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トゥルム領ザカルハイド城は、磨き抜かれた玉のように白い。
ゆえに別名を白天城というが、これはあくまで公称で、城下の住人はみな、この城のことを〝白骨城〟と呼んでいる。
なるほど一理あるな、と天を衝くような威容を放つ城門を見上げ、アーキェルは素直に感心した。
真昼のまばゆい陽射しを弾き、城壁の上で瞬くように時折鈍い輝きを放つ、何か。その正体は――……
「うわあ、ほんとにお城全体に対竜結界を張ってるんだ。これだけの規模、いったい何年かかったんだろ……」
隣で同じく城門を見上げるレスタが、感嘆の声を上げた。
――対竜結界。
強大無比な力を持つ竜族と対抗するために、人類が編み出した技術の粋。
「我が領の、白眉たる備えの一つでございます。ようこそ、ザカルハイド城へ」
いつの間に城内から出てきたのか、案内役であろう男が恭しく一礼をして、城門を抜けた先を無駄のない動きで指し示す。
「どうぞ、城内へ。僭越ながら、ご案内いたします」
「……ありがとう、ございます」
――まさか、これほど丁重な扱いを受けるとは。
どことなく決まりが悪いような、据わりが悪いような面映ゆさを感じながら、アーキェルはちらりと隣のレスタを見遣った。若葉色の瞳が、面食らったようにしぱしぱと瞬いている。
「なんだか、恥ずかしいな」
「敬語なんて、使われたことがないもんね」
声を忍ばせて一言だけ交わした後、ふと振り返る。背後では、御者が長旅を労うように、馬の汗を拭ってやっていた。
「おじさん、ありがとう」
「とっても快適な旅でした!」
ひらひらとレスタが手を振ると、御者はきょろきょろと周囲を見回し、ややあってから自分への言葉だったのかと気付いたようで、慌てたように深々と礼をした。
「この領の人って、皆あんなに礼儀正しいのかしら?」
なんだか肩が凝っちゃいそう、と苦笑しながらレスタが囁き、アーキェルを追い越していく。
歩き出した案内役の屈強な背を追い、アーキェルもまた、白く輝く城内に向かって一歩を踏み出した。
* * *
「よくぞ遠路はるばる来てくれた。私が領主、ザカルハイドだ。――面を上げてくれないか」
ザカルハイド城、謁見の間。
広々とした空間の中に張りのある声が響き渡り、アーキェルは拝跪の姿勢を保ったまま、つとめてゆっくりと顔を上げた。道中の馬車の中で、レスタにさんざん言い含められてきた言葉を、必死で思い返しながら。
(……ええと、動きはなるべくゆったりと。機敏に反応したら、警戒されてしまうし、何より失礼だから)
雑念だらけでつと視線を上げると、領主は親し気な笑みを浮かべていた。しかしその表情とは裏腹に、自分たちに注がれる眼光は鋭い。
おそらく齢は四十過ぎだろうか――白髪が頭髪に混じりはじめているものの、全身からにじみ出る覇気は、年齢をいささかも感じさせない。
(……これが、竜族を討ち取ったという領主か)
初めて目の当たりにする〝偉い人〟の姿をまじまじと観察するアーキェルの目が、真正面から領主の視線とぶつかった。
『クロムの長とは全く違うんだからね! じろじろ見たりしないのよ!』
レスタの言いつけを思い出したのは、その一瞬後だった。しまった、と思うも遅い。
「……ほぉ。噂には聞いていたが、本当に若いのだな」
感嘆とも驚きともつかぬ呟きをこぼした領主は、一段高い上座を静かに降り、こちらへと近付いてくる。
「すまぬな。先々代がこの謁見の間を作らせたのだが、どうにも堅苦しくていけない。――そなたらの名を、教えてくれるか」
領主の問い掛けに、隣のレスタが凛とした声で応じる。
「クロムの街より参りました、アーキェル=クロムと、レスタ=カーヴェントでございます。本日は謁見の機会を賜り、身に余る光栄と存じます」
「よく来た、アーキェル、レスタ。……普段通りの口調で話してくれて構わんよ。持って回った言い方は効率が悪いから好かんのだ。こんなことを言ったら、また皆に叱られるがな」
愉快そうな笑い声を上げ、領主が手招きをする。
意図を図りかねたレスタが、怪訝そうに眉根を寄せたのがわかった。おそらく自分も、似たような表情を浮かべているに違いない。
「ここで立ち話というのも肩が凝るだろう。――少し、場所を変えないか?」
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