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 ――竜族の長を、捕らえてほしい。


 あまりのことに、さしものレスタも一瞬言葉を失ったようだった。アーキェルも衝撃を隠せず、思わず息を呑む。――竜族と? 和平交渉?

 一つ息を吐き、感情を押し殺したような声音で、レスタが答える。


「……不可能です」

「もちろん、無理を承知で言っておるのだ。もし可能であれば、でよい。当初は、竜族の長の正体を確かめてほしいとしか依頼していなかったからな。――ただ、もしこの悲願を達成してくれた暁には、私の全身全霊を以て、どんな望みでも叶えよう」


 ――どんな、望みでも。

 待ち望んでいた言葉に、アーキェルが口を開こうとした瞬間、レスタが押し留めるように膝をはたいてきた。


「それでも、生け捕りは不可能です。一瞬でも油断すれば命を失う相手に、手加減することなどできません。私たちも命が惜しいので、たとえ領主様の命令であろうと、二つ目の依頼はお受けできません。――その代わりと言ってはなんですが、竜族の長の正体を確かめるついでに、交渉の余地がある相手かどうかを確認してくるというのはいかがでしょう?」


 確かに、竜族を生け捕りにしてこいというのは無茶が過ぎる。しかし、領主からの直々の依頼を、こうもきっぱりと断って大丈夫なのか? と、一見淡々としたレスタの横顔を見つめながら、アーキェルは固唾を呑んだ。


「レスタ、そなたは正直な娘だ。おまけに気骨もある。……確かに、連れてこいというのは無理があるようだな。だが、どうやって対話をするつもりだ? 奴らには、こちらと対話をするつもりなど毛頭ないだろう」

「もちろん、顔を合わせれば即座に戦いになるでしょう。ですが、話をせざるを得ない状況を作り出せば、いかがでしょうか? ――そこで、このアーキェル=クロムの出番です」


 突然水を向けられ、何か話さないといけないのか? と慌てるアーキェルを尻目に、レスタは言葉を続ける。


「領主様もすでにお聞き及びだからこそ、ご依頼くださったのかと存じますが、彼はかつて、街を襲った竜族を無傷で退けたことがあります。一戦を交え、竜族の長が彼を脅威と感じてくれれば、私たちの話に耳を貸す余地も生まれてくるかと」

「なるほど。――まだ、続きがありそうだが?」


 レスタが、にこりと微笑む。どこか白々しい笑みは、商人の前でよく浮かべるそれに違いない。


「ええ。――領主様もすでにご存じのことだと思いますが、クロムの街は、鉱石を狙った盗賊に襲撃される頻度が非常に高い街です。今でこそ、アーキェル=クロムの名が抑止力となって襲撃を免れてはいますが、彼が街を外している現在、いつ盗賊が大挙して街に押し寄せてくるかわかりません。……ですから、慈悲深い領主様に、ぜひお力添えをいただけないかと」


 領主様相手に、よくもここまで堂々と頼みごとができるな、とアーキェルは内心舌を巻きながら、レスタに感謝する。――自分が不在にしている間の街の守護については、何よりも案じていたから。

 大した娘だ、と笑みを口の端に上らせながら、領主が呟いた。


「こちらに来てくれ、と君たちを呼び付けたのは私だからな。それも道理だ。――よかろう。望み通り兵を出す。しかし、」


 にやり、と人の悪そうな笑みを浮かべ、領主は続けた。


「君たちが出発する数日前から、すでに数人の兵を派遣しておるよ。君たちがこちらに来るまでの数日の間に、故郷が襲われてはたまらんだろうと思ってな。……どうだ、少しは安心してくれたかね?」


 レスタが目を丸くするのを見て気が済んだというように、領主は愉快そうな笑い声を上げた。


「――出立は二日後の予定だ。それまで、長旅の疲れを癒すといい」

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