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領主の言葉を聞くや否や、拳を固めて飛びかかろうとしたレスタの
「なんで止めるの? こんなの、ただの――」「レスタ」
アーキェルの、表情か声色にか滲んだ意志を感じ取ったらしいレスタは、眉を顰めながらも、ぎゅっと引き結ぶように口を噤んだ。――その内心は、おそらくアーキェルと同じはずだ。
自分たちを都合よく利用しようとするやり口を、そして何より故郷を侮辱するような発言を、到底許せるはずがない。
しかし、これは領主が仕組んだ罠だ。感情に任せて手を出せば、こちらの立場はさらに弱くなり、結果として、領主が一方的に利を得るだけになってしまう。
(そうだ、落ち着け。……おれにとって、一番大切なものを見誤るな)
クロムの街と、レスタだけは、何があろうと護り抜く。
ならば、自分が進むべき道は――ただ一つ。
怒りと迷いを振り切るように、深く、息を吐く。
ゆっくりと右手側に視線を移し、剣の柄に手をかけたままのロルムに、争うつもりはありません、と凪いだ声音で伝える。
(……レスタが怒ってくれたおかげで、かえって冷静になれたな)
険しい顔つきながらも、どこかこちらを気遣わしげに見つめるロルムと、握り締めた拳を小さく震わせて、祈るようなまなざしをひたと向けてくるレスタ。
二人の視線を一身に受け止めながら、アーキェルは領主の冷めた双眸を、まっすぐに見据えた。
「配下になれという件ですが――お断りします」
二対の瞳が見開かれる気配と、息を呑む音を背景に、片眉を上げた領主は淡々と言い放った。
「つまり、謀反の咎を認めると? 謀反は重罪だ。そなただけではなく、そこのレスタと――故郷の街にも影響が及ぶのではないか?」
暗に、従わねば
「最初から、このためだったんですか。――おれたちが出発する数日前から、クロムの街に兵を派遣していたのは」
ほとんど糾弾に等しいアーキェルの言に、ロルムが、レスタが、領主に一斉に視線を向ける。けれども戸惑いと憤怒を孕んだ二対のまなざしなど歯牙にも掛けず、領主は冷笑を浮かべたまま
「それは邪推というべきだろうな。私はただ、そなたらがこちらに来るまでの数日の間に、故郷が襲われてはたまらないだろうと配慮したまでだ。……それがまさか、こんなことになるとはな。残念だよ、アーキェル=クロム。――ロルム、連れて行け」
「はっ。――抵抗しても無駄だ、諦めろ。……娘、お前は両手を組んで、三歩下がれ」
もはや、ロルムの瞳にも声にも、逡巡の気配は微塵もない。そこにあるのは、軍人としての矜持と、主の下命を果たすという強い意志だけだった。
アーキェルが小さく頷くと、レスタは唇を噛み締めながら、じりじりと一歩ずつ退いてゆく。入れ替わるようにロルムが一歩を踏み出し、すらりと剣を抜き放った、その瞬間。
「レスタ、――頼む!」
アーキェルは、腰元に忍ばせていた白剣を、レスタ目掛けて鞘ごと投げた。
意図を察した若草の瞳が、ぱっと煌めく。閃くような身ごなしで白剣の鞘を掴んだレスタは、そのまま躊躇うことなく柄に手をかけた。
「……止めよ! 逃がすな!」
抜刀の構えに、ロルムが領主を護ろうと、横に一歩踏み出した瞬間。
迎撃のため、領主が舌打ちしながら複数の魔法を紡いだ、その刹那の隙をついて。
大きく二歩跳び下がったレスタの手が、壁に飾られた龍の骨に、触れた。
「――――なっ!?」
強大無比な力を持つ竜族は、死してなお、その身に力を宿す。
すなわち――たとえ骨一本であろうと、強力な術具として用いることができる!
ようやくこちらの狙いに気付いた領主が、レスタを留めんと魔法を発動させる。しかしそれよりも、レスタが言霊を囁く方が、ほんの一瞬早かった。
「――風よ、我が翼となれ」
光の奔流が、部屋の中で渦巻き、躍り、弾け――瞬く間もなく、すさまじい破砕音とともに、壁と天井が吹き飛んだ。
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