第33話 行動開始
「
と、少年が名乗った。
鳩ヶ島、ハトぽっぽ、くるっぽー、ぽっぽ……、
うーん、あんまり可愛い名前になっても癪なので、鳩ヶ島とそのまま呼ぶ事にした。
たまには堅い呼び名でもいいんじゃないかな。
テイストを変えるためにさ。
「私は枢です」
覚えなくても結構ですよ、とそんな自己紹介。
嫌でも覚えちゃいます……。
刻まれてるんだもの。
もう体が覚えてるよ。
見たら、聞いたら、条件反射で身構えちゃうくらい。
あんた私になにしたの?
暴力しか振るってないんじゃ……?
とまあ、自己紹介が難なく終わったので、
「攫われた人達のリスト、こっちで調べて作っておいた。
追加で、こねぎちゃん、だっけ? を書き込んでおくぞ」
リストの一番下に、こねぎちゃんの名前が増えた。
ふむ、中々多い。
見やすくまとめられているとは言え、紙一枚にびっしりと人物名が書き込まれていた。
この数がいなくなったのに、町の人たちは危機感がないなあ。
しかし元々、出入りの激しい町だ。
新顔もいれば、いつの間にか消えた者も多いわけで。
この町の特性が、危機感を出させてくれないのだろう。
それを狙っているのだとしたら、犯人は下準備万端じゃん。
……偶然だろうけどさ。
「ちなみにこのリスト、住民には渡してないよ。
だから尚更、危機感がないんだろうぜ」
「なんで見せないわけ?」
「パニックになられても困るし」
できるだけ平穏のまま解決したい、と鳩ヶ島。
難しいんじゃないかなー、と思ったけど、相手が死神なら可能かも。
一般人に見えないなら、騒ぎも見られるわけじゃない。
見られるのは私たちのおかしな行動だけだ。
「それはそれで嫌だなあ……」
後々の視線が地味にきつい。
まあ、その視線とたくさんの命、どっちが大切かと言われたら、そりゃ命だ。
命に代わるものは、ないのだし。
私には思いつかない。
「なにをするにしても、とにかく相手を見つけなくちゃいけねえぞ」
「死神と死神は引かれ合うとか、ないの?」
「私ちゃんはレーダーじゃないのよ」
と、バニーさんが私の隣に座っていた。
いつの間に……まさに今らしいけど。
バニーさんを頼ったら、これだ。
めんどうくさがりめ。
「はあーい、初めまして、ギャンブル・バニースターでーす。よろしくね、二人とも」
「ああ……よろしく。ちなみに枢は見えてないぞ。死神に憑かれてないからな」
「え? そうなの?」
はい、と枢さんが頷く。
へえ、じゃあ部外者なんじゃ……。
この作戦に参加できないよねえ?
「死神が見えなくとも、それ以外の事はできるだろ。
この情報を調べてまとめてくれたのは枢なんだぞ」
「片手間で作りました」
「暇潰し感覚じゃん」
でも綺麗にまとめられており、手抜きは感じられない。
感じないように手を抜いて作ってるのかもしれないけど、なんにせよできる女だった。
助手の能力が探偵を越えちゃってるパターンだこれ。
巻き返すなら推理パートしかないよ!?
「うるさいな……とにかくだ。ゆかぽん」
「私の本名を呼ぶんじゃないよ!」
しかし、ここまで否定しても尚、本名で呼ばれるのは珍しい。
新感覚だ。
「いい加減慣れろよ……。お前は牛の骨を見つけてこい。
で、見つけたら絶対に挑まずに連絡を寄越せ。俺らもすぐその場に行く」
「それまで、あんたらはなにしてるわけ?」
「ちょいと調べもの……嘘じゃねえよ」
いや、疑ってはないけどさ……まあ、そういうことなら。
「――って、枢さんもくるんですか……?」
「ええ。なにか問題でも?」
ないです……心強いです、わーい。
はあ……、胃が痛い……。
「ゆかぽん」
あーもうっ、だからぁ!
