第4戦 シックスセンス・フォー【鳩ヶ島】

第36話 死神・メビウス・フォーマット

「いつまであの女の世話するつもりじゃ、おぬしは」


「これから先、ずっとに決まってるだろ。

 死ぬまで、生き続ける限り、俺はあいつのために動く」


「わらわの気持ちを知っていながら、そう答えるとはのう。

 おぬし、さてはいじめっ子じゃな?」


 好きな子にはいじわるをしてしまうツンデレじゃな――と、

 着物を着た年増が、揃えた指を口に当てる。


 そんな容姿をしてツンデレとか言うと、どんな時代だ、と思ってしまうのだが……。

 しかしこの死神、俺のいない間にウィンドウショッピングをしてやがるな。

 俺でも知らない知識を身に着けやがって。


「ほほほ、この新しい首飾りに気づくとは、目ざといのう、さすがは迷探偵じゃ」


 くっ、身に着けたアクセサリの事なんて知ったことじゃねえよと否定したいところだが、

 さすが迷探偵と言われたからちょっと嬉しい……! 


 否定できず、ああ、そうだな、と返すと、


「ほお、わらわのボディに興味があるとな? 

 いつでもわらわはウェルカムだ。スタンバイはいつでも完了しとるぞ」


「横文字が多いわ」


 言葉遣いやセンスは古いくせに(旧世代言語らしい)、どうしてそうも知識だけは最先端をいくんだ。

 たまに先取りしてる時もあるし、し過ぎて意味がわかんなくなっている時もあるだろ。


「しかし、聞き捨てならない部分があるな、わらわは年増じゃないじゃろ」

「いや、年増だろ。枢よりも上だろ、確か」


「おぬしから見て年下が、年増になるのかのう?」


 ぱたん、と開いた扇子で俺の胸をつつく。

 つんつん、とリズミカルに。

 真っ黒な長い髪の毛がテンポに乗せて舞い踊る。

 鮮やかな旧式の着物が乱れ……って、こいつ、さり気なく色っぽく肩を出しやがった。


 俺に恋愛的アタックをし過ぎてもう慣れたのか、すでにマニュアル化でもしているのだろう……着物がはだけるのが早い。

 展開を二段階以上、すっ飛ばしてるぞ。


 蠱惑的な瞳と唇が俺を狙い、いやらしい指先が俺の胸板を、つつつー、と撫でる。

 辺り一帯が吹き飛んでるけど、ここは公共の場なので、場所を弁えて欲しい。

 というか、場面を考えろ。


 宿敵が目の前にいるのに、なにをイチャイチャしてるんだか。

 言っておくが俺はしていないからな、お前一人の独壇場だ。


「あー、もう、暑苦しいなあ。鬱陶しい。着物だから尚更。お前、それ脱げよ」

「ほう、それは交わろうと言っているのか? わらわを口説いているわけなのか?」

「お前の強固な意思を砕きたい気持ちはいっぱいだけどな」


 決して砕けないからこそ、強固な意思なんだがな。

 ま、そこについては諦めてる。

 数十年以上、俺が相手にしなくとも、変わらずモチベーションを保ち続けてきたこいつだ。

 今更、まともな方法で収まるとは思えない。


 だからと言ってまともでない方法をする気もなかった。

 さすがに、それをぶつけるほど、俺はこいつを嫌ってるわけではないのだ。

 一応、命の恩人なのだから。

 頼んでないとは言え、だ。


 言えば絶対に利用されるから決して言う気はないが――、

 今だからこそ、助けてくれてありがとう、と思う。


 もしも俺があの時、死んでいたら。

 救えなかった命が一つ、あるのだから。


「いつでもどこでも、他の女の事ばかり……、

 たまにはわらわの事を想ってもいいと思うのだがのう」


「お前とは、もう熟年の夫婦みたいな空気感でいるからなあ。今更ドキドキはしねえよ」

「じゅ、熟年の夫婦!?」


「つまり倦怠期」

「きー!」

 と、いきなり発狂する。

 今のこいつには近づかないが吉だった。


 ドキドキはしないが、ハラハラはするぞ……。



「それが、あんたの死神……?」

「ああ、メビウス・フォーマット。能力は、危険察知能力ってところかな」


 ま、嘘だけど。

 いや、正確には、順番が違うだけだがな。


 必要な補足を言っていないだけで、嘘とは言い切れない。

 嘘もなにもただの独り言だから、文句を言われる筋合いはなかったりする。


「へえ、だからかあ……」

 本名というのが驚きだが、尻もちをつくゆかぽんがきょろきょろと周りを見回す。


 辺り一面は更地だ。

 大さじ一杯の塩の分量に合わせるため、すくった余分なものをへらで削ぎ落とすように、商店街が綺麗さっぱり消えていた。

 被害を受けたのは、商店街だけだった。


 住宅街は無事だな……。

 余波を受け、欠けている部分もあるが、そこは大目に見てほしい。

 危険を察知したところで、できないものはできないのだから。


「ねえ……助けられたのは、私たちだけ……?」


 ゆかぽん。

 住民票を参照した結果、ミヤノ・こねぎ。

 枢とハイスライム。


 現在この場にいるのが、俺が助けたメンバーだ。

 他の人たち……商店街の住民、買い物をしていた人たちは、一人残らず吹き飛んだ。

 ――殺された、と言ってもいいだろう。


「なんで!!」


 ゆかぽん……なんか、ぽんって響きがシリアスな空気を壊すな……いいやもう、ゆかで。

 彼女が俺の胸倉を掴んだ。

 身長差のせいで奇妙な感じだ。

 向こうが屈まなければならず、超やりづらそうだ。


 俺から歩み寄る事はできねえからな。

 ない身長は足せないのだ。


 ゆかは俺を突き放し、声を震わせ、


「みんな、死んじゃったよ!?

