第15話

     ◆


 私とオリフはアルカラッドに言われた通りに、商売を始めた。

 あの絶海の孤島から魔術によって通路が形成され、ポトールという名前の小さな町へ自由に出入りできるようになったんだけど、これが、最初は廃墟のような古い建物の中に通路が通じたので、途端に建物を整理するのに疲労困憊、という事態になった。

 建てられて二十五年は経っているだろう古い建物で、二階建てだった。一階がそのまま商店になっていて、二階にはふた部屋が作られている。全部が埃に埋まり、家具はあったが朽ちている。

 私とオリフで一週間もかけて空気を入れ替え、掃除をし、捨てるものを捨て、建物を補修さえした。建物が通りに面しているので、声をかけてくる人も多い。何の商売をするのか、と言われて、私もオリフも、雑貨です、と答えておいた。雑貨というのは便利な言葉だな。

 建物の内と外がおおよそ整ってから、私たちは商品を本腰を入れて作り始めた。

 例の孤島の一角が断崖になって、その先はもう海なんだけど、その崖の半ばに小さな洞窟がある。そこに入ると、誰もが絶句するだろう。

 洞窟のそこここに、水晶が輝いているのだ。

 最初、洞窟に気づいたのはオリフで、最初にそこまで降りたのもオリフだ。まぁ、何かあって海に落ちたら命がないから、正々堂々とじゃんけんで決めた。

 だから、いきなり拳大の水晶を抱えてオリフが戻ってきた時、我が目を疑ったものだ。

 どうもこの水晶の存在は、アルカラッドも少しも知らなかったらしい。もしくは知らないふりをしているかだ。何せ、あの龍はポーカーフェイスであり、演技派だし。

 そんなわけで、私たちはこの水晶を売ることにした。水晶の中には天然の魔力が宿るものもあるが、私たちが手に入れられる水晶は残念ながら、ただの透明な石だ。それでも高額で取引される。

 オリフと私で交代で店番することにして、オリフはどういう好奇心からか、水晶を使ったアクセサリーを作ると言いだし、店の二階を即席の工房にして、そこにいる時間が日に日に長くなっていく。

 剣術や魔術をもっと学んだ方がいい気がするけど、あまり気にしても仕方ないか。オリフにはオリフのやりたいことがあるし、私が苦労するわけでもない。

 店番は退屈だった。一番面白いのは水晶の値段を負けさせようとする相手を見ることだ。

 大抵の客は値段を下げようとするので、私はほどほどに値下げして買ってもらう。そんな中で、粘ってさらに値段を下げるように求めてくる客がいる。

 こうなると、どこまで負けるべきか、思案するわけだ。どこかで妥協するのだけど、ただ値段を下げずに、別の商品も合わせて買わせたりして、それが楽しい。

 そもそも商売自体が、水晶が銭に変わるそれだけでも面白いのに、私の考え次第で儲かったり損をしたりするのだから、ともするとどうやって水晶を売るべきかということばかりを考えている。

 夜になると店を閉じて、孤島へ戻る。いつの間にか懇意になった行商が、食材を持ってきてくれるので、それも持って帰る。料理は自然と充実して、調理器具も整えば、調理場自体も私が細々と手を入れて、使いやすく改造した。

 ちょっと不穏なのは、オリフがいつまでも商店の二階に留まって、帰ってこないようになったことだ。相当にアクセサリー作りが面白いらしい。やろうとは思わないけど、私は。

 料理が出来上がり、アルカラッドも自分の部屋からやってきて、二人で食事になる。アルカラッドは商売のことを訊ねてくるが、どれだけ儲かっているかは聞かない。気にしているのは街の様子らしい。

 一度、魔術の通路を抜けてオリフに料理を届け、私は一人で島に戻ると、片付けを始める。

 いつの間にか私も剣術や魔術の訓練の時間が減ってるけど、今までは得られなかった要素が、商売には確かにある。

 そう、アルカラッドが街の様子を気にするのも、そこなのかもしれない。

 今までの私とオリフ、アルカラッドの三人だけの生活にはなかった、他人という要素、金銭という要素、社会という要素、交流という要素、それをアルカラッドは今、私たちに教えているのかもしれない。

 私もオリフも、近いうちにバラバラになるんだろうか。うまく想像できない事態だった。

 オリフが島に戻ってきて、食器を洗う彼の横で、私は細工の進捗を聞く。

「一応、形にはなってきたね。見に来るといいよ」

 そんなことを言われたので、翌日に建物の二階の工房へ行ってみると、いつの間に用意したのか、作業机がいくつも並び、道具も揃っている。

「どうやってこんな道具を?」

 無意識に訊ねると、オリフは困った顔で「アルカラッドに頼んだんだ」と答えた。そうか、それくらいの支援はあったわけだ。

 オリフが見せてくれたアクセサリーは、首飾りのようだった。水晶が形を整えられ、並んでいる。

「なかなか綺麗ね」

 手にとって、窓から差し込む光に透かして見る。キラキラと光が瞬く。

「それはアンナにあげるよ。初めて作った奴だから、出来は悪いかもしれないけど」

「悪いようには見えないけど、もらっていいの?」

 まじまじとオリフを見ると柔らかく笑っている。まぁ、それならもらっちゃおうかな、と思って、首にかけてみた。

 鏡も用意されていて、それで見てみると、まあまあ、悪くないじゃないか。

 その翌日からオリフが作ったアクセサリーが店頭に並び始め、あっという間に売れていった。私はもらった首飾りをつけることはせず、島の自分の部屋で、見えるところに飾っておいた。

 そうして時間が流れ、季節が巡っていく。いつの間にか剣術も魔術も遠い場所に離れていき、代わりに世間で生きていくことが、頭や生活を支配し始めた。オリフは変わらず作業を続け、私は帳簿をつけ、値段を決め、店を整えた。

 太陽の光が弱くなり、空気が冷え込み、雨が雪に変わる。店は凍えるほど寒く、暖房を設置した。そんな冬もそのうちにどこかへ去り、空気が温もりを伴ってくる。暖房は片付けられた。

 水晶はどういうわけか、街の人ではなく、遠くから求めてくる人が増えた。どうやら別の場所では希少なものらしい。オリフのアクセサリーを買っていく人とは別で、どうも水晶の原石を買い付けて、自分で細工をするか、転売するようだ。

 オリフはそれを私より先に意識したようで、少し出かけてくると言って店を留守にした。島にも戻ってこない。アルカラッドは特に気にもしていない。

 春だったから、どこへ行くのもいいだろうと、私は楽観していた。

 三日ほどでオリフが帰ってきて、高級そうなアクセサリーを持ち帰ってきた。旅の目的がやっとわかり、他の細工職人の技術やデザインが知りたかったらしい。

「さすがに職人の作業の実際は見せてもらえなかったよ。弟子にならないとダメなんだ。それで、独立するのは何年も先。気の長い話だね」

 夕食を食べながら、オリフがそういったので、私はふと疑問に思った。

 オリフはどこで、どうやって細工を学んだんだろう?

 これがもしかして、才能という奴だろうか。オリフには、そんな才能があったのか。

 商売は順調に進み、島に銭の入った壺がいくつか貯まり始めた。

 季節は夏になろうとしていた。



(続く)

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