第23話 父と娘
辿り着いた整備場へ足を踏み入れると、作業がぴたっと止まった。
出勤中の男どもは全員、わたしを見ている。
見惚れている……、服装変えただけなのに、なんだこの変化。
「だから、素材はいいんだよ」
「言われても分かんないよ」
ゆかちゃんとそんな会話をしながら、お父さんが作業をしている列車へ辿り着いた。
しーんとした空気の中、注目を浴びるわたし。
列車の入口に腰をかけ、休憩していたのか、スケジュールを立てていたのか……分からないけども、お父さんは手が離せないってわけではなかったらしい。
すぐにわたしたちに気づいた。
「こねぎちゃん――じゃっ」
「え? どこ行くの?」
そこらへんをぶらぶらー、とゆかちゃんはスキップして行ってしまう。
自由人だなあ。
気を遣って二人きりにしてくれたんだと、なんとなく分かるけど。
実際は職場のみんながいるから二人きりじゃないんだけどね。
「はいはーい! ミス・クエスチョンがちょっとしたショーをお見せしましょー!」
セクシーショットもありでーす、と、いかがわしいお店の宣伝文句のようにアピールをし始めるゆかちゃん。
……ありがとう。
みんなの気を引いてくれて。
……しっかりお金を取る気満々で缶を置いたから、普通に仕事のつもりかも。
それでも、嬉しいけど。
これでやっと、わたしとお父さん、二人きり。
邪魔者は、いない。
「こねぎ、その格好……」
「お母さんに、似てるらしいね」
お父さんは黙った。
無口だからじゃなく、言いかけた言葉を止めた、そんな様子だった。
難しい顔をしたお父さんに報告、その一。
「お母さんの事、聞いたよ」
目を細めるお父さん。
ありゃ、ちょっと不機嫌っぽい。
「お母さんがどうして亡くなったのか。
そして、お父さんがずっとそれを引きずってる事も、聞いた」
舌打ちをしたお父さんが、
「誰に聞いた」
「それは……」
一瞬、迷ったけど、二人にもちゃんと腹を割って話して欲しいと思ったから、素直に言う事にした。
「姉御さん」
「あ、の、野郎……ッ!」
「姉御さんを責めないであげて。……わたしは、知って良かったと思ってるから」
「知らないで良かったんだ。わざわざ……なんで、あいつは話したんだ……」
「お父さんのためだよ」
疑問の顔だ。
ほんと、お父さんってば鈍いよね。
よくもまあ、お母さんと結ばれる事ができたよ。
お母さん、苦労したんだろうなあ、と同情してしまう。
「お父さんが腑抜けてるからでしょ。
だから姉御さんはどうにかしたいって、ずっと考えてたんだから」
「腑抜けてなんかいないぞ。俺は今こうして、親方としてあいつらを育ててる。仕事だってたくさん取ってきた。この整備場は、世界になくてはならないものになっている。整備士だって、実力のある奴が増えてきた。全盛期の頃よりも、俺は働いてるぞ」
「贅沢しないためじゃなくて? 幸せを感じてはいけないって思ってるから、仕事の虫になったんじゃないの? ずっと、罪悪感と戦ってるんでしょ、お父さんは」
お父さんは、だんまり。
無口に戻ってしまった。
あー、もう。
わたしだって、イラッとする事、あるんだよ?
もういいや。
今日は新しいわたしを見せにきたのだ。
遠慮なく、言ってやろうじゃないの!
「お父さん」
わたしは声を出しかけて、止まってしまう。
まだ、拒否感がある……でも、頑張れ。
頑張る!
素直な気持ちを、ぶつけるの!
お母さんは今のお父さんを見て、どう思うだろう?
そう考えたら、すとん――と、はまったような気がした。
絶対に抜けない、しっくりくる答えが今、わたしの手札にある。
あとはそれを切るだけ。
タイミングは、今。
お母さんの声が、一緒に乗った気がした。
わたしの声は、整備場全体に、響き渡る。
「お父さんの、バカ――――――――――――ッ!」
わたし自身、こんな声が出るとは思わなかった。
って、せっかくゆかちゃんが気を逸らしてくれたのに、みんなこっちを見てる。
――というか、ゆかちゃんが一番、興味津々で見てるんだけど。
おーい、自分の仕事を忘れてるよ!
