第四章
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「――ご苦労だったな。そなたらが無事に戻って来て何よりだが、まずは大役を果たしてくれたことに、礼を述べねばなるまい」
ザカルハイド城の一角、領主の執務室に置かれた紫檀の机を囲むのは、対照的な顔つきをした、二人と一人。
難題をよくぞやり遂げてくれた、と口元に笑みを浮かべる領主と向き合うアーキェルとレスタの表情は、
(……竜族の長の正体を確かめる件については、ある程度報告できることはあるけど――率直に言って、和平交渉の方は、絶望的な状況だ)
結局あの後――対岸から叫び続けた自分たちに、白銀の少女が応じることは、なかった。
脳裡を束の間過ぎった少女の面影を打ち消すように、ふ、と溜息を忍ばせ、つい十日前に、この書斎でレスタと領主が交わした会話を思い返す。
『生け捕りは、不可能です』
『その代わりと言ってはなんですが、竜族の長の正体を確かめるついでに、交渉の余地がある相手かどうかを確認してくる、というのはいかがでしょう?』
自分たちは、領主の願いを――竜族の長を生け捕りにしてこいという無理難題を、きっぱりと退けた。その代案として停戦の道を探ったものの、結果は明確な拒絶。
……正直なところ、首をこの場で刎ねられてもおかしくない状況だ。
こくりと息を呑み下すアーキェルとレスタの様子になど、まるで頓着していないかのような悠々とした態度と口調で、領主は続ける。
「ゆっくり骨休めをしてほしいところではあるが、なにぶん状況が状況だ。――早速ではあるが、竜族の長の正体について、判明したことがあれば教えてくれないか?」
「……ええ。すでに、ロルム殿からご報告がおありだったかとは存じますが」
真綿で首を絞めるように、じわじわと。
一思いに息の根を止めるのではなく、外堀を少しずつ埋めていくかのごとき問いに、レスタが抑えた声音で応じる。
「領主様がおっしゃっていた、シュヴァイン霊峰に竜族の長がいる、という噂は、真実でした。わたしとこのアーキェルの目で、確認しております。――竜族の長は、人間の姿をとることが可能で、その際の
「なぜ、人に化けているのかは?」
「申し訳ございません、不明です。……ですが、人語を操っていたことから、わずかに会話することも可能でした。具体的には――」
「――それで仲良く
強制的にレスタの言葉を断ち切った領主の声色は、静穏そのもののように思われた。しかし、その裏側に潜んだ冷徹さと威圧を、こちらが感じ取れないはずがない。その証左のように、二人に注がれる領主の眼光は、どこまでも鋭く、冴えていた。
「ロルムから話は聞いておるよ。――アーキェル、あろうことかそなたは、ロルムが雷撃を放った際に、あの龍めを庇うかのように制止したそうではないか」
「それは、…………」
突如として矛先を向けられたアーキェルの脳裡に、ちらりと人の好さそうなロルムの顔が浮かんだ。
あの時、自分たちは停戦を訴えかけていた。その微妙な時機に人間側が龍を攻撃すれば、まとまる話もまとまらなくなるから制止したのだ――と言ってしまえば、ロルムはどうなる? 和平交渉を妨げた者として、懲罰を受けるはめに陥らないか?
……それに、何より自分は、あの時。
激昂しながらも、瞳の奥底に深い哀しみを湛えた、あの白銀の少女を――これ以上傷つけたくないと、願ったのではなかったか?
一瞬口ごもったアーキェルの瞳に滲んだ逡巡を、領主は見逃さなかった。
「どうした、何か
あくまでも淡々とした領主の物言いに、レスタがはっと息を呑んだ気配があった。どうして何にも言わないの、早く何か言ってよ、と隣からの視線が痛いほど横顔に突き刺さるのを感じながら、アーキェルは静かに口を開く。
「誓って、おれに謀反の意志などありません。……ただ、仮にも和平交渉をしようとしている以上は、どんな形であれ、相手を攻撃しない方がいいと思ったまでです」
「ほう。――言い訳にしか聞こえないのは、私だけだろうか」
領主の目が細められ、ぱちん、と指を打ち鳴らす乾いた音が響く。同時に、隣の部屋の壁だったはずの場所がくるりと開き、奥から人影が現れた。
かすかに瞳を揺らし、どこか躊躇うように隠し扉から姿を見せたのは――今しがた話題に上った、ロルムその人だった。
「ロルム、聞いていたか? お前の目から見て、この者が制止した時の様子はどうだった?」
「――はっ。……本気で、竜族の長を案じているようでありました」
「と、いうことだ。アーキェル、そなたを謀反の咎で投獄する――と言いたいところだが、一度だけ機会を授けよう」
そこで一度言葉を切った領主は、うっすらと、作り笑いを顔に張り付ける。
――ああ、最初からこれが目的だったのか、とようやく悟ったアーキェルに、冷徹な光を瞳に宿した領主が、決断を迫った。
「私の配下となれ、アーキェル=クロム。さすれば、謀反の疑いは不問にしてやろう。……そなたは相当の手練れだと聞いた。あのような
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