第40話

     ◆


 二十歳の誕生日に三人で集まることは、アンナが教えてくれた。アンナの企画なのだ。

 もともと誕生日は三人で過ごすことにしていたけど、特別な節目にしようということで、アルカラッドは望み薄なので、僕とアンナの二人でいつも以上に豪勢にしよう、ということだった。

 孤島に避難してからの何年かは、慌ただしく過ぎた。

 僕は一人で竹細工の店を始めた。小さな村で、たまたま仕事を探していた時、老人が竹を運んでいるのを見て、閃いた。元から細かいことは好きだったこともある。

 その老人に声をかけると、竹を売って生計を立てているという。若い竹から古い竹までなんでも揃うとも言われた。余談として、時期になればタケノコがかなりの儲けになるようだった。

 なんにせよ、これで材料は手に入った。

 アルカラッドに頼んで銭を少し貸してもらって、刃物を揃えて、これで道具も手に入った。

 問題は店だけど、その村は数年前の飢饉で人が住まなくなった建物がいくつかあり、つまりそれは捨てられているわけで、拾っても文句は出ないと踏んだ。形として持ち主を調べたり、土地の所有者を訪ねたりするうちに、自然とその村に馴染めたのは、意外な副作用である。

 そうして一軒の廃墟を土地を持っている豪農にただ同然で貸してもらった。この時だけはアンナの手を借りて、建物の中を掃除し、捨てるものは捨て、直せるものは直した。

 十日間の突貫工事で建物は見違えるようになり、壁を取っ払って作り直し、作業室も出来上がった。作業台は元は壁の一部だった材木を再利用して、変に古風な趣で、それも気に入った。

 竹も届き、準備万端、仕事を始めた。

 最初こそ苦労ばかりだった。竹の扱い方は竹を商う老人に聞き、刃物は感覚に任せて使った。竹に彫り物をしているのだけど、刃物で頻繁に指を切ることになり、そして商品にならないものばかり出来上がる。

 客も来るわけがない。まぁ、この段階で客が来ても、何も買いたいと思わなかっただろうけど。

 半年が過ぎた時、おおよそ満足のいく出来のものができた。そしてそれがたまたま売れた。

 竹を使った飾りで、腕に巻くようなものだった。誰が使うのか、自分でもわからないけど、少なくとも僕の美的感覚は形になっている。

 それが売れて三日後、また来客があった。腕飾を買いたい、と言われて、喜びと同時にプレッシャーを感じた。それほど早くは完成しない、と思いながら確認すると、提案された期日にはギリギリで間に合いそうだ。

 その商品は、予定している日には出来上がったけど、正直、眠る時間をだいぶ削ったものだ。

 それから週に一人は客が来るようになった。初めてこちらから完成時期を伝えた時は緊張した。そんなに待つなら他を当たる、と言われると思っていたのだ。だけど、期日を告げた僕に、その女性はあっさりと頷いて、受け入れた。

 店を開いて一年が過ぎると、客は頻繁にやってきて、僕は道具を新しくした。最初から使っている道具を整備していたけど、僕自身ができることも増えてきて、それにはちゃんとした道具が必要でもあった。

 そしてある春先の日に、その女性がやってきた。

 彼女は僕に頭を下げて、「弟子にしてください」と言った。

「弟子を取るほどの腕じゃないよ」

 僕はどうにかそう言い返したけど、内心は激しく動揺した。僕の技術を学びたいなんて、凄いことじゃないか。それだけ認められているということだ。

 ただの、剣術も魔術も特別ではない僕が、細工職人として、弟子入りを申し込まれるなんて。

 その女性を一度は帰したけど、次の日も、次の日も来た。

 結局、僕は彼女の名前を聞いた。

「ミーリャと言います」

「年齢は?」

「十八です」

 僕とほとんど変わらない年齢で、それが僕の弟子というのも、どこか可笑しい。反射的に笑う僕を彼女は初めて見せる瞳の色で睨んだ。怒っているとわかる。

「悪かった。年齢を笑ったわけじゃない。僕と大差ないなと思って、僕自身が可笑しかっただけ」

「もっと若くないと、いけませんか?」

「そんなことはないと思うけど。とりあえず、ミーリャさん、店を手伝ってよ」

 こうして僕は、初めての弟子を取った。

 いつの間にか剣術の稽古も魔術の稽古もなくなり、朝から晩まで、竹に向かった。

 そうして僕は二十歳になったわけだ。その間にアンナはアンナで日々を過ごしていると聞いている。彼女は用心棒をやっていて、傭兵事務所に登録して方々へ出かけているとも聞いていた。

 店を閉めた時、ミーリャが包みを持ってやってきた。

「頼まれていた料理です」

「ありがとう。あとで代金を払うよ」

 必要ありません、とミーリャが笑う。

「お誕生日、おめでとうございます」

 彼女の笑顔に、照れ臭いものを感じながら、ありがとう、と返すことができた。僕も平凡な人になったようだった。

 彼女が去ってから、魔術通路が僕を絶海の孤島の遺跡へと導く。石造りの通路を進み、食堂へ。

 アルカラッドが椅子に座っていて、僕に気づいて巻物から顔を上げた。

「久しぶりだね、オリフ」

「はい、アルカラッドは、最近は、どうですか?」

「平穏だね」

 彼がそう答えた時、背後に人の気配がする。

 振り返ると、アンナがそこに立っていた。薄汚れた鎧を着ていて、背中には二本の剣を背負っている。顔は泥で汚れていた。

「遅れるかと思った」アンナがそう言って、息を吐く。「仕事が中途半端でね。厄介な仕事よ」

 僕とアルカラッドはくすくすと笑う。

「それでアンナ、料理は?」

 計画とは違うんだけど、と前置きして、彼女は腰に下げていたポーチから何かを取り出す。ポーチの大半を占めていただろうとそれは、拳大の壺だった。

「何、それ?」

「東方からやってきた旅人がくれた、調味料、みたいね。汁に溶かしたりできるし、まぁ、何にでも合うと思う」

 受け取った壺の蓋を開けると何かが発酵した匂いがする。しかし食欲をそそる匂いだ。

「で、あんたは?」

 僕は持っていた包みを机に置いた。それを解くと中には紙の箱がある。紙の箱自体がそもそも値が張るんだけど、これはミーリャの好意としておこう。

 箱を開けると、円形の焼き菓子が入っている。

「へえ、美味しそうね。普段からこんなものを食べているわけ?」

「今日は特別さ。ほら、アンナ、着替えてきなよ。井戸で汗も流して」

 はいはい、と雑に返事をしてからアンナが部屋を出て行く。

 彼女が帰ってくるまでに、調理室で簡単な料理を作った。あるもので作ったので誕生日らしい内容じゃないけど、三人でそれを囲むことにこそ意味がある。

 食堂に行くと、アンナとアルカラッドが楽しそうに話していた。

 僕が入ると、二人が笑顔を向ける。

 料理が机の上に並び、これは私から、と言ってアルカラッドが酒の瓶を取り出した。嘘みたい、とアンナが呟く。

「あのアルカラッドが、こんな気が利くなんてね」

 僕も思わず笑っていた。

 グラスも出てきて三人の手に酒が注がれたそれが行き渡る。

「で、何に乾杯するのかな? 二十歳の誕生日?」

 僕がそう言うと、アルカラッドが嬉しそうに言う。

「新たなる旅立ちを祝して、だな」

 それから三つのグラスが、涼しい音を立てて、三人の真ん中で触れ合った。



(了)

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ユートピア・ユートピア・ユートピア 〜龍に育てられた少年と少女の辿り着く世界 和泉茉樹 @idumimaki

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