「――絶対に挑むなよ。枢もいるんだからな。枢に怪我をさせるんじゃねえぞ」
「はいはい、分かった分かった。あんたはあんたで、年増好きなのね」
「誰が年増ですか」
ぐりぐり、と、こめかみが破砕するかと思った……。
痛いのは胃どころじゃない、あちこちだ。
あっという間に精神が摩耗する。
それにしても――、挑むなと言いながら、守れ、か。
それは戦えと言っているようなものなんじゃないの?
おんぼろビルから出て、広場へ向けて歩く私と枢さん。
ちょっと距離を離して……、微妙な間隔だ。
ちらちらと窺っているのは私だけで、枢さんはどこ吹く風。
「なんですか? というかちゃんと探してます?」
「探してますよ、探す事は得意中の得意ですから」
「でしょうね。自動販売機の釣銭口を見て回っていますものね」
「そんなはしたない事はしませんよ!」
それで見つけられたとしてもはした金でしょう……私も人目を気にします。
「人目がなければしますと言っているようにしか聞こえませんが……」
「枢さんは鳩ヶ島の事が好きなんですか?」
「……私の記憶、飛びましたか? 話題に接続性がないような気がしますが」
「話題が変わっただけですってば。
で、どうなんです?
乙女同士、こういう恋バナは盛り上がるじゃないですか」
「乙女ですか……ゲスの極みのくせに」
「確認してもいいかな。私になにか恨みでもあるわけ?」
ないですよ?
と、枢さんはきょとんとした顔で。
……ないのかよ。
あって欲しかった。
「ゲスの極みでも乙女です! 乙女に資格はいりませんから!」
「それもそうですね。人権はあなたにもきちんと適応されますからね」
それが社会の少ない良いところでもある。
「年齢的に、私はさすがに乙女ではありませんよ」
「いや、じゅうぶん乙女ですよ」
「……ぴっちぴちの十代に言われても皮肉にしか感じられませんね」
「まあ、確かにぴっちぴちという表現が既におばさん臭いですからね」
「おばさんではないでしょう。お姉さんです」
あ、そこは気にするのね。
少女でなくとも女性ではいたい、と。
複雑な二十代だなあ。
私もこうやって老いていくのかあ、やだなあ。
サンプルが目の前にあると尚更だ。
「乙女でも女性でも、恋バナは盛り上がりますよ。
言ってしまえば盛り上がる話題なんて恋バナくらいしかありませんし」
「……人の恋愛事情を知ってどうするんですか、まったく」
「知りたいだけですって。大体がそうですよ。口では好意的に共感しながら心の内では毒を吐く……自己満足とストレス発散も兼ねて、親睦を深めたという儀式みたいなもんでしょうね」
「それを聞いて一気にしたくなくなりましたよ」
まあ、私もしたいわけじゃない。
相手が枢さんでなければこんな話は振らなかっただろう。
しかし私は知りたくなってしまったのだ。
枢さんと迷探偵、なにやら深い関係がありそうだし。
こねぎちゃんとはできそうにないトークだ。
こねぎちゃんは、ほら、恋バナと言っても全部お父さんの話になるから。
惚気られても……、私のがまんも限界があるわけ。
その点、枢さんは惚気はしないだろう。
そういうタイプではない。
壁を張ってる……だから恋バナトークをしてくれるかは分からないんだけど。
言っている間に広場に着いてしまった。
だけどそのまま通り過ぎて、今度は商店街へ向かう。
今はひたすらこの町を見て回るしかない。
時間はまだまだあると思ったようで、枢さんは意外にも、
「いいでしょう」
「恋バナではないですけど、それっぽい事なら」
「ほうほう。……さっきから否定しませんけど、やっぱりあいつのこと好きなんですね」
「二択ならば、そうですね。嫌いじゃありません」
まったまたあ、ひねくれ者っ。
「あ、言っておきますけど、私は武器を帯刀しています」
……刀だ。
正体は絶対に刃物だ!
