幕間2 黒鋼の街
「……今日は、衣がよく乾きそうねぇ」
右手を
「おーい、リズィさん! 調子はどうだい?」
耳に馴染んだ、闊達な響きに視線を落とすと、リズィの店の前に佇む、浅黒く日焼けした壮年の男がひらりと手を挙げる。「ちょっと待って、すぐ下りるからね!」と身を乗り出して告げたリズィは、慌ただしく窓を閉め、階段を駆け下りて玄関へと急いだ。
「あらまあソンム、今日はもう掘り終わったの? 随分と早いじゃない」
扉を開けるや否や問うたリズィに、ソンムはぱっと表情を明るくして答えた。
「ああ、今日は大当たりでな! 久々に大きい鉱脈を掘り当てたから、みんな大喜びしたのなんのって、小躍りして逆立ちするくらいの騒ぎだったぜ。そこからは大わらわで、今日は結局、慎重に周りだけ掘って、続きは明日にしようってことで早めに解散した。……で、今晩は宴さ!」
「まあ、本当に? すごいわね、ソンム!」
吉報に両手をぱん、と合わせたリズィは、誇らしげに満面の笑みを浮かべるソンムにつられるように、にっこりと微笑んだ。
「……それで? 久々の宴に、うちの薬草酒を飲まないなんてわけ、ないわよね?」
目を瞬かせたソンムが、一拍置いてから、うはははは、と豪快な笑い声を上げる。
「さすがリズィさん、クロム一の商売上手だ! ……まったくもってレスタの嬢ちゃんの商才は、母親譲りに違いあるまいよ!」
もちろん薬草酒は買わせてもらうつもりさ、と愉快そうに続けた後、不意にぐるりと周囲を見渡したソンムは、他聞を憚るように声の調子を下げて呟いた。
「……なあリズィさん。城からやってきた
先程までとは打って変わったソンムの真剣な表情に応じるように、自然とリズィも声を潜める。
「まだ来られてたったの数日だし、何とも言い難いところねえ。――まあ、あたしたちの暮らし向きに、ずいぶんと驚いていたことは確かだよ」
家自体が小さいため、申し訳ないが空き家に数人ずつに分かれて逗留してほしい、と告げた時も大いに戸惑った様子だったが、リズィが食事を持って行った際の絶句した表情と、「……これを、毎日召し上がっているのですか?」という呟きは、今思い返しても、なかなかに印象深いものがあった。
「あの子たちが留守の間、街を護ってくださるっていうのはありがたい話なんだけどねえ――それにしても、数が多くはないかい?」
「……それもそうだよなあ? 今までこの街は、レスタの嬢ちゃんの結界と、アーキェルの腕っぷしだけで、護りは事足りてたもんなあ」
ふと浮かんだリズィの素朴な疑問に、ソンムもそういえば、と首を捻った。しかしいくら考えたところで、十数名もの騎士をこの街に派遣した領主の思惑など、二人にわかるはずもない。
「何にせよ、二人が帰ってくるまであと少しなんだから、考えたってしょうがねえか。――そんなことより、薬草酒は二瓶くらいは残ってるんだろう?」
「二瓶なんてとんでもない、十瓶は寝かしてるよ。……さあ、今晩で何瓶減るか、見物だね」
軽口を叩くと、相変わらずやり手だなあ、と笑んだソンムは、気前よく五瓶分の代金を手渡してきた。毎度あり、とにこやかに告げたリズィは、足取りも軽く店の扉を開き、薬草酒の瓶を収めた棚へと向かう。
「――あら、さっきまで晴れてたのに」
棚から目当ての瓶をさっと抜き出し、手持ち包みを作るための布を台に広げた瞬間、部屋が紗を引いたようにさぁっと薄暗くなった。
ふと、窓越しに空を仰ぐと――垂れ込める黒い雲の群れが、太陽を覆い隠すように、にわかにこちらへと押し寄せてくる光景が、目に飛び込んできた。
「……こりゃ、一雨来そうだね」
遠い地で奮闘しているであろう二人の顔が不意に脳裡に浮かび、リズィは手元の布を、ぎゅっと握り締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます