の中心がくり抜かれたような気がしていた。
喪失感。
そう、重荷がはずれた感じだけど、軽くなったからって、良いものだとは言えなかった。
なんで――、
「こねぎっち。最後の仕事があるよ」
バニーさんが手を差し伸べてくれた。
ゆかちゃんはなにをやってるんだか。
ここにきて不在とか、役目が分かってないよ。
「ああ、ゆかちーなら売店で買い物してるよ。なんか小腹が空いたんだって」
「一緒に轢かれちゃえば良かったのに」
惹かれているのはわたしの方だったけど。
まあ、熱は冷めてないようで、長い情熱だ。
「仕事って?」
「死神ルール」
バニーさんはチョキの形を作り、
「従僕にするか、殺すか。オア、チョイス」
吹き飛ばされたマスクマンはわたしの家に突っ込んでいた。
物質透過ができないというのがここでわたしに牙を剥くとは思わなかった……。
家が半壊している。
崩れた木材が家具を埋めていた。
細かな部品はしっちゃかめっちゃかにばらばらに。
業者さんもうんざりする荒れ方だ。
お父さんにどうやって説明しよう……。
知らない振りをして誤魔化してしまおうか。
そんな現実逃避をしながら半壊した家の中へ踏み込んだ。
積まれた木材の山の上を歩く。
バランスを取りながら、大の字で体半分を埋めていたマスクマンの元へ。
わたしの姿を確認したのだろうマスクマンから、ぴこんと通知。
『してやられたぜ、こねぎちゃん。くっ、ダメだな、体がまったく動かないって感じだ』
「にしては態度が軽いわね。轢かれたとは思えないよ」
そりゃ死神だからな、と再び通知。
バニーさんのように瞬間治癒ってわけでもないらしい。
そこは個人差があるのだろう。
それか、切断か打撲かの違いで、回復速度に差があるのかもしれない。
なんにせよ、今すぐに襲ってくるわけではない事は確かだ。
「まあ、いま襲ってきても勝機はないけど」
バニーさん、スタンバイ。
売店でチョコを買ったゆかちゃんは満足そうにそれを頬張っていた。
役立たずは後ろで待ってて、と優しく伝えておく。
しかし言葉に威力があったのでゆかちゃんはちょっとショックだったらしい。
「役立たず……」
とそこを復唱している。
勢いで言った言葉ではないから、その辺りはしっかりと噛みしめて欲しかった。
チョコ以外もね。
『しっかしまー、最初は気づかなかったぜ。そんな可愛らしい格好してるなんてさ。
作業服姿、あんなの詐欺の領域だぜ? 美少女が作業服を着るんじゃあねえって!』
「知るか」
端末に言い捨て、本体の体……、胸の中心を踏む。
上下関係を、はっきりさせるため。
勝者と敗者をきっちりと明確にするための、儀式みたいなものだった。
「あなたの負けよ、マスクマン」
『カウントダウン・ハイパーだ。俺の主ならしっかり覚えろ』
っと、そうだったそうだった。
しかし長いな……縮めて、と思ったけど、縮め方が分からない。
悩みに悩んだ結果、答えが出ないのでとりあえずは『マスクマン』って事にしておいた。
まあ、今後、呼ぶ機会がなくなる事態になるかもしれないけどね。
しかし、たったの数十秒の事でも、決めてあげるべきだろう。
名前。
大事にしているのは人間も死神も変わらない。
『恥ずかしい名前にされるくらいなら、マスクマンでいいよもう……。
個人的にはガスマスクの方が響きが格好良くて好きだけどな』
「そういう事なら、尚更マスクマンね」
わざわざ喜ばせる必要性を感じない。
あっちが不満でちょうどいいのだ。
『敵にすると嫌な女だなー、こねぎちゃん』
「ゆかちゃんの前で言われても……わたしなんて
天才がいる目の前で達人と言われても、嫌味としか思えない。
ともかく――もういい加減、喋って!
タイミングが一拍遅れてやりづらいにも程がある。
しかし改善は無理なようで、わたしはこれから先、これに付き合っていかなくちゃならないのか……。
バニーさんよりは、マシかな。
どんな状況でも話しかけられてるゆかちゃんを見たら、物理的に無視できるメッセージのやり取りというのは、いいかもしれない。
わたしとマスクマン、専用のコミュニケーションツール。
『ふっ、嫌な女ってか、酷い女だ』
「なんとでも。それで、こんな状況でまだ勝ち目があると? 回復したところで無理でしょ。どうするの? 続けるなら、これ以上のダメージを与える手段を、わたしは持ってるけど」
すると、バニーさんが口を挟む。
「あんまり私ちゃんをあてにしないでね……」
言われてショックだった。
バニーさんがほとんどを占めていたのに……。
攻撃手段が消えた、わけではないけど、大幅戦力ダウン。
まずい、やばい、と焦っていたら、マスクマンが白状する。
粘るつもりなんて、なかったと言ったけど、さあ、どうだろうね。
『こうなったら仕方ない。諦めるしかないか。
俺の負けだ。それで、どうするつもりなんだ?』
「どうするって……」
『従僕にするか、殺すか』
死神ルール。
マスクマンは自由になりたくて、勝負を仕掛けてきた。
でも、こうして負けてしまった以上、自由は永久剥奪される。
取り戻せないのだ、絶対に。
でも、疑似的なものなら、わたしにだって味わわせてあげる事ができるわけで。
「じゃあ、従僕にする。
……わたしの一言であなたが死んだら眠りづらいし、朝、起きづらいでしょ」
『眠りづらいと言いながらしっかりと寝るわけか……いいけどさ』
そして、マスクマンは恐る恐る、
『……いいのか?』
「いいの。あとになって後悔するのはごめんだから」
積まれた木材をどかしていき、
マスクマンを拘束する最後の一つを取り除いて、彼は立ち上がる。
ぱっぱ、と埃と木くずを払い落し、わたしの前に跪いた。
びっくりしてわたしは一歩下がるけど、しっかりとついてくる。
膝を引きずりながら、わたしを追う。
従僕って、こんな感じなの?
従僕と言うか、下僕と言うか、奴隷って言うか……、
わたしの好感度がひたすら下がっていきそう。
『今更いるわけ?』
「よく考えたらいらないかも。お父さんとゆかちゃんがいればそれでいいや」
『狭い交友関係だな』
「その分、深くなってるから。それでわたしはじゅうぶんなの」
ふーん、とそれだけをメッセージで飛ばしてくる。
それは言わなくとも雰囲気で態度が分かるよ。
いちいち報告しなくても。
『従僕になった以上は、尽すよ。どこにいようとも駆けつけて、あなたが途中でなにかの間違いで死なないように、俺が守るよ。それが死神の、役目だから』
嬉しい、けどさ。
そのセリフは、まずお父さんに言われたかったなあ、と。
これが恋する女の子のリアルなのだった。
まあ実際は。
誰にも言わないけど、バニーさんという死神を持つゆかちゃんと同じステージに立ち、なにかの助けになればいいなと思って、マスクマンを従僕にしたのだ。
ゆかちゃんには、絶対に言えない。
言えば調子に乗るから。
あと、恥ずかしいから。
『俺には筒抜けだがな』
「…………」
厄介なものを抱え込んだと、わたしはこの時、理解したのだった。
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