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「お前が持っている、白い剣の正体は――。……本来ならば、竜族以外に扱えるものではないが、お前は人間の身でありながら、龍の乳を飲んで育ったがゆえに、角の力の一部をふるえるのだろう」


 だからシュリカが龍の匂いがすると言っていたのか、と独り言ち、白銀の少女は得心が行ったように小さく頷く。


 一方、衝撃の事実を告げられたアーキェルは、ついに明らかになった白剣の正体に、そうだったのか、と目が覚めるような想いで、鞘にそっと手をあてた。


(……だとすれば、おれのもう一人の育ての親は、本当に龍だったんだな)


 改めて、縁の不思議さに思いを馳せる。もしも龍の聖域を訪れず、この少女に逢っていなければ、自分は永遠に、真実を知ることはなかっただろう。



 ふ、と目を上げると――どちらからともなく惹かれるように、黄金の瞳と視線が交叉する。

 何とも言えぬ奇妙な心地で、そのまま数秒間、じっと見つめ合っていると。



「……あの、お取込み中大変申し訳ないんだけど、ちょっといい?」



 非常に気まずそうな表情で、なぜかそろそろと挙手したレスタの声に、アーキェルと少女ははっと我に返った。その様子を見るや、瞬時に表情を理知的なものに切り替えたレスタは、やや早口で喋り始める。


「まずはこれ、昨日のあの子に飲ませてあげて。水に混ぜたらいいから。……あなた、人間の文字も読める?」

「……ああ」


 若干戸惑った様子の少女に、レスタは半ば押し付けるようにして、緑色の粉末が入った包みと書き付けを、その手に握らせる。


「ならよかった。この紙に薬の作り方が書いてあるから、もし包みの分で足りなければ、これをよく読んで作ってみて。肺の病に効く薬だから。……きっとあの子、胸の傷の影響で肺が悪いんでしょ? 本当はもっと気候が穏やかな場所で静養した方がいい――って違う違う、これは余談だったわ」


 もう一度本題に入らせてもらうわね、と断ってから、レスタは仕切り直すようにゆっくりと、口を開いた。



「わたしたちの目的は、さっきアーキェルが言ったとおり、龍と人の争いを止めること。――まず、これは可能かしら?」



 是非を明確に求めるレスタの問い掛けに、どくり、と心臓が跳ねる。アーキェルは、そしておそらくレスタも無意識に呼吸を止めて、少女の答えを待った。



「……おそらく、不可能だ」

「おそらく? おそらくってどういう意味かしら。要するに、少しは可能性があるってこと?」



 いささかも臆することなく、レスタは即座に切り返した。昔から度胸はある方だが、一度肝が据わったら、この幼馴染はとことん強いのだ。


「言い方を変えれば――わたし個人としては、戦は止めたい。しかし竜族の長としては、不可能だと言わざるを得ない。……少し話が変わるが、お前たちは〝炎の誓いジェ・ラ・トゥゾ〟を知っているか?」

「じぇら……? ごめんなさい、竜族の言語には詳しくなくて」


 眉を寄せて訊き返したレスタに、ふっと平坦な表情に戻った少女が、淡々と告げる。


「簡単に言えば、竜族と人間が戦を始めるきっかけとなった災禍だ。――人間が、和平交渉を申し出ながら竜族が住まう山に火を放ち、いとけない子どもたちを攫って盾にしようとした、赦すべからざる大罪だ」


「待って……そんなことが、あったの?」


 驚きのあまり零れ出た声を咎めるように、白銀の少女は冷たく口の端を吊り上げた。


「人間は、都合の悪いことは忘れる習性があるらしいからな。おおかた人間おまえたちの伝承では、竜族が悪の象徴のように語られているのだろう?」


 無言であることが、肯定の証だと悟ったのか、少女は皮肉気な笑みを浮かべたまま、冷徹に、逃れようのない事実を二人に突きつける。



「竜族は、人間と違って長命だ。……〝炎の誓い〟で家族が傷を負ったものも、仔を失ったものもいる。未だに苦しみ嘆き、復讐の炎に身を焦がす彼らに、人間かたきを赦してやれとは、とても言えない。――言えるわけがない」



 一旦言葉を切った少女が銀色の睫を伏せ、黄金の瞳に淡い翳りが落ちる。



「……わかったか? もう一度言う、戦を止めることは不可能だ」

「でも――……!」



 なおも食い下がろうとするレスタを留めるように、少女は手振りで待て、と示した。



「最初に我らの縄張りを侵したのは、人間だ。――人間が我らの領土を放棄し、今後二度と侵さぬと誓うのならば、わたしとしては、戦を止めるのはやぶさかではない。……しかし、お前たち人間に、それができるか? 我ら竜族に、その誓いを信じさせるに足るだけの何かを、示すことができるか?」


 ――和平を申し出ながら平然と騙し討ちを行った卑怯者にんげんを、竜族わたしたちが信用などできると思うか?



 黙りこくったレスタを見つめ、どこか寂し気な微笑を浮かべる、白銀の少女。



「お前たちのように、少しはましな人間がいることも、認めてやってもいい。だが、お前たち二人を仮に信用できるとしても、それゆえに人間全体を信じられるわけではない。それに、お前たち人間こそ――竜族を、赦すことができるか?」



 レスタは、答えない。それが答えだろう、と言わんばかりに、そっと目を伏せる少女。

 重苦しい沈黙が、広場にじわりと広がっていく、その只中で――




「――おれは、信じる。人間全体のことなんてわからないけど、おれは、戦いさえ止めてくれるなら、竜族を赦せる」




 きっぱりと言い切ったアーキェルの声が、澱んだ沈黙を斬り裂いた。

 目を見開いた少女とレスタが見つめる前で、ゆっくりと、アーキェルは決意の言葉を口にする。



「人間を信じるに足る証拠を見せろ、って言ったよな。もし戦いを止めてくれるなら、おれは、――

「アーキェル!」



 レスタがアーキェルの袖を引き、制止の声を上げる。それにも構わず、瞠ったまま動かぬ黄金の双眸を見据え、アーキェルは告げた。



「できることなら、これ以上、誰にも傷ついてほしくない。……頼むシェリエ、この戦いを、終わらせてくれないか。おれに手伝えることがあれば、何でもするから」


「――――――――…………」



 迷うように瞳を揺らす、白銀の少女。その唇が開いては閉じ、何らかの想いを紡ごうとしては、きゅっと噛み締められる。



 やがて、意を決したように、少女が何事かを告げようとした瞬間――



「……全員、動くな!」



 突如として、緊張感に満ちた低い声が、広場に響き渡った。

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