みんなの仕事を忘れさせたくせに!
巡り回ってツケが自分にきてる事に気づいて!
お父さんも、面食らって、硬直してしまっている。
そしてわたしはあうあうと次の一手が思い浮かばず停滞状態。
どうしよ、どうしよう!?
変に間があくと次に進みづらくなる。
あー、なんであんな大声で! 後悔だよ!
パニックになったわたしは、咄嗟に、気づけばお父さんを押し倒していた――なんで!?
で、列車の中へ。
わたしがお父さんに覆い被さるように。もうっ、さっきから後悔ばっかり!
だけどちょっと嬉しかったり、と思っている自分もいる。
互いの息遣いが分かる程に接近する。
お父さんの鼓動が感じられた。
わたしの鼓動もどんどん早くなっていく。
なにを口走るか、分かったものじゃなかった。
「……いつまで、引きずってるのよ」
そして出た言葉は、姉御さんに仕込まれた、あの言葉。
「いなくなった女の事をいつまでも、いつまでもネチネチネチネチ――わたしがいるのに!
なんでわたしを見てくれないのよ! こっちを見ろ、バカ!」
引っ叩く事は、さすがにできなかったけど、わたしの口撃は止まらなかった。
意思に反して、言葉がどんどん溢れていく。
それほど、わたしは無自覚に溜めていたのだろう。
不満を、反発を、感情を。
押し殺して今まで生きてきた。
その分が今、お父さんに向けられている。
「罪悪感? 罪滅ぼし……? ふざけんな! わたしを巻き込むな! お父さんは自分が幸せになっちゃいけないと思ってるんだろうけど、お父さんの不幸は、わたしの不幸なの。わたしの幸せは、お父さんの幸せでもあるの! 勝手に、幸せになる事をやめないでよ! 自分勝手に生きないでよ……っ、お母さんを利用して、楽をするなッ!」
普通に生きるっていう苦しみから、逃げるな!
やってしまった事の罪を背負って、償い続けるのは楽だよ。
簡単だよ、苦しいけど、苦しくないんだよ。
お父さんがするべきは、そうじゃないでしょ。
お母さんが生きていた時のように、楽しんで、楽しませて、未来へ繋げて……、
誰もが通る日常を過ごす事でしょ?
苦しくなく生きる事でしょ?
それがなによりも、苦しいんだから。
苦しみから逃げるな。
楽をしようとするな。
幸せになるために、苦しめ。
幸せに生きて、長生きして、笑顔で死ぬ――、
そして初めて、償いになるんじゃないの?
違うの?
――お父さん!
「それも、あいつの入れ知恵か?」
姉御さんの事だろう――わたしは、答える。
「違うよ。これは、お母さんの意思だよ」
わたしとお母さんは親子なのだから。
……今のお父さんを見て思う事なんて、ほとんど一緒。
わたしの気持ちは、お母さんの気持ちだ。
「いい加減に、わたしとちゃんと話して。お母さんに、わたしに罪悪感を感じて、口数を減らして……。そんな事しなくていいから。
自分を他人の中心に置いちゃいけないと思って意識してるのだろうけど、無駄だよ。
わたしの中にはお父さんがいるし、みんなの中にも、お父さんはいる。
中心に陣取ってる。それくらい、お父さんは大きい存在」
もう無駄なんだよ。
どれだけお父さんがみんなから逃げても、逃げられない。
ぴったりと、くっついちゃってるから。
「昔に戻って、お父さん」
わたしの知らない、お父さん。
わたしが知りたい、お父さん。
「はちゃめちゃで、怒られてばっかで、厄介事を持ってくる――そんなお父さんが……」
わたしは、言葉に詰まった。
一呼吸――、それから。
もう一度。
「そんなお父さんが、大好きです」
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