第32話 困った時の迷探偵

「お前、俺が死神に憑かれてなかったらどうするつもりだったんだよ……」

「そりゃ巻き込むよ? 訳も分からずに事件の中心地点に放り投げるよ?」


 事件と名のつくものならひいきをするな。

 あんたは名探偵ではなく、迷探偵でしょう。


「……それもそうだ。迷探偵が逃げてちゃ、ダメだよな」

「乗せられないでください。この女の言う事には企みしかありませんから」


 ちっ、と舌打ちはしてないけど、そんな気持ちだった。

 迷探偵の助手役である金髪のお姉さんは、渋々といった様子でお茶を出してくれた。

 ……口をつけるのが恐い。

 まさか、毒でも盛ってあったりして。


「盛ってませんよ。毒は吐くものでしょう」

「吐くものではないよ」


 少なくとも。

 吐いちゃダメとは言わない。

 否定しちゃうと私だって禁止になっちゃうし。

 毒は吐くものじゃないけど、吐けないものでもないのだ。



 メインストリート。

 ひっそりと建っていた三階建てのおんぼろビル……、その三階フロアにあった探偵事務所。


『迷探偵』と書かれてあったのですぐに分かった。

 自己主張の激しい、あいつの事務所だ。

 いやはや、分かりやすっ。


「まあ、一応、依頼者って事で招くけどよ、どうして欲しいわけ? 

 俺は確かに死神っていう存在は知ってる。何度か解決した事もあるしな。

 で、お前の情報を聞いた上で、なにをさせたいわけ?」


 殺人事件を阻止したいわけじゃないんだろ? と失礼な事を言う。

 解決させたいに決まってるじゃん。

 今も町の人たちのみんなは、夜、必要以上に毛布を被っていると言うのに。


「眠れないわけじゃないんだな」

「ぐっすりだと思うよ」


 私から言っておいてなんだけど、殺人事件が起きた事なんてすっかり忘れてるでしょう。

 それくらい話題になっていないし、殺害されたと思わしき(実際は攫われた)人たちが行方不明になっても、気にしている人はほとんどいない。


 里帰りとか、一人旅とか、家出とか。

 大したことない理由をつけて完結してる。

 田舎町なのでそういったところには寛容で、心が広すぎてそれはもはや無関心じゃない? 

 と、疑うレベルだ。


 来るもの招き、出てく者を促す。

 促すは言い過ぎかな。

 でも、拒まないというのは本当だ。


 自由なんだよなあ、町の人たちみんな。

 私はとても住みやすいけども。


「事件は解決したいよ。まあ、それはついでだけどさ。

 本当の目的を達成させたら、自動で解決してると思う」


 なにせ、犯人がいなくなるわけだから。


「こねぎちゃんを救い出す。あと、あの牛の骨をギッタンギッタンにしてやるの!」


「あーそう」

 お茶を、ずずず、と飲みながらのんびりしている。

 迷探偵はやる気がなかった。


「依頼者の前でなんていう態度をしてるのよ。接客業でしょうが。ちゃんとやれ!」


「じゃあ言うけどよお、依頼者って事はもちろん、報酬はあるんだろ? 無償でやれってんなら降りるぜ。こっちもこっちで事件解決のために動いてるんだ、お前のくだらない遊びに付き合ってる暇なんてねえの」


「くだらないとはなんだ!」


「遊びも否定しろ」


 娯楽気分で死神を敵に回すなよ、と呆れ顔の迷探偵。

 しっかし、さっきから迷探偵って呼ぶのめんどうだな……、

 名探偵と言いそうになるんだよね。

 同じようでいて、違うのだ。


 こちらを迷わせるとは、やるな迷探偵。

 無意識に心を乱すとは……。


 迷探偵は不本意そうだ。


「本当に、遊びじゃないよ。こねぎちゃんを助けたいのは本当。

 あの馬の骨の事、知らないからこそ恐いの。

 このまま、こねぎちゃんが、攫われた先でどうにかなっちゃうんじゃないかって……」


「牛の骨な」


 ああ、そうだった。

 もー、ややこしい。

 いっその事、あれはもう馬でいいんじゃないの?


「じゃあお前が鹿で、並べば完成するじゃん」


 ……? 


