第3戦 レジェンダリー・ボックス【ゆかぽん】

第31話 仇討ちは遠回りをして

「こねぎ、ちゃん……?」


 こねぎちゃんが消えた……?

 綺麗さっぱりと、痕跡も残さず。


 私も、さすがに申し訳ないなあ、と思う気持ちがあって、買い物に出かけたこねぎちゃんを追ってきたのだ。

 きりがいいところまでお菓子を食べて……、

 そこをもう少し、早く食べ終わっていれば。

 こねぎちゃんを、助ける事ができたかもしれないのに……。


 恨むぞ私にお金を払わせたお菓子ども! 

 新しい味なんて出しやがって、しかも期間限定とか、そりゃ買っちゃうでしょ! 

 ぶくぶくぶくぶく、太らせて楽しいのかねえ、まったく!


 だからこれはちょうどいい運動だった。

 怒りはそのまま運動能力へ変換されるのだから。


 見た事のある牛の骨……ふーん、そう。

 私の宝物に手を出したらどうなるか、知らないんだ。


「知るわけないでしょ、そりゃ」

「バニーさん、やるよ」


「やるよって、私ちゃんを巻き込む気満々ね。

 まあ、一蓮托生、道連れ人生、いいけどさ」


「あんなどこの馬の骨とも知れない奴に、

 こねぎちゃんを奪われるなんて、ムカつく!」


「牛の骨だけど」


 そんなツッコミも私には聞こえない。

 聞こえているけど、理解しない。

 味方の戯言には耳を傾けない!


「……まあ、これがゆかちーだし」


 本領発揮じゃん、とバニーさんはなんだか嘲笑的な溜息を吐く。

 ……気になるなあ、もう。


「それはそうと――」


「え? データ管理の時に検索性を向上させる機能の事?」

「それはソート」


 いや、本当にそれはそうとさ、とバニーさんは続ける。


「こねぎっちが奪われたって……攫われたってなんで分かってるの?」

「分かってないよ」


 脊髄反射の返事にバニーさんは、うげえ、と顔をしかめる。

 でも、なんとなくそう思ったからそう言っただけ。


 殺された、わけじゃないと思う。

 私が見た光景は、途中からだったけど、殺された、と言うには程遠い。


 あれは攫われた、がしっくりくるのだ。


「バニーさん、あのどこの馬の骨とも知れない牛の骨は死神でしょ?」

「馬の骨ってワード、気に入ってるんだね……ええ、死神よ。私ちゃんには分かる」


 なぜって? 

 だって死神だから。

 ――なんて、そんな滅多にしない言い回しを使う。


 なにかを模索している最中だったりして。

 ともかく、あの馬の骨……間違えた、牛の骨が死神で、ああして人を攫う事ができたのならば、納得できてしまう事がある。


「連続殺人事件――この町に潜む大量殺人犯」

「ああ、なんか貼り紙があったね。潜んでる割にはのほほんとした町よね」


「情報規制で色々……ん? って、これはバニーさんは知ってるはずなんじゃ?」

「んー、たぶんゆかちーがそれを知った時は、私ちゃんはゆかちーの中にはいなかったんじゃないかな」


 なんか私の内と外を行き来してるけど、それはもう自由と呼べるのでは?

 死神が一番欲しいものを、従僕の状態で手に入れてるんだけど……。


「……勝手に出て行ってなにしてたわけ?」

「旧友に会いに」


 死神に旧友……いないでしょ、とは言わないけどさ。

 なーんか、嘘っぽい。

 バニーさんは嘘をつく時、瞬きが異常に多くなるから。


「え、嘘!?」

「嘘」


 してやったり顔を見せつけ――だから、それはどうでもよくて。


「あの名探偵……じゃないんだっけ? 迷探偵が言うには、情報を規制してるから、この町はのほほんとしているらしいけど……」


 犯人が死神なら、証拠はない。

 事件だって、あったかどうかさえ。


 どこでどう捻じれて大量殺人犯がこの町にいる、となったのかは知らないけど、不安定な、ただ結果だけが先行している状況で誰かがそれを言えば、噂として広まるのも無理はない。