 私たちを助けて、なんでみんなを見捨てたの!?」


「こやつ、むかつくのう。……わらわの旦那を悪者扱いしおって」

「誰が旦那だ」


 あと、だから抱き着いてくるな。

 結構うざいからな、それ。

 まったく、憑かれていない人には見えていないのが幸いだった。

 この状態は誤解しか生まないのだから、やっていられない。


 寄ってくる顔を手の平で押しのけながら、


「努力はしたが、悪いな、優先度の高い奴から救っただけだ」


「……私も、こねぎちゃんも、枢さんも、優先度が高いのは分かるわよ……!

 でも、なんでこんなエロスライムまで助けたわけ!?」


 びくっとしたハイスライムは飛んで逃げようとしたが、そう言えば近くでずっと佇んでいる敵の存在に気づいて戻ってくる。

 ゆかの肩に乗り、ぶるぶると震えている。

 見た目だけで、挑む心が折られたらしい。


 ま、お前はそれでいいよ。

 直接的に、なにかをする役目じゃないから。


 ……しかし、文句を言ってっけど、ゆかはさっきまでそのスライムを抱きしめてたんだけどな……抱き枕感覚で。

 その時、ハイスライムは鼻の下を伸ばしていた。

 分かりやすいオープンエロだ。


 谷間に全身を挟まれる感覚を味わっていたらしいが……、

 さすがに俺も男だし、興味はある。


「ほう」

「思いつかなくていいぞ。どうせろくな事じゃないから」


「な、なにも言ってないのじゃが……」


 いや、分かるわ。

 何年一緒にいると思ってやがる。


 何年を越えて、何十年だぞ。


「共に過ごした時間が長いほど、不利になるとは思わなかったぞ……」

「早い内に決めきれないお前が悪い」


 俺が固い意思を持っている限り、無理だけどな。

 どれだけ好意があろうとも、受け皿が空でなければ意味がない。

 俺の視線はお前には向かないんだ。


 もう、固定されてる。

 それはお前も、分かっているはずなんだけどなあ。


「手が届かない場所にあるものほど、努力が捗るのじゃよ」


「じゃあ、頑張れ」

 と他人事で返す。

 自分の事だが、他人事だ。


「――イチャイチャするなよ!」


 ばんっ! とテーブルがあったら間違いなく叩いていたような勢いで、ゆかが声を荒げる。

 俺の印象では、なんとかなると思ってるお気楽なタイプで、自分の危機ですらひょうひょうとしているイメージだったけど、そういう顔もできるのか。


 知ってた。

 そして確信した。

 どこにいようとも変わらねえな、と。


 お前はお前らしいよ、それがお前の曲がらない意思なのか。


 自分じゃなく、自分以外のためなら必死になれる。

 そりゃあ、好かれるわけだ。


 そりゃあ、鍵になるわけだ。

 お前を支点にして、全てが繋がるんだ。


 だからこそ――連結点。

 お前が両手を広げて、二人を誘導してくれるから、勝機が見えたのだ。

 だから、感謝しかないよ。


 言いはしないが。

 まだ早い。

 油断するなと、天狗になるなと、言いたい気分だ。


 数十年続いた戦いに、終止符を打てるのは、お前しかいない。

 お前を通して繋がった、このメンバーしかいない。


 悪いな、ゆか。

 付き合ってくれよ、こねぎ。


 そして、巻き込まれたハイスライム。


 お前らは知らないかもしれないが、俺は知ってる……。

 そしてお前らではないお前らも、知ってる。


 ここまでこれたのは初めてなんだ――だから、ここで決める。


 決めなければ、次はいつ、チャンスがくるかは分からない。


 これ以上、戻す作業も億劫なんだ。



「このエロスライムも、必要なんだ……だから助けた。不満か?」

「不満だね」


 ゆかは言い切る。

 この状況で俺に怒ってどうすんだよ……。


「不満、だけど――」

 だが、ゆかは現実を見る。

「それを言って責めても、死んだ人は生き返らない」


 そう、その通り。

 それを口に出しては言えなかったが。


『それがお前の鍵とやらか?』


 それが我を倒す秘策なのか、と。

 死神、シックスセンス・フォーが、重なった男と女の声を発する。

 何度聞いても気持ち悪い。

 三半規管がこねくり回される感じだ。


 凹凸の少ない顔が歩みと共に近づいてくる。

 溜まっている俺たちの前でぴたりと止まった。

 俺は咄嗟に、枢の前へ体を入れる。


『確かに、見た事のない光景だ。まあ、我が、全員が揃わないように邪魔してきたわけだが――しかし不思議なものだ。お前はなにもしていないくせに、お前が鍵と見ている奴がこうして集まるとはな。いや、鍵というよりは、パズルか。ピースが集まり、完成したと言うべきか』


 勝利への方程式。

 俺はそれを目指し奮闘していた。


 そして今回、ここまできた。

 完成はしている。


 しかしそれは、勝手に決めた仮定の話だ。

 最初から、見当違いかもしれないのだ。

 だからこそ、お前の予想をはずせたのかもしれない。


 ギャンブル・バニースターのように言えば、これは賭けなのだ。


 全てを懸けなくちゃ、お前には勝てないだろうよ。

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