 言葉が見つからなかったので仕方なくスルー。


 訳わかんないこと言わないでよ、まったく。

 こんなところで遊んでる場合じゃないの。


「――あッ! もしかして馬鹿って意味なの!?」

「遅い。馬鹿だ、馬鹿がいるぞ」


 煽り耐性の低い私は一瞬でかっちーんからぶちり、と。

 ソファから立ち上がり、テーブルに足を乗せようとした瞬間、


 向けられたフォークが私の首に突き刺されようとしていた。

 手を追っていけば、金髪お姉さん。

 ……死神より恐いんだけど。


 頸動脈を的確に、容赦なく突き刺せる精神力を持ってるって知ってるから、尚更。

 この女に武器を持たせちゃダメだ。


「武器がなければ関節技で破壊しますが」

「遠慮してください」


 私じゃなく、あんたが遠慮して。

 反撃への沸点が低過ぎるって。

 誤射ばっかじゃん。


 恐怖で震える手でお茶を飲む。

 かたかた、と揺れる容器から液体が零れた。

 テーブルを濡らす。

 すかさず金髪お姉さんはそれをタオルで拭き取った。

 こういうところはできる女なんだ……。


 なんで手加減ができないのよ……。


「人によってはできます」

「あー、うん。私じゃないんだね」


 敵認定されてるって事では? 

 否定できないか。

 私とこの二人は、味方ってわけでもないし。


 ――と、迷探偵が身を乗り出してくる。

 そろそろ、がまんの限界らしい。


「仕事の話をしよう」



「報酬の話だ」

「あーやだやだ。第一声がそれとか、がめついなあ」


 迷探偵が出口を指さすので私もふざけるのをやめた。

 冗談が通じない奴め。


「仕方ないなあ。私のヌードで手を打つよ」

「よくもまあ自信満々に言えたよな。お前のヌードなんか一銭も価値なんかねえよ」


「!? 一銭もって……ちょっとはあるでしょう!」


「知らねえけど、お前のファンならいくら出してもいいって思うんじゃねえの? 

 でも、俺はお前のファンじゃねえし、こっちの枢は、お前を敵だと思ってる」


「はい」

 頷かないでよ。

 一挙一動から目が離せない……。


「俺らにとってはまったく価値がない。つまり迷惑だ。きちんと金を支払え」

「私のヌードを、欲しい人に転売すれば儲けはかなりあると思うよ」


「お前はもうちょっと自分の体を大事にしろ。

 そうやすやすと売りつけるとかすんなって」


 ヌードなんだぞ、と言うけど、際どい水着で大事なところは見せないからいいの。

 メインは顔だし。

 体はあんまり映さない。

 顔を覚えてもらえば、そこから仕事がくるかもしれないしね。


「なんで自信満々なんだこいつは……枢の方が綺麗だろ」

「…………」


 ん? ぼそっと呟いた少年の言葉に、金髪お姉さんがちょっと顔を赤くした。

 ……ほーん、そういう関係、なのね。

 なるほど、いいおもちゃになりそうな予感。


「枢の方が可愛いし」

「ちょっ――なにを大きな声で言ってるんですか!」

「あ、隠す気ないのね」


 なんか、公認っぽいな……遊べる余地はなさそうだった。

 うー、つまんねー。

 まあいいや。


 ひゅーひゅーと煽るくらいはできそうだし、それはそれで楽しめる。


「うだうだ言ってないで、金を払えよゆかぽん」


「ぽんははずしなさい」


 なんで知ってるんだよ、と思ったけど、迷探偵であっても、探偵だし。

 調べる事くらいは簡単なのだろう。


 町の人、全員の情報を知っていてもおかしくない。

 こっちはこっちで恐いなー。

 お姉さんとは違うタイプで、プライバシーを攻められてる。


 鬼の巣窟にわざわざ来ちゃったかもしれない。

 しかし味方につければ鬼に金棒だ。

 鬼が金棒みたいな力を持ってるようなもんだけど。


「はいはい、はいはい――分かりました! お金は払いますよ、ったく!」

「力を貸してくれとお願いしたのはお前なんだけどなあ……」


 お金が絡むと本当にぎくしゃくする。

 人間、左右されやすいからね。

 そのくせ、お金の金額は互いに上下を気にするし……あー、やだやだ。


 ボランティアでやってくれないもんかね。


「じゃあお前は無償でするのかよ」

「しないよ、絶対」

「言い切りやがった……」


 まあ、だろうな、と彼は納得していた。


 私を動かしたければお金を払え。

 じゃないと私は生きていけない。


 お金と言うからいやらしく聞こえるわけで、

 じゃあ生活費をくれと言えば、必死さが伝わるんじゃない?


 今日も明日も不安なの。

 無償で誰かを助けてる暇なんてないわけ。


「俺も生活費には困ってるんだ。悪いが、金額はこれ以上は下げられねえぞ」


「これ以上もなにも、下げてくれた試しがないんだけど……」


 いいよ、もう。

 払うから先へ進もう。

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