第30話 徘徊するどこの牛の骨

「よし! 半壊した家を直そうか」

「えー、いいよお、このままでも全然風情があるしー」


「他人事だからって……!」


 他人事なんだけどさ! 

 ゆかちゃん、一時でもこの家で住んでたよね、愛着とかないのかな……。

 あと、泊めてあげたんだからちょっとは手伝おうよ。


 大工さんみたいに直せとは言わないけど、買い出しくらいは行ってくれてもいいじゃん。


「こねぎちゃんが行ってきてよ、私はここにいるから」

「即座に楽な位置を見つけるところはさすがだよね」


 嗅覚が人のそれじゃないみたい。

 犬か。


 バニーさんが言っていたように、

 深層心理がバニーでありながら犬なのか、わんわん。


 売店で買ったお菓子を抱えて、もぐもぐと咀嚼してる姿は愛らしいけど、心配。

 バニーであり犬であり、豚にならなければいいけど……、

 と考えただけなのに、ギラッと睨まれたのですぐさま退散。


 ……悪意に敏感だなあ。

 いや、わたしも悪口で言ったわけじゃないんだけど。

 素直に心配しただけ。


 ま、ゆかちゃんは口がよく動くから、運動量が摂取量を越えるのかもしれない。

 で、最終的には体型は元通りになるのだろう。

 もしも増えていれば、ゆかちゃんは必死に戻しそうではある。


 そういうところには努力を惜しまなそうだ。



 さて、わたしは買い出しのために商店街へ足を運ぶ。

 ゆかちゃんじゃないけど、食糧は必要だ。

 家の中の冷蔵庫は開き、中身はぶちまけられ、木材に押し潰されていた。

 木くずもかかって、さすがにスパイスとしては許容できない。

 あんなの体の内側を破壊する凶器だ。


 お父さんが帰ってきた時、夕飯がないのは可哀想過ぎるので、それだけは確保しないと。

 家にも携帯食品くらいはあっただろうけど、味気ないし、お湯を沸かせないので、お弁当的なものを買わないと。

 こうなると、どうせゆかちゃんには任せられなかったな、と思う。


 この配役は当然だったのかな。

 まったく、楽ができる運命なんだなあ、ゆかちゃんは。


 ずるっこいよ。


『こねぎちゃん』


「なによ、うるさい。わたし、無口な人には強気でいけるのよ」


『それはそれで最低ではあるが、そんな事じゃねえよ、前だ』


 はあ? と返すと、


『前だこねぎ!』


 いきなり呼び捨てにされて、かっちーん、とくるも、わたしを覆う影で気づく。

 目の前には人がいたらしい……。

 いや、これは、これを人と呼んで、いいの……?


 牛の骨。

 体を隠す黒いマント。

 背中は四角く出っ張っていて、なにかを背負っているような。


 嫌なイメージが湧いて出てくる。

 まるで、あれは棺桶だ。

 実際は違うかもしれないけど、形と大きさがまさにそれを連想する。


 カタカタ、と牛の骨の口が動いた。

 わたしに向かって伸びてきた白い指。

 というか、骨だ。


『こねぎ!? なにしてんだ、逃げろ!』


 じゃあ出てきてよ! 

 と思ったけど、まださっきのダメージが回復できていないらしく、ゆっくりと這い出てくる事しかマスクマンはできなかった。

 守るって、言ったのに……嘘つき!


『ごめん』


「いやだ……そんなつもりで言ったんじゃないの、今のは本音が出ちゃって……」


『フォローになってねえ』


 そ、そっか、本音じゃあ、本当にそう思ってる事だもんね。

 嘘つきってのは、言葉の綾って言うか、思わず出ちゃったって言うか、ほら、ゆかちゃんに向かって言う、ツッこみというか、注意というか、そんなもんなんだよ!


『そっか。こねぎちゃん、結構俺のこと好きだったりすんの?』

「殴られたいのか」


 今のは本音だ。

 殴る準備は万端だった。

 いつでもいける。


『言葉の綾だっつの! ほんと、油断も隙もねえな。

 なんで俺の時だけなんだよ。今、まさに油断だらけで隙ばっかなのに』


「え?」

 と思わず声が出た。


 骨の指がわたしの肩を押す。

 とん、と優しく。

 その衝撃に萎縮してしまったけど、結局、それに意味はなかったらしい。

 なにかをされた、と、意識を割くのが目的で。


 それに隠された目的がある。

 牛の骨は、羽織っているマントをはためかせ、わたしを包み込んだ。

 お父さんがしてくれたらきっとわたしは昇天しちゃうだろう格好いい仕草だった。

 でも、やったのは牛の骨なので、奇妙でしかなかった。


 視界は閉じられる。

 暗闇の世界。

 なにも見えない中で、わたしは無数の手に引っ張られた。


「うあっ――」



 ゆかちゃん……、ゆかちゃんゆかちゃんゆかちゃん!


 ――ゆか! 絶対に、来ちゃダメだからね!


 わたしの意思がマスクマンと共有されているのなら、置き土産は上手くできたはず。


 傲慢だけど、わたしはこういう女だっていうことを、ゆかに教えてあげる!

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