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 暗く染まった天からは、絶え間なく雨が降り注いでいた。


 屋根を穿つ雨音と、かたかたと小刻みに震える窓。どこか物悲しいそれらの響きとともに室内を満たすのは、皆のすすり泣く声だった。

 三軒隣のおばさんは、さめざめと。その夫であるおじさんも、おばさんの肩を抱いて、時折こらえきれないように目元を拭っては、嗚咽を漏らしている。


 そして、誰よりも大きな声で泣きじゃくっているのは――へたりと膝から崩れ落ちた、レスタだった。


「ど、……してっ? ねえ、なん、で……。元気に、なったら……ヤムの、実を、っく、採りに、……っ、行こう、って……」


 床に蹲ったまま、寝台に横たわるセナの傍らの掛布を、力なく握るレスタ。

 覚めない悪夢の中にいるような心地で、しゃくり上げるレスタの隣にふらふらと歩み寄り、そっと、震える拳を自分の手で包み込む。そのままぎこちなくレスタの背をさすりながら、永遠の静寂を纏ったセナが最期に遺した言葉を、思い返した。


 ――だいじょうぶだよ。ふたりとも、しんぱいしないで。

 ――すぐ、げんきになるから。


 お隣のセナは、控えめな少女だった。

 遊びに行こう、と声を掛けるのはいつだってレスタの方で、話題を振るのも喋るのも、そのほとんどをレスタが一手に引き受けていた。だが、セナが嫌々レスタに付き合っていたかというと、決してそうではなかったことを、自分は知っている。


 ――セナ、いいの? もし困ってるなら、ぼくがレスタに言おうか?

 ――ううん。わたしは、なかなか自分から話しかけられないから。だから、レスタが『遊ぼう』って誘ってくれて、すごく……嬉しいの。


 とっておきの秘密を打ち明けるようにして、はにかんだあの時の表情を、はっきりと覚えている。……そう、セナは料理が得意で、よくレスタと自分に、出来立ての焼き菓子をふるまってくれていた。


 ――おいしい! 本当に、セナってお料理が上手よね。天才だわ!

 ――そんな、おおげさだよ。……でも、二人が喜んでくれたなら、よかった。


 小さな花がそっとほころぶようなあの微笑みが、ひっそりとした声が、鮮やかに脳裡に蘇って。


 ……呆然と、眼前で眠るセナの、変わり果てた姿を見つめる。


 水すらも飲めず、枯れ木のようにやせ細った手足。こけた頬にかすかに残る、やさしい微笑みの欠片。

 蒼白くなった指先に触れれば、ひやりと冷たくて。――ぴくりとも、動かない。

 手を握り返すことも、目を開けて、こちらに笑いかけてくれることもない。


 もう、二度と。


(……あれ、)


 ――不意に、視界が滲んだ。

 胸が、破れたように痛い。心臓に、尖った重石を詰め込まれたみたいに、苦しい。


 ……本当は、気付いていた。気付いていたのに、知らないふりをしていた。


 セナの身体が、冬枯れのごとくやせ細っていたこと。会いに行っても、起き上がることすらできなくなっていたこと。反応が、日に日に薄くなっていたこと。

 きっと、セナ自身が、身体が弱っていることを、誰よりもわかっていたはずだ。それなのに彼女は、微笑んで告げたのだ。


 ――だいじょうぶだよ。ふたりとも、しんぱいしないで。

 ――すぐ、げんきになるから。


 ……ただ、自分とレスタを、安心させるためだけに。

 そう想うと、いっそう涙が溢れた。胸の底が本当に破れて、そこからとめどなく哀しみが零れ出てくるかのようだった。

 身体を震わせて、セナの傍らで涙を流す自分たちを見て、ずっと虚ろな表情で沈黙していたセナのお母さんが、突然わっと泣き崩れた。その獣のごとき号哭は、降りしきる雨のように、いつまでもいつまでも、耳の奥から消えなかった。




 セナの家を出た後、止まない雨に打たれながら、レスタは天を見上げて告げた。


「……わたし、医術師になる。医術師になって、皆の病を治せるようになる」

「レスタなら、なれるよ。……でも、魔法士はいいの?」

「どっちも諦めない。――両方、叶えるの」


 きっぱりと言い切った、そのまなざしの、強さ。

 視界すらけぶる雨の中、意志に燃える若草の瞳の輝きが、握られた手の熱とともに、くっきりと胸に焼き付いた。


 ――ぼくには、何ができるんだろう、というちりりとした痛みを、伴って。

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