第38話 迷探偵の生還
『ふふん、そろそろ時間切れだよ? あーとじゅうーびょうー』
『くそ、出かかってるのに、あとちょっとなんだよ……あーもう!』
『ぶっぶー、残念でした。今日も鳩ちゃんの負けだね』
これで二十九勝! と、彼女は両手を上げる。
その手には、新しい謎をすでに持っていた。
おすすめの推理小説の謎解きパートを読まず、提示されているヒントを頼りに先の展開……とまでは言わず、謎だけを解くというゲーム。
制限時間は一日。
朝、持ってきた推理小説を俺が夕方までに読んで謎を解くという勝負が毎日続いていた。
二十九敗、つまり二十九日目。
俺と枢が出会ってから、もうそんなに日が経ったのか。
さて、俺はいつ死ぬのだろうか。
余命まであと半年もないとは言っていたけどさ……。
枢の母親である医者は、治す方法を必ず見つけるとか言っていたが、たぶん無理だろうなあ。
見つけたとしても、向こうには利益がない。
一銭も金が入らない。
不治の病を患った俺は一人きりで、身内も一時的な保護者もいない。
捨てられてもおかしくない存在なのだ。
入院費だってどこから出ているのか。
虚空?
ま、どうせ治ったら働けとでも言うのだろう。
雑用でもなんでも、仕事はあるだろう。
ただ、未来への投資にしては労力が見合わない。
そんな上がらないモチベーションで俺に目をかけるはずもない。
いっその事、殺してベッドを空けたいと思っているんじゃないか。
そう言ってくれた方が納得だ。
無理して優しくされてもムカつくだけだ。
同情なんか、されたくねえ。
同情するくらいなら医療費をくれ。
金をくれ、どこかに飛び立ってやる。
少ない余生、することねえなあ。
――そう思っていた時に現れたのがこいつと、推理小説という、娯楽だった。
出所は古書の国らしく、本だけはたくさんあり、推理小説もたくさんある。
余生だけじゃ絶対に読み切れないくらいの本だ。
しかも常に増え続け、終わりが見えない。
見えてもすぐに離される。
鏡に映る花、水面に映る月のように。
触れない終わり……命とは、似ても似つかない。
厄介なものが死ぬ間際に現れたものだ。
これじゃあ、死ねないじゃないか。
俺の中に死にたくないって感情を生み出したこいつには、責任を取ってもらうしかないな。
「責任を取るのはお前じゃ。早くわらわに子を孕ませるんじゃよ、このカス」
「お前は今、どういった精神状態なんだ……?
つーか入ってくるな。恥ずかしくも自分の過去を語ってるんだぜ?」
「そしてわらわが登場し、おぬしを救うわけじゃな。
その後、ラブストーリーが始まるわけじゃ」
「ラブストーリーなんて始まらねえし、お前が出るのはもうちょっと後だろうが」
という、不本意にも恒例となってしまった俺とメビウス・フォーマット……、
長いので、俺は『お前』とか、まあ、どうしても名前で呼ばなくてはならない時は、『メビウス』、と呼んでいる。
でもまあ、基本的にはお前、かな。
と、俺たち二人の隙間ない空間(こいつが抱き着いてきている)に、立方体が出現する。
俺とこいつの座標に重なった。
カウントは五……、
避けてくださいと言っているような攻撃がきた。
攻撃というか、これは流れを切りたかったのだろう。
それは成功している。
切ったのは流れだけで、厄介なこいつのすぐに組んでくる腕は切れていなかった。
四肢がなくなればいいのになあ……。
「四肢がなくなろうとも、わらわはおぬしを愛せるぞ。おぬししか、愛せなくなる」
「四肢がなくなったお前を、俺は愛せねえなあ……」
それは今でも変わらないが。
愛さないって、何度言えば分かるんだこいつは。
しつこいな、諦めが悪いにもほどがある。
行き過ぎた好意は迷惑なんだ。
俺にとって、お前のそれはもはや攻撃だ――マジでやめろ。
「……いきなり、過去を語り出して、なに?
同情でもしろと?