 事件が続けば尚更だ。

 確かに、殺された、という明確な情報は聞かない。

 血が残っているとかもないし、凶器も発見されてない。

 殺害されたらしい人たちの死体も、持ち物も、痕跡もないのだから。


 あ、いや、一つあるのか。


「――目撃証言」


 ――黒いマントの男が、女の人を抱えて連れて行った。

 ――黒いマントの男の顔は、白っぽく、骨の被り物をしていた……、


 というのは、八百屋のおばちゃんの証言だ。


 ばっちり。

 いま目の前にいる牛の骨と合致する。

 もうこいつしかいねえってくらいに。


 でもやっぱり、明確に殺された、という証拠も証言も目撃者もいない。

 噂だけが酷く膨れ上がっているわけで。

 事件に進展がないと、情報は上書きされない。


 まあ、なさ過ぎて緊張感もなくなっちゃったわけだけど。

 だからのほほんと、平和的。


 だって殺人事件なんて起こっていないんだから。

 全部が全部、ただの誘拐事件。

 それでも大事件だけど。


「どう? 迷探偵よりも、ミス・クエスチョンの方が冴えてるよね!」

「いや、思い切り、手に持ってる携帯端末を見てるけどさ、それはなんなの?」


 なんなのと言われれば、まあ、こねぎちゃんの物と言うしかないけど。

 メッセージ機能。

 そこに表示されてあったのは、いま私が言った推理そのままなわけで。


 いや、さも当然のように私が解きましたよみたいな感じを出したけど、実を言うとこねぎちゃんの手柄なんだよね、てへ!


 でもこねぎちゃん、攫われてるし、今なら全部持っていけるんだよね、これが!


「酷い形の漁夫の利だ……」


 死んだ人の所有物を持っていったところで、怒られないし。


「こねぎっちは死んでないし。多分、身内に怒られるんじゃないかな……」


 分かんないけど。

 バニーさんは、無知だった。

 私も知らないけど。


 無知にあやかって、私からも一つ質問。


「……死神と死神が戦う理由って、あるの?」


「ないよ。だってめんどい。戦うの嫌いだし。

 ……違うパターンとして、

 人間の武器として存在している死神なら、戦う理由は人間の方にあるでしょ」


 戦う理由。

 私は、こねぎちゃんを助けるため。

 でも、こねぎちゃんが残したメッセージを見たら、ここでぶつかるのは違う気がする。


 万が一、私がここでやられて、こねぎちゃん同様に攫われてしまえば……、

 繋がれていた情報はそこで途切れる。


 そういうギャンブルこそ、私たちって感じがするけど。

 こねぎちゃんのお願いなら、聞かないわけにはいかない。


「さり気なく呼び捨てにされてるんだよねえ」

「いいじゃない、友達みたいで」


 …………。

 友達かあ。

 こねぎちゃん、私の事、うざくなかったんだね。


 珍しい人もいたものだ。

 白状しちゃうと、性格の悪い私と一緒にいて不愉快にならない人はいないのに。

 なんなの、変態なの? マゾなの? 

 あ、そうか、ファザコンなんでしたっけ?


「なによ、ゆかちー。疑問なの? こねぎっちがゆかちーを好きな理由」


 好きって……まあ、百合じゃないだろうし。


「分かんないよそんなの」


「性格が悪いから」


 私はむっとしたけど、的を射ているからなあ。


「つまり似た者同士ってわけ」


「なるほどねえ。同族嫌悪って?」


「思い切り嫌いって字が入ってるのに……。

 間違えようがないでしょ。

 でも、傷の舐め合いともまた違う。

 ……理由を無理やりつけたいわけ? 

 なら言うけどさ、利用価値、とかなんじゃない?」


「うっわー、バニーさんも酷い事を言うね」


「でも、そういう関係も、友達って言うじゃん。そこから本当の友達になるのか、道具として終わるのかは、ゆかちー達、個人個人で決める事でしょ?」


 そうだけど……。

 こねぎちゃんは友達だ。

 それははっきりしてる。


 そうだね、私の中では、利用価値があるだけの人の形をした道具よりは上にあるね。

 うん、そっか、親友だ。


 奇術師仲間とは違う、プライベートな友達。

 こねぎちゃんが、初めてだ。


「親友ならしょうがない。言う事は聞くべきだね」

「こねぎっちはなんて?」


 携帯端末を覗き込んでくるバニーさん。

 良い匂い……、鎖骨が芸術品みたいだった。


「マニアック」

「人と変わっていたいの」


 立ち止まっていたくないから。

 でも、鎖骨好きは別に少数ってわけじゃないでしょ。

 肩とか出している人は色っぽいよね。


「ん! こねぎっちの、言い分は!?」


 はいはい、と私はこねぎちゃんの命令というか、もはや脅迫のような文章を見せる。



『お父さんを守れ』


 案じる命は自分でも私でもなく、父親。

 さすがファザコン。

 そして、これを言われて、もしもお父様に怪我でもさせてしまったら――、

 一生恨まれ、たたられそうだ。


 こねぎちゃん、お願いだから死なないでよね……。

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