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砂煙が立ち込める中、探るように伸ばされたアーキェルの腕を、横から細い指がぎゅっと掴んだ。
ほんの刹那、心臓が跳ねるような感覚に襲われて――なじみ深い掌の感触に、細く息を吐く。いつもより少し冷たいその手は、紛れもなく、アーキェルがよく知る
安堵で緩みかけた心を引き締め、即座にレスタの腕をとって引き起こす。互いの無事を喜ぶ間もなく、そのまま二人は一目散に駆け出した。
無論視界は晴れぬままだが、レスタがいつの間にか土魔法で作ってくれていた地面のかすかな隆起のおかげで、進むべき方向を迷うことはなかった。
道標を辿る足裏が、大地に力強く押し返され、一歩踏み込むごとに走る速度が増していく。――先程炎の壁が迫ってきた時にも感じた、土魔法による大地の加護だ。
次第に重さを増してくる両脚を叱咤し、レスタを励ますように手を強く握りながら、ひたすらに駆けて、駆けて――
不意に、靴越しに感じる感触が、ざらりとした土から、硬いものに変わった。
ようやく橋の袂に辿り着いたのだ、と息を吐いた瞬間、たった今まで視界を閉ざしていた砂煙が、ふっと立ち消えた。
――振り返ると、射抜くような鋭い視線が、ひたとこちらに据えられていた。
黄金の双眸には、未だ激情が宿ったまま。けれども華奢な両脚は、大地を踏みしめたまま、動く気配はない。
(追ってこない。……やっぱり、そうか)
うっすらと抱いていた疑念が、胸の中で確信に変わる。しかしいつ相手の気が変わるかはわからない、と素早く身を翻し、アーキェルはレスタの後を追って対岸へと急いだ。
「……もう、……いくつ………命が、あっても……足りない」
息も絶え絶えな様子で呟くと、レスタは橋を渡り切った瞬間、どさりとその場に
レスタと色々と話したいところではあるが、疲れ切っているであろう今の彼女に喋らせるのは、あまりにも酷だろう――と、アーキェルもしばし、呼吸を整えることに専念する。知らず緊張に強張っていた身体が、ようやく重圧から解放されて、どっと疲労を訴え始めていた。
「レスタ、途中の沢まで戻ろうと思うんだけど、動かしても大丈夫か?」
半刻ほど経ってから尋ねると、ややあってからレスタは小さく頷いた。レスタも体力はあるほうだが、今の彼女は著しく魔力を消費している。おそらく口を利くだけでも辛いのだろう、と察したアーキェルはレスタの前にしゃがみ込んだ。
ぐったりと力の抜けたレスタの身体をそっと背負い、アーキェルはそのままゆっくりと歩き出した。レスタの脚が、両脇でぶらぶらと力なく揺れる。
「ごめん、ありがとう」
「お互い様だ、気にするな。おれもレスタがいなかったら、危なかった」
「……重くない?」
「軽い、と言ったら嘘になるな――――痛い痛い痛い!」
正直に返すと、首にかけられたレスタの腕に力が籠もった。どこにこんな余力があったのか、と訝しみつつ、レスタにふざけるだけの余裕が戻っていることに、内心安堵する。
「こういう時はね、嘘でも重くないよ、って言うものなの!」
「レスタが重いとは一言も言ってない。おれが動きやすいように、色々道具を持ってくれてるからだろ?」
そう、彼女自身の重さは、率直に言えばさほど問題ではない。問題なのは、彼女が
どういう原理か、見た目はただの衣なのに、あれやこれやを魔法で収納しているためか、やたらと重いのである。
――いつぞやは、なぜか古代語の辞典や、鈍器になりそうな厚さの書が衣から出てきたこともあった。
そう、あの時は、鍛錬でもしているのか、と思わず真顔で尋ねてしまい、えらく怒られたのだったか――……
「…………アーキェルって、ときどきずるいよね」
ぽつり、と風に紛れるようなレスタの呟きは、束の間の追憶に浸っていたアーキェルの耳には届かなかった。
「ん? ごめん、聞こえなかった」
「ううん、なんでもない。……そう、これは道具の重さで、決してわたしの重さじゃないからね!」
「はいはい」
そうして他愛無い言葉を交わしながら、二人はぽつぽつと沢を目指して歩き続けた。
* * *
よく冷えた沢の水を飲み、携帯していた干し果物を齧りながら緑豊かな岸辺にしばらく腰かけていると、ようやく臥せっていたレスタが身を起こした。その顔に疲労の色は濃いものの、若草の瞳はすでにいつもの輝きを取り戻している。
「無理するなよ。まだ横になってても大丈夫だ」
「ありがとう。……ねえアーキェル、気付いた?」
訊かずとも、レスタが何を言わんとしているのかはわかった。首肯して、アーキェルは確信へと至った答えを口にする。
「ああ。――竜族の長は、本当はおれたちと戦うつもりなんて、なかった」
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