それとわたしのお父さんが……、
――っ、ああなったのと、なにか関係があるの?」
明確に、結果を言いたくなかったのだろう。
認めたくなかったのだ。
こねぎはカウントダウン・ハイパーと共に、俺とメビウスを睨み付ける。
完全に敵と認識してるな、こりゃ。
そして俺たちの様子を見物する、シックスセンス・フォー。
こいつは、次になにをするか、予測ができない。
「まあ、聞けって。段階を踏んで説明してるんだよ――」
と言っても、俺の過去話なんて予測できている人が大半だろう。
分かりやすい流れだ。
死神という存在は、人に限定されないが(スライムが良いサンプルだ)、その者の近づいた死によって出現する。
死神はその者の潜在的な意識であり、もう一人の自分である。
とは言え、まったく似てなかったり、そっくりに似ていたり、その辺は曖昧でなんとも言えないが。
潜在的なものは、多種多様に、無意識に潜んでいる。
なにがどう生まれたところでそこに間違いはないだろう。
俺の死神も、似てないってわけじゃない。
その潜在には、自覚があったのだから。
「そうじゃそうじゃ、病気で死にそうなところを、わらわが救ったんじゃったな。
そうか、わらわのファーストキスはあの時に奪われたのじゃな……」
「お前、六歳の子供にキスしたのか……」
自分からしておいて奪われたとはどの口が言う。
その口か。
綺麗なお姉さん、と当時はその印象が強かったが、今ではもう、レベルで言えばかなり下だ。
精神的な事を言えば、遥かに下だ。
年を取らない死神は、だから置いてけぼりを喰らうわけだ。
そこの理由も、死神が自由を求める大きな要素になっているのだろう。
主が死ねば、死神も死ぬ。
しかしそれは、従僕になった、あるいは自由を懸けた勝負を仕掛ける前の段階の話。
――自由になれば、主が死のうと死神は死なない。
そもそも自由になった時点で主は死んでいるわけだから、いらない心配だ。
「わらわはおぬしと共に生き、死にたいのじゃ。おぬしがいない世界など、考えられん」
「俺もそれは同じだよ。まあ、相手はお前じゃないがな」
知ってるがのう、数十年前から。
……理解があるってのも、面倒だなあ。
ストーカーみたいな女なのに、正妻ポジションにいるのが気に喰わない。
お前は死神であって、恋人にはなれないんだ。
明確なルールはないが、そうだろう。
一般人から見た俺とこいつのデートは、俺がかなり痛い具合に出来上がる。
「鳩、それで、わらわの登場はいつなのじゃ」
「あ、ああ……」
話を逸らしたのはお前のはずだが……、まあ、いい。
食ってかかったらまた延びる。
話を再開……とは言っても、簡単な話ではあるのだが。
結局、手を尽くすも叶わず(医者がしていたかは知らないが)俺の病気は悪化し、行きつく所まで到達した。
死の壁に、こつんと当たったわけだ。
衰弱した俺は息を引き取ったが、その時に死神が出現し、命を救ってくれた。
いま言うと調子に乗るので言わないが、感謝はしている。
どれだけ邪険に扱おうとも、だ。
病気も綺麗さっぱり、全て消してくれるというサービスまでつけて。
そんな、奇跡の生還をした俺よりも、なぜか病院の方が異常事態にてんやわんやだった。
厄介払いをするように、俺はすぐさま退院し、枢とそれから再会する事もなかった。
最悪な形で再会するのは、半年後の事だ。
調べたところによると、どうやら赤字続きだったらしく、他の病院に優秀な職員を引き抜かれ、オーナーである枢の家の者が借金を全て抱え込んだ。
到底、一生をかけても返せる額ではなかった。
そんな状況で、白羽の矢が立ったのが、一人娘である枢だ。
まあ、あまり言葉にしたくはないが、非合法な薬品に体を浸らせ、男の玩具になっていた、と表現すれば、分かるだろうか。
分からなかったら分からなくともいい。
酷い目に遭っていた、と思えば、支障はない。
――枢は金になる。
両親はそう思ったのだ。
俺の親も最低だが、枢の親も中々に最低だ。
何年も病院に置いてくれた恩人に言うのもなんだが。
繰り返すが、最低だ。
半年後、薬品付けとなり、セッ〇〇マシーンと化した枢と再会するまで、俺は図書館で小遣い稼ぎのために雑用で働いていた。
ちまちまと、貧乏ではあるがそこそこ幸せな生活だったのだ。
枢と再会してから――俺の人生の歯車が狂う。
いや、動き始めた。
ただ、回っていなかっただけなのだ。
これは――俺から枢への、恩返しなのだ。
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