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行き着く場所には不安が残るものの、ひとまずこの隠し通路を進むほかあるまい、と心を決め、アーキェルは暗闇の中へと足を踏み入れた。
頭上の光は一歩ごとに遠ざかり、埃がうっすらと空気に溶け込んだような、
(魔法で道を照らせたら、だいぶ歩きやすいんだけどな……まあ、仕方ないか)
爪先で段差の境目を探りながら歩を進めるのは、想像以上に神経を擦り減らす作業だった。――暗闇は足場を不安定にするだけでなく、敵襲の気配や、待ち構えている罠をも覆い隠してしまう。
周囲を警戒しながら歩き続けていると、自分の呼吸が大気を震わせるさまが、靴裏が階段を叩くかすかな音が、いやに耳についた。
(……だけど、これは好機だ。もしも領主の秘密を掴むことができれば、交渉の材料になる)
この先に潜む秘密が、
やがて目が無明の世界に慣れてきた頃、最初の分岐点に突き当たった。そろそろとしゃがみ込み、両の指でそれぞれの床面を撫でる。――ざらりとした埃の感触が指先に残ったのは、右の分岐の方だった。
(……左か)
人が通った形跡の残る道を選び、ゆるやかな傾斜を下ってゆく。さほど確証はないが、体感としては、徐々に西側に向かっているように思えた。
それから何度か分岐を経るうちに、どことなく空気が湿度を増してきた気がした。時折じっとりとした風が肌を撫で、その度に何もない腰元に手が伸びる。この閉ざされた空間のどこから風が吹いてくるのか、と訝しみつつも立ち止まり、周囲の気配を確かめながら、先を目指した。
次第に時間の間隔すら曖昧になる闇の中、繰り返し頭を過ぎるのは、故郷の家族のことだった。
(……母さんも、みんなも、頼むから無事でいてくれよ)
兵を差し向けた、と暗に認めた領主の冷笑が、大切な人たちの顔が、脳裡にちらついて離れない。もしもクロムの街で待機している兵が、皆に刃を向ければ――と悲観的な思考が浮かび上がったところで、小さく首を振った。
(大丈夫だ、レスタがいる。……今は、進むしかない)
頼もしい相棒に大仕事を託したからには、自分もできる限りのことを全力でやるほかない。湧き上がる不安と焦燥を吐息とともに押し出して、次の一歩を踏み出すことだけに集中する。
(……ん? 何だろう、この匂い)
不意に、獣の吐息のような生臭い匂いが鼻先を掠め、顔を顰める。けれども延々と続く階段は、ひどい悪臭の発生源と思しき方向へとアーキェルを
本能的な嫌悪感を抱きつつも、鼻を押さえて段差を一歩ずつ下ってゆく。漂う刺激臭に
ほっと息を吐く間もなく、腐臭に近いものを孕んだ生温い風が、アーキェルの全身を包み込む。鼻が曲がるような匂いに顔を歪めつつも、いざ真実を確めん、となおも一歩を踏み出した、その瞬間。
――目の前で、まばゆい閃光が炸裂した。
(……え、)
すっかり暗闇に順応しきっていた目を、反射的に閉ざす寸前の一刹那。
(嘘だろ……?)
直後――後頭部に鈍い痛みが走り、アーキェルの意識は暗闇に呑み込まれた。
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