「話、続けてどうぞ」
「なぜこのタイミングでそれをカミングアウトしたの!?」
口が重い……迂闊に喋れないじゃん。
なんか、私から追い詰められにいってる気がする……。
中々、頭が切れる人だ。
だから帯刀ってわけじゃないんだろうけど。
「なにか、困るのなら別にいいけど……ただの世間話だし」
「そうですね。言い振らしたくはない内容です。あの子の許可も取っていませんし」
話に夢中になって仕事がおろそかになっても困りますよ、と今更な事を言う。
そんな事を言い出したら、喋りながらやったメインストリートと広場の観察なんて、完全に脇見だったんだけど……。
喋っててもまあ、あんな目立つ牛の骨くらい、すぐに分かるか。
――あれ? でもそうなると、枢さんは牛の骨が見えないんじゃ……、
観察する意味がないよね。
無駄な努力になっちゃってる。
「ああ、それならご心配なく。
死神に憑かれていませんし、見えませんが、気配は分かるものなんですよ」
へえー。
それは霊感があるとか、そういうことなのだろうか。
「どうでしょう。霊的なものには疎いですが。
気配を感じられるのは、護身術を習ってから、ですね。
背中に立たれるとイラッとします」
「……気を付けます」
反撃されたら敵わない。
不意を討とうが敵わないだろうけど。
幸いにも、ここまでずっと並列だったので私が襲われる事はなかった。
これからも後ろには立たないようにしようと決意を改める。
忘れてはならない教訓だ。
「なんとなく、気配で私は探しますから、あなたはその頼れる目で見つけてくださいね。
遺憾ですけど、頼れるのはあなたの方ですから」
「遺憾ですか」
遺憾です、と繰り返された。
そこまで言うという事は、相当遺憾なのだろう。
言われた私も遺憾だよ。
「そしてあっという間に商店街に来てしまった、の巻」
牛の骨なんてどこにもいない。
本当にいるのか……、
思えばバニーさんは用がなければ姿を現さないし、同じ死神同士、牛の骨もそうだったら、見つけられるわけがない。
元より、困難な目的であるとは知っていたけど、不可能に近いんじゃないだろうか。
無駄な事をしている感が強い。
「無駄な事ではないですよ。こうして並んで歩く事で、得られるものはあったでしょう?」
「ええ、枢さんには逆らえないって事でしょうね」
「ほお、いい勉強になったじゃないですか」
あなたが教えたんです。
くっくっく、と楽しそうだ。
……ま、ここ数十分の間に随分と、笑うようになったなあ、とは思う。
恋バナはしていないけど、くだらない雑談でいくらか盛り上がった。
距離も縮まったのかなあと思う。
間隔は相変わらず空いていたけど。
「なにか食べますか? あの子がよく買い食いをして、付き合うんですが……、
あそこのコロッケが好きだったりします」
「あ、おいしいですよね、知ってます。じゃあ、ちょっと食べましょうか」
あいつに内緒で味わっちゃいましょう、と言うと、
ふふふ、と枢さんは心底、楽しそうに笑う。
「あの子に言ったら頬を膨らませて羨ましがりそうですね、楽しみです」
いたずら心が芽生えた枢さんは、若返ったように可愛かった。
そうですね、と頷き、お店に向かう。
熱々のコロッケを注文して受け取った。
え? 私はお金を払ってないよ?
枢さんが食べたいと言ったんだから払うべきは枢さんなのでは?
「元々奢るつもりでしたけど、そう言われると払う気をなくしますね」
「冗談ですってば。いただきます、枢さん」
はいはい、と呆れながら、枢さんがコロッケを頬張る。
ん~、と魅力的な表情をする枢さんに魅入ってしまう。
食事で輝く人なのか、この人は。
このコロッケ、美味しいって事は既に知っていたけど、
しかし知っていてもやっぱり美味しい。
頬がとろける。
コロッケだけじゃなく、商店街にあるお店はどれもがレベルが高い美味しさだった。
なによりもみんな、人が良い。
お金がない私を見ると食べさせてくれるのだ。
中には試作品を押し付けてくれるところもあるけど、それも含めて助かるし、嬉しい。
私、この商店街、大好きだ!
「現金な人ですね」
ぼそっと言われる。
い、いいじゃないですか、別に!
こっちはこっちで奇術師として子供たちから始まり、老人まで、ショーをして楽しませているんですから、貰ってもいい報酬のはずですし!
まあ、間に挟まる若者には受けが悪いですけど。
来ても男ばっかで、それは餌の関係上、仕方ないですけど。
と。
うーむ、と私は唸る。
「……枢さん、行方不明者リスト、持ってますか?」
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